第13話 またお前かよ…

「お待たせー」


 岸本和樹きしもと/かずきは街中にいた。

 予定よりも五分ほど早く待ち合わせ場所におり、スマホを片手に待っていると、遠くから声が聞こえてくる。

 それは稲葉玲奈の声だとすぐにわかった。


 どんな服装でやってくるのか、昨日メールでやり取りをした時から妄想を膨らませていたのだ。


 和樹は彼女の方を見やる。

 すると、物凄く揺れているモノが視界に入ったのだ。


 ⁉


 一瞬、何事かと思い、目を凝らしてみると、その揺れは本物だった。


「ごめん、ちょっと遅れてしまって」


 稲葉玲奈いなば/れなは和樹のところまで近づいて来て、走って来た事も相まって息を切らしていたのだ。


「べ、別にいいんだけど。少しくらいの遅れは」


 和樹は気にしてないよ的な感じに視線を逸らしながら返答する。

 がしかし、彼女の胸元にはついつい目線がいってしまう。


 玲奈のおっぱいはデカい。

 制服姿の状態だと比較的普通に見えるものの、私服となると全然別である。

 具体的にわかるボディラインに加え、以前、彼女がKカップと言っていたが、私服を着ているとなおさら、そのデカさを瞳に焼き付けられるようだった。


 玲奈は夏寄りの私服を選んできたようで、彼女は白色のワンピースに身を包み込んでいる。

 余計に、胸の辺りが強調されているのだ。


「岸本さん?」

「いや、なんでもないよ。じゃあ、行こうか」


 和樹は視線を少し逸らしたまま、彼女と共に街中へと向かって歩き出す。


「ねえ、手を繋がない?」

「手を? い、いいけど」


 和樹はいつも以上に緊張の高ぶりを感じていた。

 制服と私服だとまったく異なる。

 学校にいる時の彼女と同一人物なのに印象が天と地ほど違うのだ。


 玲奈と手を繋いで街中を歩いていると、通り過ぎていく人らが彼女の事ばかりをまじまじと見つめている事に気づいた。


「なんか、ちょっと視線を感じるね」

「そ、そうだね……でも、なんでワンピースにしたの?」

「だって、その方が岸本さんが喜ぶと思って」

「お、俺の為?」

「そうだよ。じゃないと、こういう服なんて着ないんだからね!」


 玲奈は和樹の耳元近くで言う。

 彼女の甘い声に、ドキッとする。


「ねえ、私の、この服どう思う? 気づいてるんだからね、岸本さんが私のおっぱいを見てたの」


 玲奈の囁くような妖艶染みた声質に、和樹の胸元の鼓動はさらに高まっていく。

 彼女には、自分の心を隠せないのだと、悟った瞬間だった。


「お昼頃だけど、岸本さんはどこで食べるか決めてる?」

「そうだね」


 和樹は考え込む。


 昨日の夜は村瀬家と一緒にチキンやハンバーガーを食べていた。

 そういう事情もあり、今日は大食いしたい気分でもなかったのだ。


「じゃあ、カフェに行かない? この周辺にあったと思うから」


 和樹は提案した。

 カフェであれば基本コーヒーが中心のお店であり、サブ的な感じにケーキなどが用意されている。

 今の和樹にとっては丁度良いお店なのだ。


「稲葉さんはそれでいい?」

「私は、カフェでもいいわ。岸本さんって意外と小食派なの?」

「そういうわけでもないんだけどさ。なんていうか、昨日、妹と一緒に大食いをしてしまって。それでちょっとお腹がいっぱいで」

「そういうことなの? 何を食べたの?」

「チキンだけど」

「チキンって、フライドチキン?」


 その時、玲奈の目の瞳孔が大きく開いた。


「そうそう」

「今って、セット商品のセールやってるよね」

「そうだよ。よく知ってるね」

「私も、そのお店が好きだから」

「そうなんだ。帰りに寄ってく?」

「いいの? じゃあ、後で寄ろうかな」


 玲奈はワクワクした表情であり、テンションが上がっている為か、彼女はさらに和樹の方に近づいてくる。

 彼女の香水の匂いが漂い、和樹の鼻孔を擽るのだった。




「いらっしゃいませー」


 カフェに入店すると、店内からスタッフの声が聞こえてくる。

 会計カウンターのところには数人ほど列になって待っている人らがいた。


 まずは会計カウンターで注文を決めてから、席があるスペースへ移動するといったルールが、この店にはある。


 土曜日という事もあって店内は騒がしかった。


「岸本さんは、ここのカフェは初めて?」

「実はこれで二回目なんだよね。妹と一年ほど前に来たことはあったけど。稲葉さは?」

「私は、たまに友達と一緒に来る事はあるけどね。そうだ、ここのパスタって美味しいんだよ」

「パスタ? え、でも、以前はなかった気が」


 和樹は首を傾げる。


「そうだよ。だって今年になってから新しくメニューとして追加されたからね」

「そうだったのか。じゃあ、知らないわけだ」

「他にはグラタンやパスタもあるみたいよ」

「以前訪れた時とは全然違うな」

「そうでしょ。私、ここのグラタンとか食べてみたくて。岸本さんはどうする?」

「そうだな。ちょっと考えておく。今はコーヒーだけでいいかな」


 和樹は、彼女がスマホで表示しているお店のメニュー表を見ながらも唸っていたが、今は断る事にした。


「わかったわ。あとでも注文できるみたいだから。気が向いたら注文してみるのもいいかもね」


 会話していると、二人の番が回って来たのだ。

 二人は会計カウンターで各々の注文を行うのだった。




「美味しいー」


 二人は向き合うようにテーブルを挟んだ状態で席に座っている。

 対面している彼女は頬を抑えながら、スプーンでグラタンを口にしていた。

 今にもほっぺが落ちてしまいそうなほどの表情で、そのグラタンの美味しさを堪能していたのだ。

 しかも、彼女の爆乳がテーブルの上に乗っている状態。


 和樹からしたら、グラタンよりも、その実っている双丘にばかりに視線が奪われてしまう。


「ねえ、岸本さんも食べてみる?」


 玲奈はスプーンで掬ったグラタンを和樹の口元まで運んでくる。


「え、う、うん」


 和樹は爆乳に目を奪われており、そんな時に彼女から話しかけられ、動揺しながらも玲奈の方を見た。


「もしかして、おっぱいの方に興味ある感じ?」

「しょうがないだろ……」

「しょうがないよね、男の子なんだからね。でも、まずはグラタンを食べてみて」


 和樹は彼女から差し出されたスプーンに乗っているグランに対し、上体を前かがみにして口に含む。


 程よい熱さで、マカロニやチーズ、玉ねぎなどの味が利いていたのだ。


「やっぱり、俺も注文した方がいいかな。ちょっとレジの方に行ってくるよ。ちょっと待ってて」

「じゃ、私待ってるね」


 和樹はコーヒーを少し飲んだ後、席から立ち上がった。


 和樹は彼女から見送られ、店内を移動し始める。会計カウンターに向かっている途中で曲がり角から出てきた人とバッタリと会う。


「すいません」

「ごめん……え?」

「ん?」


 互いに謝罪のセリフが飛び交うが、そんな中、和樹は声を聞いてハッとした。

 目の前には、中原梨花なかはら/りかがいたからだ。


「あ、なんで、あんたがここに?」

「それは俺のセリフだから」

「もしかして、アイツと一緒にいるの」

「そうだけど、何?」

「ふーん、そう」


 梨花は頬を紅潮し始め、和樹の方を満遍なく見渡してくるのだ。


「ねえ、あんたさ。私、親切だからさ、あんたと今から付き合ってあげてもいいわ」


 彼女は手を差し伸べてくる。


「そういうのはいいから」


 和樹は視線を合わせないようにして、あっさりと断る。


「即答⁉ なんか、腹立つんですけど、ちょっと待って」


 和樹が会計場所に向かおうと歩き出した時、梨花から腕を強引にも掴まれたのである。


「私の話は終わってないんだけど。ちょっと、私と会話しましょ、ね」


 梨花はここぞとチャンスを感じているようで、和樹の事を逃す事はしなかったのだ。

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