第四.二五話 ヒカルの自立

 シノブを殺してからのヒカルは、新シノブとして、新たに深夜帯のコンビニエンスストアーで、シノブのシフトを奪い取った。サングラスを始めは掛けて居なかったシノブだが、やはりサングラスは掛けた方が良いと云う結論に達した。店内の照明がチト眩し過ぎる。

 (そうか、だからシノブは何時もサングラスを掛けてたんだ、てっきり人間の目を見たく無いからだと思った..)

 シノブの事を理解したシノブ。

 面白い事に、ヒカルがシノブの人格を乗っ取った瞬間から、引き篭もりたいと云う濁った気持ちが消え去った。両親は、シノブが深夜にコンビニエンスストアーで『パート従業員』として働いて居る事を知らない。

 (深夜に外出してるのは知って居る。どうせ今夜もコンビニエンスストアーにでも入り浸ってるのだろう..)両親の観測。

 シノブの肉体がシックリとヒカルの体に馴染んで来た頃、シノブは両親に、日中の居間で引き篭もり終了を高らかに宣言。

「もう引き篭もりはしないし、お金も要らないから。お金が貯まったら家からも出て行くし。」

 対面で告げた。驚いたのは両親の方だ。お金は要らないと言われた事も確かに驚きでは在ったが、

「ン..?うちのヒカルって、こんな顔だったっけ..?」

 顔面変化の驚きの方が大きかった。髪型は確かにオカッパだったが、チト顔の作りが違う様に思う。だが顔の作りなんて大した事は無い。確かに時間が掛かったが、子供が其の様に決断をして、独り立ちを決めたのだ。やはり親としては、子供が自立を決断してくれた方の喜びが、顔面変化の驚きの感情を大きく被りさった。

 

 深夜のコンビニエンスストアーで働くシノブの当面の目標は、先ず滑舌良くスムゥズに、

「いらっしゃいませ!」

「こちら、温めますかッ?」

「有難う御座いましたあッ!」

 この三語を言える事だが、幸先は上々。たまに緊張して早口になってしまい、台詞を噛む事も在るが、自分を責め過ぎるのも良く無い。このままの好調子を保ち続け、暫く深夜帯のシフトで慣らした後は、念願の日中のシフトに動く事が近い目標。夢は持たない主義のシノブ、夢は叶う事が無いから夢なのだ。

 

 性格的に前向きになったシノブだが、両親との関係は以前と全く変わる事は無かった。シノブが長年、引き篭もりを続けた原因は親に在ると云うのがシノブの考え方。引き篭もりをシノブが始めた時に、両親は強引にでも部屋から引き摺り出すのが親心だろう。シノブは思う。

 (勿体無い事をした。シノブの沢山の時間をアイツ等のせいで無駄にしてしまった..憎たらしい。一層の事、殺してしまうか?)

 今のシノブは引っ込み思案だった時のヒカルとは違う、新生ヒカル。一度でも其の様な事を考えてしまうと、もう我慢出来ないシノブ。

 

 夜勤が無い木曜日の深夜、寝室で寝静まる両親の胸元、先ずは力が強い父親から刺した。頭の中で「一回、二回..十四回..」冷静に数えながらブッ刺した。せめて痛みや苦しみを感じない様に、心臓部の一点だけを目掛けてネチネチと刺した。始め出刃包丁は、母親が晩御飯に作った“鯵の南蛮漬け”の鯵の生臭い匂いがした。この出刃包丁で、母親は生の鯵を捌いたのだろう。父親が失命した事を確認したところで、次は母親。心臓は飽きた、シノブは母親の顔面、両眼を交互に執拗に何度も刺した。

「グエっ、グエっ..」

 母親はドブ蛙の鳴き声みたいな呻き声を上げながらも、徐々に少しずつ呻き声が小さなモノへなっていって、最後は尽きた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パート従業員 宇宙書店 @uchu_tenshu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画