第四.〇〇話 ヒカルの立ち位置

 ヒカルの部屋には、基本的に光が表から入り込んで来ない。厳密に云うと、意図的に遮断して居ると云う表現が非常に好ましい。敢えて夜行性人生を若くして選んだ人間のヒカルには、日中の光などは一切必要ナイ。あの押し付けがましい太陽のピカピカな恵みをヒカルは死ぬ程に憎んで居る。光合成絶対反対。叶う事ならば自身の両眼で、日中のピカピカ輝く太陽に向かって、思いっ切り一瞥をくれてやりたい、と思う事もシバシバ。だがしないよね、何故ならば失明してしまうから。失明は流石に御免だ。漫画やアニメを閲覧出来ぬ体に陥ってしまう。其れは真っ平ゴメンな話だ。

 ヒカルの両親はヒカルに、

「暗い世の中を光光(ピッカピカ)に照らしてくれる人間になって欲しい。」

 と云う勝手な思いで命名。ヒカルはソンナ自分の名前を肉肉しく思う。自身で叶わなかった思いを子供に託すのは、もう親の呪いでしか無い。

 ヒカルは両親からスズメの涙程の時給制の賃金を貰い、日々生活する引き篭もり『パート従業員』。

 引き篭もりに『パート従業員』なる職種が在るのか?と云われれば、ウン、在る。当の雇い側(親)と雇われ側(子)が、お互い双方で納得出来るのならば即契約成立だろう。引き篭もりとは一般的に、一日中ずっと小さな小城の天守閣コト自身の個室に籠城して居る者ナリ。と思われがちだが、其れは実は大きな間違い勘違い。彼等も実際にオモテには出る。引き篭もりを舐めてんのか?引き篭もりだって同じ人間、偶の外出も必要ジャン?

 ヒカルの場合、自室の壁にはモチロン数個の四角形の大きな窓が在って、外界の景色も、其処から眺められる環境下に在ると云いながらも、流石にチト其れだけでは人生に行き詰まりを感じてしまい、引き篭もりを続行するのが困難となってしまう。引き篭もりが体力勝負な事は、実は巷では余り知られて居ない。引き篭もりは根性。窓はカァテンを四六時中ずっと閉め切り、太陽光の一切を遮断。日中、偶に気が向いてカァテンの裾を捲っては、外界を「チラリンコ」する以外、開けられる事が無い不動の負の遺産。漆黒空間の自室で二十四時間三百六十五日、引き篭もって居られるのは精々がコウモリ位だろう。

 にわか蝙蝠のヒカルが人間に戻る瞬間は深夜。地上の人間達が寝静まった漆黒の時間帯に、人間界に還る世界中の引き篭もりの一味と化す。この真夜中の外出時間で、引き篭もりに対するストレスや不満を一気に解消、又明日から頑張って引き篭もりが続行出来ると云うモノ。

 

 ヒカルと両親の間での契約形態は、引き篭もり『パート従業員』。親として、自身の子供が引き篭もる事は確かにムカつく。ムカつかない親が居たら其れは親失格だ。かと云って無理強いさせて、強引にオモテの世界には放り出したくは無いのも親心。だからせめてパート的な引き篭もりで居てくれ、フルタイムでの引き篭もりはチト勘弁。ヒカルの両親からの切なる想い。

 ヒカルの両親はヒカルに対し、地球時間の平日〇八時から十七時までの契約では無く、平日〇時から〇六時迄の変則的な時間の契約を結んでは、毎月現金をヒカルの部屋の戸の前に置いては、隙を見てヒカルが、戸から「ニョッキ..」利き手の左手を伸ばして、現金を奪取、奪い取る仕組み。

 実際問題として異常では在るのだが、もう何年以上もヒカルと両親は顔を対面させて居ない。一個の人間として、生産的な行いの一切を拒否しては只ひたすら自室に篭る年齢不詳の子供に対し、毎月お金(賃金)を払い続けるヒカルの両親。親バカと捉えてしまう読者が主だろうが、両親は確固たる一つの希望をヒカリを抱いて、ヒカルに引き篭もり『パート従業員』としての賃金を支払い続けて居る。引き篭もるヒカルに対し、あくまでもパート扱いに拘るヒカルの両親。引き篭もりに“パートタイム”も“フルタイム”も無い。いや、基本的に引き篭もりの定義は“フルタイム”では無いのか?ヒカルの両親は“パート扱い”の最低賃金をヒカルに与えては、ヒカルの復活の時を待って居る。

 現金とは、部屋の中では全く使い物にならない只の上質な紙切れ。最大限に効果を発する為には、如何してもオモテの世界に出て、店舗にて使用するしか方法は無い。これが両親の一番の狙い。

 (イツの日か、ヒカルがお金の有り難みを感謝出来て、何時の日か、ヒカルはお金を御日様が照らす日中の世界の元で使う快感を覚えてくれて、いつの日か、ヒカルが表の世界の雇い主から御給金を頂いて、一個の人間として生きる歓びを感じてくれる子になります様に..)

 そこからモット金が欲しければ、自分で汗水流して働いて稼げ。これがヒカルの両親の引き篭もり『パート従業員』に拘る本音の核心。甘い。

 地球上の引き篭もり連中が蠢く時間は、深夜が断トツで一番人気。日中の地球上に殆どの人類は活動して、其のお陰で空中の空気が汚染されて居る事実を危惧しては、世界中の引き篭もり達は自室に避難。

「ハッ!そんなマサカ!」

 チミは思うかも知れないが、引き篭もり連中はソモソモが超敏感肌な集団、超絶に繊細な神経の持ち主なのだ。余計な人間関係を排除して精神的な健康体を維持、そして出来るだけ長生きしたいと切に願う、実は前衛的な哲学集団でも在る。空気汚染が肺に悪影響を及ぼすのも在るが、引き篭もり達が一番、自身の健康に悪影響を及ぼす外敵として認識して居るのが、人間。其れも彼等人間が、群れを成して構成される状態の“人混み”と呼ばれる群衆ゴミ。単体の人間関係で在れば、恐らく彼等は引き篭もる事は無かっただろう。だが集団になると脅威の塊でしか無い。東西南北、上下左右から常に監視される日常生活、集団内で生まれる上下関係、妬みや嫉妬。この人混みの現場が大の苦手の引き篭もり達。コレらが主な理由で、世界の引き篭もり達は日中は外出せず、自室の中で各自が必死に不貞寝、夜を待つ。

 

 時は打って変わって舞台は地球の深夜。この世界に縁が在って寄生した、一個のモノとして生きる生物。生物として必要最低限の生きる権利の一つ、睡眠。その「スヤスヤ..」と眠る事を一切許される事無く、地球人のエゴで地球人文明が果てるまで営業を続ける事を強制された、と或る場所が今回の舞台。

 御目目を「パッチンコ!」覚ました世界中の引き篭もり達が、この聖地に向かっては暗闇の中、地球上各地に生きる其々が大行進。人混みを嫌うが故に敢えて引き篭もりを行使するのが大前提なのだが其れで良いのだ。人類にとって矛盾は正義。其の正義の名の下、漆黒の深夜帯、無言の大行列の中の一味として加わって歩くヒカル。今宵も目指すは暗闇世界砂漠の中、一個の生きるヒカリのオアシス。店外店内が煌々と眩しくヒカル、ヒカルの生家から程近い近所の聖地、『コンビニエンスストアー』

 其処にヒカルの姿在り。大行列の面々も其々が各コンビニエンスストアーへと散って行く。深夜のコンビニエンスストアーは引き篭もり達にとっての聖地。自身はヤハリ人間なのだと、自己確認出来る格好の場所。

 入店するや否や、店員は「いらっしゃいませェ..」の大歓迎。

 (自分はヤッパ人間だったのだ。)

 快感。これが野良犬だったら、人間の店員は「いらっしゃいませェ..」をするか?否や、しない。コンビニ店員は、引き篭もりで在っても人間扱いをしてくれる聖人君子。

 

 ヒカルは客では無く、深夜帯のコンビニエンスストアーで働いて居る。肩書きは『パート従業員』。仕事以外では決してオモテには出ないヒカル。勤務時間が深夜と在って、接する客の人数もゴク限られて居る。気持ちが楽だ。

「いらっしゃいませェ..」

「こちら、温めますか..?」

「有難う御座いましたァ..」

 ほぼ、コレら三語のみで遣り繰りが出来る数少ない職場だろう。

 嘘。ウソだ、ヒカルは実は働いてなんか無い。毎夜、近所のコンビニエンスストアーに現れては、自身の深層世界の中で、

「いらっしゃいませェ..」

「こちら、温めますか..?」

「有難う御座いましたァ..」

 コレ等の発音練習を繰り返す人間修行の日々。 

 (誰が好き好んで引き篭もりの生活を送りたい何て思うんだよ?ヒカルだってチャンと表で一生懸命に働いてお金を稼ぎたいよ。)

 ぶつぶつブツブツ..漫画雑誌を手に取り、ページを捲りながら、ヒカルは何度も何度も上記の台詞を呟く。最近なんとか吃らずにスラスラ、日によって波は在るが、台詞を言える様にはなって来たのだが、他人と目を合わせるのはチト怖い。

 呟きに飽きた直後、背後でヒカルは物音を聞いた。

「ブシャ!」

 何かが勢い良く吹き出す擬音。思わず後ろを向いたヒカル、目撃した光景は、印象的なオカッパの性別不詳の店員が自身の胸を、業務用の謂わゆる“切れる”鋏で何度も何度も刺して居る、そんな光景を目撃してしまった。

 

 さぁ如何出る?ヒカル?

  

 

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