第18話 続・昼食のお誘い。

 ──駅のホームでの出来事の後。


 俺は上機嫌のナズナと電車に乗り、学校近くの駅で降りた。


 そのまま二人で駅の改札を抜ける。と、ナズナはくるりと反転し、俺へと振り返る。


「それじゃ、カイちゃん。シキノちゃんに聞いたら、連絡頂戴ね」


 微笑む彼女に、俺も返事を返す。


「あ、あぁ、分かった。休憩中にでも連絡するよ」


「うん、それじゃ♪」


 ナズナは嬉しそうに俺に手を振って、前を歩く知らない女子の元へと駆け寄っていった。


 俺も手を振り、幼馴染の背中を見送る。


 そして、小さな溜息。


「はぁ……。なんか良く分からないけど、朝からすっごい疲れたな」


 呟いて、先ほどの駅のホームでのやりとりを思い出す。


 ナズナから昼休みは一緒にご飯を食べようと誘われて、それを断ったら理由を教えろと詰め寄られて、彼女のたわわに実ったアレがムニュっと押し付けられて……。


「……にしても、凄かった。俺の知らない間に、あんなにも立派に育ってたんだな」


 腕に押し付けられた、あの圧倒的な質量と心地よい弾力。思い出しただけで心臓はドキドキと脈打ち、血液が全身を駆け巡っていく。


 すでに俺の頭の中は、ナズナのおっぱいでいっぱいに……。


「って、いやいや! 朝っぱらから、何を考えているんだ俺は! イヤらしいにもほどがある!」


 淫らな妄想と気持ちを振り払う様に、俺は勢いよく首をぶんぶんと振る。


「……ったく。ホント、調子狂うよな。今まで、こんな事なかったのに」


 昔から俺は、ナズナの事を異性だとか、その……エロいなとか、そんな風には見てこなかった。


 確かにまぁ、女子の中では一番に可愛いなとは思っていたけれど、毬衣まりいと同じ感覚と言うか、妹みたいな、そんな感じ。


 一緒に遊んでいてもドキドキすることはなかったし、恋とかそう言った感情は一切湧いてこなかった。


 でも、先日のファミレスで愚痴を聞いたあの時から、急にナズナの方からぐいぐいくる様になって……だから俺も、なんか変に意識する様になって。


 疎遠になっていた三年の間に、俺の中のナズナに対する免疫みたいなモノが薄まってしまったのだろうか?


 それとも、俺は自分でも気づいていないだけで、本当は昔から彼女のことを……。


 などと物思いに耽っていると、不意に斜め後ろへグイっと引っ張られた。


「うえっ?」


 自分の世界に浸っていた俺を、現実へと呼び戻す衝撃。


 何事だと、焦って振り返る。と、視界の端にピョコピョコと動くワンサイドアップの青毛が見えた。


(先日もこんな事あったな)


 そう考えながら、俺は視線を落とす。


 ……制服のサイズが合っていないブカブカ少女、尾美苗おみなえシキノだ。


 すでに周りは夏服だと言うのに、彼女は未だに長袖のブラウスに身を包んでいる。


 そんな彼女の手元は袖に隠れ、俺の脇腹当たりのシャツを握っていた。


「あ、あぁ、尾美苗さんか。おはよう」


 俺が挨拶をすると、彼女は恐る恐ると言った風に、こちらを見上げてきた。


「お、おは、よう。大堂、くん」


 今にも消え入りそうな声で、挨拶を返してくる尾美苗。


 彼女の態度は、昨日とあまり変わらない。


 が、それとは別に何かが足りないな、と俺は違和感を覚えた。


「あれ? え、っと……似島は?」


 尾美苗と一緒にいるであろう似島にのしま寛斗ひろとの姿を探そうと、俺は辺りを見回す。


 が、それらしい姿を見つけることは叶わなかった。


 すると、彼女は少々もじもじとしながら、ゆくりと口を開いた。


「ヒ、ヒロくんは、今日から、い、一時間早く、朝練を始めるらしくて、もう学校に、行っちゃった」


「え? あいつ、もう学校に行ったの?」


 ……そう言えば。


 と、俺は似島が言っていた言葉を思い出す。


「それってもしかしてさ。昨日の朝、似島が言ってた特訓とかって奴?」


 質問に対して、尾美苗は静かにこくんと頷く。


「う、うん。それもある、けど。は、八月に、インターハイがあるから、って」


「インターハイ? なるほど。じゃ、それが終ったら、また一緒に登校する訳だ?」


 それには、尾美苗はふるふると首を横に振った。


「た、大会後も、もう一緒には、登校しないから、って」


「……え?」


「だから、これからは、わ、私ひとりで、登校してくれって……」


「はぁ? なんだよそれ!?」


 尾美苗の話に、俺は思わず声を荒げていた。


 先日、似島は尾美苗に対して、このままじゃダメだと言っていた。自分とだけじゃなく、他の人ともコミュニケーションをとらないと、と。


 ヤツが言いたい事は、何となく分かる。


 幼馴染とは言え、この先も自分がずっと一緒にいてやれる訳じゃない。だから尾美苗の方から、積極的になっていけと言いたいのだろう。


 だがしかし、これはあまりに急過ぎるのではないだろうか。


 昨日のやりとりや距離感を見ていても、尾美苗が似島の事をとても頼りにしているのが良く分かる。


 だから俺は、その荒治療ぶりに苛立ちを覚えたのだ。


「似島の奴、あいつ一体何を考えて……っ!」


 そこまで言った時、尾美苗は握っていた俺のシャツの裾を、くいっと引っ張った。


「だ、だだ、大堂、くん。こ、これは、その。大丈夫、なの」


 彼女が言う大丈夫の意味が分からなくて、俺は訊き返す。


「大丈夫……って?」


「え、えっと、何て言うか、その……。ず、ずっと前から、こうしなきゃって、二人で決めてきたこと、なの。だから、大丈夫」


 そう言って、彼女は長く伸ばした前髪の隙間から笑顔を覗かせた。美しい白皙の頬を、真っ赤に染めて。


「尾美苗さん……」


 ……彼女、無理をしているのではないだろうか。


 とも思ったのだが、尾美苗の笑顔から悲壮感みたいなものは一切感じなかった。心の底から出た笑顔、そんな感じ。


 なら、俺がとやかく言う事では無いのかもしれない。これは、今まで関係を築き上げてきた二人の問題だろうから。


 そう考えて、俺は軽く咳払いをする。


「そっか。何か俺、余計なお節介をするとこだったみたいだな。まぁ、尾美苗さんがそう言うなら、大丈夫ってことで」


 俺がそう言うと、彼女は自分の胸の前で両拳をギュっと握った。


「う、うん、全然、大丈夫なの。だって、きょ、今日から……どうくんと、友達から始めよう計画、発動だか……あ」


「……ん?」


 突然、彼女の口から漏洩した謎の陰謀計画。


 ただ彼女の声が小さ過ぎて、途中、聞き取れない部分があった。


 それを確認しようと、俺は訊き返す。


「えっと、ごめん尾美苗さん。ちょっと聞き取れなかったんだけど、誰と友達から始めよう計画って言ったの?」


 すると尾美苗は、


「びゃっ!」


 と、短い悲鳴を上げ、すごい表情で固まった。


 目を見開き、顔は熱した鉄みたいに真っ赤。口もポカーンと開けている。


 その表情から察するに、どうやら、かなりの失言だった様だ。


 ……とりあえずは生存確認、だな。


「お、尾美苗さ~ん? 大丈夫かぁ?」


 俺は尾美苗の真正面に立ち、肩を掴んで揺すってみる。


 しばらく首をガクンガクンさせた後、彼女はから無事にへと帰って来た様で、ハッと我に返った。


 そして俺を見るなり、慌てた様子であたふたと手を振り始めた。


「あわわ、ち、ちち、違うの! こ、これは、その、わ、私、友達いないから! それで、ヒロくん以外の、ハジメテの友達を作らなきゃで! いっぱい!」


 動揺と早口が相まって、尾美苗が何を言ってるのか全く分からない。


 とにかく、まずは落ち着かせ様と考えた俺は、彼女から少し離れて深呼吸をしてみせる。


「なぁ、尾美苗さん。とにかく一度落ち着こうか。はい、大きく息を吸って~」


「え? あ、う、うん! す、すぅぅぅぅぅぅ~……」


「吐いてぇ~」


「ふ、ふぅぅぅぅぅぅ~……」


「はい、吸ってぇ」


「すぅぅぅぅぅ~……」


「吐いてぇ」


「ふぅぅぅぅぅ~……」


 俺の動きと声に合わせて、尾美苗は深呼吸を繰り返す。


 小さな体を精一杯動かすその姿が、なんだか幼い頃の毬衣にそっくりで、見ていてほっこりする。


 ……なんか、可愛いな。


「どうかな? 少しは落ち着いた?」


 俺がそう訊くと、尾美苗はこくんと頷く。


「ちょ、ちょっとだけ……」


 言って、彼女は乱れた髪と制服をそそくさと整える。


 そして胸に手を当てて、もう一度、ゆっくりと深呼吸をした。


「ふぅ……。え、えっと、その、と、取り乱して、ごめんなさい。大堂、くん」


「いや、気にしないでいいよ。それよりも……」


 と言いかけて、俺はしばし考える。


 陰謀渦巻く、謎の『友達から始めよう計画』


 その内容と全貌が気にはなる。が、もう聞かない方が良いだろうと思った。


 また質問して取り乱されてもなんだし、これ以上は何だか問い詰めているみたいで可哀そうだ。


 それに尾美苗には『昼休みに、ナズナも一緒にご飯を食べてもいいか』の許可も貰わないといけない。


 うん、それがいい。と考えた俺は、彼女への質問を切り替える事にした。


「……今日の昼休みのことなんだけどさ」


 俺がそう切り出すと、尾美苗の顔が再び紅潮する。


 しかし深呼吸の効果か、今度は慌てることなく落ち着いて話してくれた。


「う、うん。今日、持って来たから、一緒に、食べよ?」


「あぁ、うん。えっと、その事に関してなんだけどさ。実は、許可を貰いたい件があるんだ」


「ん? 許可?」


 なんだろ? と、尾美苗は小首を傾げる。


「そう、許可。 ……その、もう一人。一緒にご飯を食べる人間が増えても……いいかなぁ? って」


「あ……」


 尾美苗は一瞬、戸惑う様な表情を見せると、何やら考える様に俯いた。


 そうして暫く黙った後、静かに口を開いた。


「そ、それって、大堂くんの、お友達、かな? お、男の子?」


「え、あ、いや、昨日の朝、似島と話してた時に出て来た、一年C組の春夏秋冬ひととせナズナって女の子なんだけど……」


「ひととせ……ナズナ。あの、学校一、美少女と名高い、ひととせさん……」


「う、うん。ひととせ、ナズナ」


 再び、尾美苗は俺から視線を外して考えていたが、こくんと頷いた。


「わ、分かった。ひととせさんも、私が一緒でいいのなら、全然、大丈夫」


 おぉぉ……良かった。無事にミッション終了。


 なんとか、尾美苗から快い返事を貰えたことに俺はホッと胸を撫でおろす。


「とりあえず、許可を貰えて良かったよ。突然の事で、イヤな思いをさせるかもって思ったからさ」


 尾美苗はふるふると首を振る。


「ううん。そんなこと、ない。イヤとか、全然ない、から」


「そっか、ありがとな、尾美苗さん」


「……っ!」


 お礼を述べた俺の顔を見て、尾美苗は顔中を真っ赤にさせて固まった。


 ……が、すぐに凄い勢いで俺のシャツをクイクイと引っ張ってきた。


「あ、あの! だ、大堂くん! ず、ずっとここにいたら、その、が、学校に、遅刻しちゃうから、歩こ!」


 なんだか、異様に慌てる彼女に言われて、確かにと俺は頷く。


「あぁ、そうだな。じゃ、行こうか」


 そう返事を返して、俺は尾美苗と学校目指して歩き出した。




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              一時投稿休止のなお知らせ


まずは、ここまで私の拙作をお読み下さり、本当にありがとうございます。


たくさんの方から♡や☆、フォローなどで応援して頂き、感謝の念に堪えません。


そしてお知らせなのですが、誠に勝手ながら、投稿の方を一時休止とさせて頂きます。


理由としましては、私の体調不良によるもので、暫く休息を頂きたいと思ったからです。申し訳ありません。


投稿の再開についてですが、年が明けまして25年1月10日を予定しております。


投稿頻度ついては、まだ考えておりません。


ですが、カクヨムコンの応募締め切りである25年2月3日までに10万文字に達するペースでは投稿致します。(現時点で6万9千文字ほど。予定では残り10話前後)


長い期間、投稿をお休みするのは大変心苦しいのですが、ちゃんとした物語をお届けする為にもその方が良いと思い、決断しました。


次回19話は海璃が尾美苗シキノとナズナに挟まれて昼食をとるお話です。


読者の皆様には大変なご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力のほど、宜しくお願い申し上げます。

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距離感バグってる美少女達が、二度と恋をしないと誓った俺にグイグイきて甘やかしてくる件。 王白アヤセ @minaminoneko

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