第17話 昼食のお誘い。

 ──本屋の出来事から一夜明けた、いつも通りの朝。


 予報では昼前から雨とのことで、俺は自分の黒色の傘を手にして家を出た。


 見上げると、空は今にも降り出しそうな分厚い雲に覆われている。


「濡れたら面倒だから、学校に着くまで持ってくれよ」


 誰に言うでもなく、俺はそう呟いて駅へと向かって歩き出した。


 そんな俺の横を、スーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生たちが駅に向かって足早に駆けて行く。


 俺同様に薄暗い空を気にしてか、はたまた時間を気にしてだろうか。


 そんな彼らの背中を見送りながら歩いていると、


「おっはよ! カイちゃん!」


 と、後ろからに背中をトンっと叩かれた。


 当たった感触から想像するに、手刀ではないかと思われる。


「イテッ、おはよ。ナズナ」


 俺の横へと並んできたナズナに挨拶を返すと、彼女はニッと笑った。


「ふふっ。安心せよ、みねうちじゃ」


「そりゃどうも」


 と、返事を返すと、ナズナは上機嫌で赤い傘を日本刀に見立ててポーズをとった。


 どうやら、朝一で観て来た時代劇の主人公に成りきっている様だ。


「どう? 強そう?」


 正直な感想。一緒にいるのがちょっと恥ずかしい。


「……知り合いだと思われたら恥ずかしいから、離れて歩こうぜ」


 俺は彼女を振り切る様に歩くスピードを速めて、そのまま駅構内へと入っていく。


「えぇ!? ちょ、ノリ悪いよ、カイちゃん! ぐあぁ、やりおる! とかやってくれてもいいじゃん!」


「やらねぇよ。恥ずかしい」


 言って、俺はICカードをかざして改札を抜ける。


 すると、ナズナもすぐに改札を抜けてきた様で、再び俺の左隣りへと並んできた。


「ダイジョブだってぇ。私と一緒にやれば恥ずかしくないよ?」


「なにが大丈夫なんだよ。そんなもん、一人でやってくれ」


「むぅ~、イジワルだなぁ」


 ナズナは不満気に言いながら、手にした傘をぷらぷらさせている。


「曇天が続くこの梅雨の時期。朝一から沈んでいる気持ちを少しでも晴れやかにしてあげようかなってやってるのにさぁ。ちょっとつれないんじゃないかな」

 

「そう言うの、間に合ってるんで」


 俺はそう言いながら、彼女の左頬を見やる。


 先日は痛そうに赤く腫れていた左頬。


 こちらからでは少々確認しづらいが、どうやら昨日よりは治まった様で、パッと見は普通だ。


 跡が残らない様で良かった、と安堵する。


「ん、なに?」


 ジロジロと見ていた俺を不思議に思ったのか、ナズナは首を傾げた。


「あ、いや、別に……。何でもない」


 あまり、先日の出来事を掘り返すのもどうかなと思い、俺は言葉を濁して視線を逸らした。


 すると彼女は、そんな俺を見て『フフッ』と笑う。


「どうしたの? やっぱり、一緒にやりたくなった?  斬四郎ごっこ」


「んなワケないだろ」


 そう、素っ気なく返事を返して、俺はホームで電車を待つ人の列に並ぶ。


「……えぇ~。やっぱり、つれないなぁ」


 不貞腐れた様に呟いて、ナズナも俺の左隣へと並んだ。


 ──俺は頬を膨らませるナズナから、向かいのホームへと視線を移す。


 設置された時計を見ると、電車が来るまでにまだ少し時間がある。


 なら、読みかけのラノベでも読もうかなと考えていた、その時。


「ねぇねぇ、カイちゃん」


 と、ナズナが俺の顔を覗き込むようにして問いかけて来た。


「なんだよ?」


「え、えっとね、暫くの間なんだけどさ。その、昼休みはあんまり友達と一緒にいたくないなぁとか思ってて、ね。だから今日も、お昼一緒に食べないかなぁ、って」


 言って、はにかむ様にナズナは微笑んだ。


 幼馴染からの連日のご飯のお誘い。


 しかし、俺はそのお誘いをキッカケにある事を思い出した。


「あっ、そうだった」


「……ん?」


「いや、悪いんだけど、ナズナ。今日はダメかも」


 まさか、断られるとは思わなかった。そんな風に驚いた表情で、ナズナは俺へと詰め寄って来る。


「え、えぇぇぇっ?! ダ、ダメって、なんで? 私とお昼食べるのはイヤだった? 急に距離を詰めてくるのが鬱陶しかった?」


「そ、そうじゃないよ。ナズナとご飯食べるのは嫌じゃないよ。急にぐいぐい来るのは確かにまぁ、ドキドキしちゃうからアレだけど……」


「じゃ、じゃあ、なんで? どうしてダメなの? ダメな理由を教えて?」


「ダ、ダメな理由? あ~、ちょっと待ってくれ。 ……えっと、何から話せばいいんだ?」


 先日、廊下で尾美苗がすっ転んだ件。


 それをどこから話したものかと考えていると、突然、ナズナは俺の腕へと勢いよく抱き着いて来た。


「ちょ、えぇぇぇ!? な、なな、なんで抱き着いてくるんだよ、ナズナ!」


 彼女のシャンプーの香りと一緒に、ふくよかな胸の感触が伝わってくる。


 初めて感じた、女性の胸の感触。その、あまりに衝撃的な柔らかさに、俺は思わず体を引いた。


「あ、当たってる! 当たってるから! たわわに実ったアレが!」


「たわわ? それよりも早く理由を教えて、カイちゃん。それを聞くまでは、絶対に離さないからね」


 ムッとした表情で、俺の腕に抱き着いて来るナズナ。


 そんな彼女を離そうと腕を軽くぶんぶんと振るが、振れば振るほどに、ナズナはギュッと自分の腕を絡めてきた。


 そして、C……いやDはあるであろう彼女の胸が、さらに腕へと押し付けられる。


 とにかく、この状況は宜しくない。周りの人たちからの『なに? このバカップル』みたいな視線が痛すぎる。


 早く離れて貰わないと……。


「ほ、ほら、周りの人とか見てるからさ、とりあえず離れてくれよ」


「じゃあ、早く理由教えて? そしたら離れるから」


 俺は『はぁ』と小さな溜息をつく。


「……えっと、ナズナがどうとか、そういうんじゃ全然なくってさ。さっき昼飯誘われた時に、昨日した約束を思い出したんだよ」


「約束?」


 ナズナは眉を顰める。


「そう、約束。同じクラスの女子が、日直の仕事を手伝ってくれたお礼がしたいって言っててさ。何か持ってくるから、お昼は一緒にご飯食べようって……」


「何か持ってくるって……。なに?」


「さぁ、そこまでは俺も知らいないよ。彼女、秘密だって言ってたし」


「……ふ~ん、そうなんだ。手伝ったお礼、ね」


 とても納得した様には見えない。が、ナズナは俺の事を半目で見ながら、腕からスッと離れた。


 ──ようやく離れてくれた。


 と思いながらも、今まで腕に当たっていた彼女の双丘の感触が、すでに恋しくなっている。


 全く、俺ってヤツは……。


「ま、まぁとにかく、そう言った訳でさ。今日の昼休みは俺一人じゃないんだよ」


 俺の言葉にナズナは唇を尖らせ、しばらく向かいのホームを見つめていた。


 そして、ボソリと呟く。


「……カイちゃんって、モテるんだね」


「──は?」


「体も鍛えてて、女の子にも優しい。だから、モテるんだね」


「いやいや! なんでそうなるんだよ!」


 なんか昨日の夜も、毬衣まりいの口から似た様な言葉を聞いた覚えが……。


 ホント、お前たち二人は大堂海璃と言う男を誤認している。過大評価し過ぎだ。


「全然、そんなんじゃないって。俺が消極的で陰キャなヤツだってこと、幼馴染のお前なら良く知ってるだろ。それに、俺と尾美苗おみなえさんは友達でさえもない、ただのクラスメイトだよ」


 何かに気づいた様に、ナズナの眉がピクンと跳ねた。そして、俺を見る。


「尾美苗さん?」


「え? あ、う、うん、尾美苗シキノ。毬衣みたいに小柄で、髪の長い子」


「……ねえ、カイちゃん。もしかして、その子、似島にのしまくんと良く一緒にいない?」


 まさか、ナズナの口から似島の名前が出てくるとは思わなくて、少々驚いた。


 だが、あいつは俺なんかと違って、陸上部のルーキーで学校内でもまぁまぁ有名なヤツだ。だからナズナが知っていても、なんらおかしくないのかもしれない。


「そ、そうだな、あいつと尾美苗さんは幼馴染らしいから、よく一緒にいるみたいだけど。てか、お前、彼女のこと知ってるのか?」


 俺がそう質問すると、ナズナは再び向かいのホームへと視線を移した。


「ん? うん。まぁ、知ってるって言うか、なんて言うか。ちょっとね」


 どうやら、ナズナは尾美苗の事を知っている様子だが、なんだか適当に誤魔化された感じがする。


 だが、まぁそれはいい。今の問題はそこじゃない。昼食の件だ。


 ここでナズナを蔑ろにすると、さらに拗ねて後々面倒な事になるのは目に見えている。ここは誤解を解く為にも、一緒に食事をしようと誘った方が賢明だろう。


 何より、俺も良く知らない女子と二人で食事するより、幼馴染のナズナが居てくれた方が気が楽ってものだ。


「な、なぁ、ナズナ」


「なにかな」


 ナズナはこちらを一切見ようとはせず、返事だけ返してきた。


 ……ま、参ったな。これは結構な危険領域に達していると思われる。


 このまま拗ねた状態を放置し続けたら、後でどんなワガママを言われるか分かったものじゃない。


 例えば、カラオケに無理やりに連れて行かれて、延々とナズナセレクションを聞かされたり、寝る寸前まで電話でナズナトークに付き合わされたりとか。


 そんな事態を避ける為にも、何とか機嫌を直して貰わないと……。


「えっと。一度、尾美苗さんに聞いてからになるけど、ナズナも一緒に昼飯、食べないか?」


 俺の言葉を聞くなり、ナズナはこちら側へクルっと首を回す。


「え? いいの? 私、お邪魔じゃない?」


「ナズナが邪魔とか、そんな訳ないだろ。それにもしも、もしもの話しな。もしも、尾美苗さんがナズナと一緒に食べるのはダメだって言ってきたら、その時は俺、ナズナと一緒にご飯食べるから」


「……カイちゃん」


「俺と、お前は付き合い長いし、お、幼馴染だし、な……」


 ど、どうだろうか? 今の『お前の方が大事だよ』的な発言で、拗ねてる度はかなり下がったと思うけど……?


「……が、そんな優しい事を言う時って、なんかある時だよね?」


 ぐっ……。ミヤブ・ラレ・テーラ。


「アハハ、図星だった? アハハハ♪」


 そんな顔をしているのだろうか。ナズナは俺を見て、楽しそうに笑う。


「優しい時には裏がある。カイちゃんの取説に書いてあるよ」


 さすがは幼馴染。


 俺がナズナの事を知っている様に、ナズナも俺の事などお見通しって訳か……。


 だが、彼女の笑顔を見るに、機嫌はかなり直ったのではないだろうか。


 とりあえず、結果オーライってとこだな。


「でもまぁ、例えリップサービスだったとしても、そんな風に言ってくれるのは素直に嬉しいかな。うんうん♪」


 言って、ナズナは満足そうに頷く。


「ホントだよ。嘘じゃなくて、ナズナとご飯食べるさ」


「えへへ、ありがとね、カイちゃん♪」


 ホントに嬉しそうに笑う。そんな彼女につられて、俺も頬を綻ばせていた。



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                 お知らせ


 諸事情により、次回18話は少し遅めの12月22日か23日の投稿を予定しております……が、最悪24日以降もあり得ますので、ご了承のほど宜しくお願い致します。(コンテスト終了までに10万文字以上を目指すペースでいきます)

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