03.兄弟
「ずびばぜんでじた! ゆ、ゆるじでぐだざい……お願いじまず!」
床に押し付けられた狼獣人が、泣きそうな声で懇願している。それに構わず、オレはそいつの背中に馬乗りになったまま、力を緩めることなく奴の腕を押さえつけた。
「アニキを離せ! チクショー! このー!」
もう一人の小柄な狼獣人が必死にポカポカとオレの肩を叩いてくるが、正直まったく痛くない。
「なんなんだおまえら……」
辺り一帯は暗くなり、新しい朝を迎えるべく草木も眠り始めたころ。静まり返った魔王城の大広間にギャーギャーと騒ぐ声が響き渡っていた。
「命だげは! どうがお願いじまず!」
懇願するその声は、もう半ば泣き声になっていた。
「やっつけてやる! くらえ! 必殺パンチ! どうだまいったか!」
相変わらず小柄な方は遠慮なくオレを叩き続ける。いくら痛くないからといっても、やられっぱなしはさすがにうっとうしくなってきた。
「……おい、おまえ。ちっさいのがうるさい。放してやるからやめさせろ」
「わ、わかった! カシュ、やめろ! もう殴るな!」
「でも、アニキ……」
「いいからやめろ!」
「……はい」
小柄な狼獣人は不服そうだったが、渋々と手を引いた。約束通り、オレも「アニキ」と呼ばれていた方の狼獣人を解放する。「アニキ」は解放された途端、大きくせき込みながら、よろよろと小柄な方に寄っていった。
「アニキ!」
「大丈夫だ……ちょっと相手が悪かったな。今日のところは退却しようぜ。日を改めてもう一度……」
「おい待て。なんなんだおまえらは。名前くらい言えよ」
オレの問いかけに、2人の狼獣人は顔を見合わせニタリと笑った。
「……へっ、聞かれたからには答えてやるぜ」
「やるぜー!」
2人は得意げに声を上げ、妙にキマったポーズを取り始めた。
「荒野を駆ける屈強な牙!」
「森の影這う猛き疾風!」
「無敵コンビの我ら兄弟!」
「最強タッグここにあり!」
「兄貴のジャコと!」
「弟のカシュ!」
「「今日も名を上げ、勝利をつかむ!」」
──ビシッと決まった。
2人はポーズをとったまま、口元から牙を覗かせてキラリと笑ってみせた。
が、そのまましばらく沈黙が続く。
「…………」
「…………」
「いや、で?」
オレは眉をひそめて言った。
拍手喝采でも期待していたのだろうか。兄弟はキョトンとした顔で互いを見た後、表情を崩さずまたオレの方を向いた。おい、その顔でこっちを見るな。
「なあ、あんた。もしかして、このポーズの良さがわからないのか?」
大きい方の狼獣人は──たしかジャコだったな──生まれて初めて見た生き物でも観察するような眼差しで
「あいにくだが、特に良いとは思わねぇな。まあ、息ぴったりなところだけは買ってやってもいいが」
「な、なんだと!?」
ジャコは大きく目を開き、信じられないとばかりにオレを見つめた。
「これの良さがわからん奴がこの世にいるとは! あんた本気で言ってるのか!?」
「アニキ、アニキ。いったん落ち着きましょう。この際ちゃんと説明してあげた方がいいですって」
「む、そうだな。だがどこから説明してやればいいか……カシュ、ちょっとこっち来い!」
兄弟は小声でヒソヒソと話しながら作戦会議を始めた。オレはすっかり蚊帳の外である。なんでこんな奴らを相手にしてるんだっけと、彼らが話し中の間にこれまでの流れを思い起こした。
──ロリ魔王コロコの寝室で寝ようとしていたオレだったが、どうにも目が冴えてしまい、寝付けずにいたため、気分転換に少し散歩でもしようと部屋を出ることにした。行き先は、さっき激戦を繰り広げた魔王城の大広間。オレがコロコと死闘を繰り広げたその場所を、もう一度じっくりと見ておこうと思ったのだ。
廊下を進んで大広間に近づくと、妙に浮かれた声が聞こえてきた。
「すげー! この傷跡、すっげぇ深けぇぞ!? オレ様の爪よりやべぇかも!」
「アニキ、こっちもすごいです! 壁が焦げ焦げですよ! どうやったらこんな魔法使えるんですかね!?」
興奮した声が響き渡っている。大広間にたどり着いたオレが見たのは、そこら中に転がる瓦礫や剣の傷跡を指差して「すげーすげー」とはしゃぐ2人組の狼獣人だった。
「こんなとこで何してんだ、おまえら」
声をかけると、2人はピタリと動きを止めてこちらを振り返った。まるで目の前に幽霊でも見たかのように、驚きのあまり口をパクパクさせている。
「アニキ……あいつ、オイラたちに気づきましたよね?」
「ああ、気づかれちまったな、カシュ……」
2人はしばらくオレを見つめた後、突然飛びかかってきた。
「とりあえず倒せー!」
「突撃だー!」
まったく意味がわからない。が、敵意をむき出しにして襲ってくる以上、容赦するつもりもなかった。オレは彼らに反撃し、冒頭のような流れになったわけである。
──うん。振り返ったけど結局わけわかんなかったわ。
「作戦会議終了!」
唐突にカシュが手を上げ叫んだと思うと、ジャコが身振り手振りで得意げに説明を始めた。
「いいか、あんた。このポーズはな、オレ様たちが血のにじむような特訓の末に完成させた究極のポーズなんだ。牙と疾風、このコンビネーションが伝わるように、完璧に仕上げたんだぞ?」
「そうだよ! 何回も練習したんだぞ! セリフはアニキが作って、ポーズはオイラが考えたんだ!」
一生懸命にポーズの良さを説明する2人だったが、オレには全く響かなかった。正直、どうでもいい話だ。
「いや、なんつーか……頑張って作ったのはわかったけどさ、ポーズなんかより実戦の特訓とかした方がいいんじゃねぇか?」
呆れながら言ったオレの言葉に、ジャコは激しく反応した。
「何を言うか! このポーズこそがオレ様たちの誇り! もう一度よく見ろ、牙と疾風のバランスを! これが最強を象徴するんだぞ!」
ジャコとカシュは再びポーズを決める。
……いったい何を見せられているんだろう。相変わらず何が良いのかさっぱりわからなかった。
「くぅ……! この、わからずや!」
オレがこれ見よがしにため息をついてみせると、カシュが悔しそうに地団駄を踏む。
「おかしいな。ここまで説明して良さがわからないわけが……」
ジャコに至っては眉間に深いシワを寄せて考え始めた。しばらくブツブツとつぶやいていたが、急に何かに気付いたようなハッとした表情を浮かべて
「なあ、もしかしてあんた……友達いないんじゃないか?」
「……なんでそうなるんだ」
「オレ様たちのポーズは二人でやって初めて成り立つもんだ。独り身の奴は、仲間と協力してポーズを決めるって発想がない。そうなると、この良さをわかれって方がムリな話だからな。で、いるのか?」
「いるわ!」
「何人くらいだ?」
「……いや……」
「…………」
「………………おまえらここに何しに来た!」
「アニキ! こいつ話を逸らしましたよ! いないんだ! こいつ友達が一人もいないんだ!」
「うるせぇ! いいだろ別に!」
「そうだぞカシュ。友達がいないくらいで人をからかうもんじゃねぇよ」
「アニキ……」
「いいじゃないか、カシュ。オレ様にはおまえがいて、おまえにはオレ様がいる。それだけでいいじゃないか……!」
「アニキ……!」
「なぁ、もういいから。そろそろおまえらがここに来た目的を話してくんない?」
勝手に感動して仲良しごっこをするのはいいが、それはオレのいない所でやってほしい。見たくもないものを見せられるこっちの身にもなってくれ。
「いいだろう、そんなに知りたいなら教えてやる」
ジャコはそれまでの空気を切り替える様に、急にまじめな顔をして言った。
「オレ様たちは、魔王を倒しに来たんだ」
「……はぁ?」
あまりに予想外の言葉に、オレは間抜けな声を漏らした。
ロリコン勇者とロリ魔王さま 乃木坂聡志 @SatoshiNogizaka
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