02.運搬
勇者の使命とは何か?
ずっと昔に尋ねられたその質問に、こう答えたことがある。混沌に包まれた世界に平和を取り戻すために、己の身を捧げることだ──と。今でもその考えは変わっていないし、勇者のあるべき姿と信じている。
勇者の本質とは、すなわち、献身である。人のために尽くし、人のために行動する。それがオレの生きる意味なのだ。
さて、結局のところオレが何を言いたいのかというと──
「ほら、包帯よれたよ」
「うっせ」
──人類の宿敵たるロリ魔王に治療を施すことも、勇者として避けては通れない道なのである!
……いや、我ながらよく思いついたなこんな言い訳。誰が納得するんだ、これ。
「でもよく持ってたね、包帯なんて」
「一人旅だとケガすることも多くってな。必需品だ。人に巻くことなんて滅多にないんだから、下手なのは勘弁しろよ」
答えながら、コロコの体に包帯を走らせる。あれだけ激しい戦闘を終えた直後だというのに、彼女の傷口から出血はほとんど治まっていた。治癒力はさすが魔族の王と言うべきだろう。とりあえず患部の固定さえしておけば、数日で完治しそうだ。
「腕ごと胴体を回したら……あとはテープで……。ほら、終わったぞ……はぁ」
「へぇ……こんな感じなんだ」
苦労して敵に付けたキズを自分で手当てするなんて、もう何のために戦ったのかわからなくなってくる。そんな妙な屈辱を吹き飛ばしたくて鼻でため息をついたが、コロコはそれを意に介さず、包帯の仕上がりをまじまじと観察していた。
命を懸けた激しい決戦の末、ロリコンになっ……ロリコンにさせられてしまったオレは、ロリ魔王の手下になった。手下として最初に下された命令が「あたしのケガを治療しなさい!」だったため、オレは自らの宿敵にせっせと包帯を巻いていたというわけである。
……言い訳のひとつも探したくなるオレの気持ち、少しはわかってくれるだろうか。
「なあ、そろそろどっか休める所に行こうぜ。いつまでもこんな所にいたんじゃ回復するもんもしねぇだろ」
ここはロリ魔王の支配する魔王城、その大広間である。ついさっきまでは、この広大な空間は荘厳さと尊厳に満ち、見る者を圧倒するような、まさに王の居場所だった。
だが、今は──まるで廃墟と見紛うほどに荒れ果てている。
オレとロリ魔王の激戦によって、その荘厳さはすっかり見る影を失っていた。床には深くえぐられた剣の傷跡が走り、壁は魔法の爆発で黒く焦げ、あちこちに砕けた瓦礫が無造作に転がっている。
そんな大広間の奥に、くすんだ玉座が鎮座していた。爆発の衝撃や飛んできた瓦礫によって傷つき、かつての威厳を示す光沢は失われている。それでもなお、ボロボロになりながらも、玉座はその場にどっしりと存在を主張していた。
「それもそうね。わかった。あたしの部屋に行きましょう」
「おまえの部屋? こんなデカい城のどこにあんだよ。徒歩で30分かかります、なんてことないよな」
「そんなわけないじゃない。あそこに玉座があるでしょ。あの裏よ」
「なんだ、すぐそこか。さっさと行こうぜ」
「それじゃあお願いね」
「え、何が」
「ん」
コロコは包帯で縛られていない方の腕をこちらに伸ばしてオレの目をじっと見つめた。
「運べと?」
「当たり前よ。あたしまだ動けないんだから」
「近いんだからこのくらい自分で歩けよ」
「いいから運びなさい」
「……世話の焼ける奴だな」
勇者たるオレが、こんなちんちくりんのロリ魔王を世話する羽目になるなんて、屈辱以外の何ものでもない。さっきより大きなため息をついて、オレはコロコのかたわらにひざまずく。あとは彼女の背中と膝下を抱えてゆっくりと持ち上げれば──
「────ッ!?」
彼女の身体に触れた瞬間、急激に心臓が暴れ出した。耳の奥にまで響いてくるような、異常なまでの鼓動の高まり。体内の血液が一気に沸騰したかのように胸の内で心臓が乱暴に跳ね回り、まともに息をすることすらままならなくなる。
オレに付与された、ロリコンの状態異常のせいなのは明らかだった。そうでなければ、勇者たるオレがこんなロリ魔王なんかにこんな気持ちを抱くわけがない。
「どうしたの? なんか変だよ」
コロコが不思議そうに首をかしげる。なんとも思わないはずの、たったそれだけのしぐさが、無性に愛おしく感じられた。
「う……うるせぇ。別に、変じゃねぇ……し」
状態異常のことを悟らせるわけにはいかない。額から冷や汗を垂らしながら、声が裏返りそうになるのを必死にこらえる。
落ち着け、オレ。大丈夫だ。たかが状態異常。この気持ちはただの錯覚だ。
荒れ狂う心臓を抑え込め。心を落ち着けろ。呼吸を整えるんだ、ノヴィン。
スゥ────フゥ────。
……よし。少し冷静になってきた。頭を冷やしながら考えてみよう。
オレの状態異常についてだ。
包帯を巻いている時も結構な密着をしていたはずだが、その時はコロコに対して特に変な気持ちは湧かなかった。かと思えば、今みたいに急に気持ちが昂り、心の制御が効かなくなる時もある。
思うに、このロリコンなる状態異常、発動に波があるのだ。
いつ暴れ出すのかは今のところ不明だが、まぁ未知の状態異常だしな。どんな風にオレに影響を及ぼすのかは、時間をかけて少しずつ探っていこう。とりあえず、常に発動しているわけじゃないのがわかったのは収穫と言っていい。
……ふぅ、だいぶ落ち着いてきたな。心臓の音も静かになり、頭が冷えてきたのがわかる。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
「あ? ああ、悪い。もう平気だ」
……本当に平気なのか? そう自分に問いかけながら、俺はコロコを抱き上げた。
持ち上げられた彼女の体は、あっさりとオレの腕に収まった。
それはもう軽々と。
コロコに触れた途端にまた状態異常が発動したらと、内心不安だったが、そんなことはなく、オレはすんなりと彼女をお姫様抱っこしていた。
なんかわからんが、心を乱さずに彼女と密着することは可能らしい。……一応は。
「なにボーっとしてるの? 行くわよ」
「……ああ」
考えるのはまた今度だ。彼女だけでなく、オレだって休息を取る必要がある。さっさと体を休めに行こう。
コロコを抱えたまま歩き出す。あちこちに散らばった瓦礫を避けながら進み、玉座の裏に回ると、後ろの壁に扉を見つけた。というかやたらデカい。高さは5メートルはあるんじゃないか? 少し行儀が悪いが、オレはその扉を足で蹴とばして開いた。
「ちょっと、蹴らないでよ!」
「仕方ねぇだろ、両手が塞がってんだから。文句言うなら降りろよ」
「やだ!」
扉の向こうには落ち着いた雰囲気の廊下が広がっていた。荒れ果てた大広間とは対照的に、この場所は戦闘の爪痕から逃れられたおかげか、落ち着いた静けさを保っている。
その奥に、もうひとつ扉があった。さっき通った扉は厳格さを漂わせており、いかにも重々しい雰囲気のものだったが、今度の扉はシンプルな木製のもので、遠目に見る分には親しみやすい雰囲気を漂わせていた。ただし、相変わらずやたらデカい。
また蹴って開こうとしたが、コロコがオレを睨みつけて抗議したために断念し、肩で押して開くことにした。
「……すげぇ部屋だな」
まず目に飛び込んできたのは、両手を広げた大人が3,4人は並べそうなほど大きなベッドだった。黒と紫のシルクがふんだんに使われているが、少し古めかしいもののようで、けばけばしさのない味のある色合いになっている。
床には絨毯が敷かれ、部屋全体に生活感というか、どこか温かみがあった。廊下の冷たさとは対照的に、ここだけは柔らかな空気が流れているように感じられた。
……ここまでなら、立派な魔王の部屋と言えただろう。
だが、この雰囲気を全て台無しにしているのが、ベッドを覆いつくすぬいぐるみたちである。なんならコロコよりデカいものまである。やたらカラフルでふわふわしている動物たちによって占領されているせいで、ベッドから尊厳は失われていた。
ベッドサイドにピンク色のクッションが置かれているのはまだいい。しかし、床に本が散らかっているのはどうにかした方がいいと思う。ただの本ならともかく、表紙を見る限りどれも高価な魔導書のようだ。どれだけ価値があっても、コロコにとってはただの「読まない本」なのだろう。
魔族を束ねし王の寝室にはとても見えなかった。せっかくの豪華なシルクや絨毯も、顔があれば泣いているに違いない。
「……なにその顔……文句ある……?」
「いや、別に」
ぬいぐるみをかき分けてスペースを確保し、コロコをベッドに下ろした。こんな趣味全開の部屋を持つ奴と引き分けたのだと思うと、惨めな気分になってくる。
「とりあえずおまえはもう休め。寝てろ。この部屋の惨状は後でオレがどうにかするとして──」
「んー……ノヴィン」
今にも消えてしまいそうなコロコの声。それまでと打って変わって、か細く元気のないものだったため、オレは耳を近づけて彼女の言葉を拾おうとした。
「どうした?」
「ん……おやすみ……」
コロコはそれだけ言うと、目を閉じて寝息を立て始めた。
「すぅ……すぅ……」
「もう寝たのかよ、早えな」
いや、逆か。むしろこれまでずっと堪えていたのだろう。体を動かせなくなるほどの疲労なら、もっと前に寝ていてもおかしくはない。
「……オレはどこで休めばいいか、聞いてないんだがなぁ」
寝入ったコロコを起こさないよう、慎重に床に散らばる魔導書を部屋の隅に積んで、絨毯の上に寝転んだ。全身の力を抜くと筋肉が軋むように痛むのがはっきりとわかり、自分がどれほど体を酷使していたのかを思い知らされた。
今日はこのまま休ませてもらうとしよう。さすがにコロコと一緒のベッドにもぐりこむわけにはいかない。一人旅の時は基本的に野宿だったので、それと比べればこれだってじゅうぶんに贅沢である。
意識を眠りの海にゆだねるべく、目を閉じていたが、どうも目が冴えて眠れそうもない。自分の腕を枕にしたまま、しばらく天井を眺めていることにした。
─*─*─*─*─*─*─*─*─*─*─
一方そのころ。
静まり返った闇夜の中、2つの影が魔王城へと近づいていた。
「ねえ、アニキ。本当にあの魔王のところに行くんですか?」
「当たり前だ。なんのためにここまで来たと思ってんだよ」
「でも、ウワサだと魔王ってデカくて恐ろしい奴だって聞きましたよ? オイラたちで本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。そんなもんただのウワサだろ。どってことねぇよ」
「そうですよね! なんてったって、アニキは最強ですし! 魔王なんて相手になりませんよ!」
「なーに、気にすんな。デカかろうが恐ろしかろうが、オレ様の方がもっと強えんだよ。魔王なんて相手にならねぇ!」
「さすがアニキ! 最強ですもんね!」
静けさの中に不気味な笑みが浮かび上がり、影は魔王城へと忍び寄っていった。
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