ロリコン勇者とロリ魔王さま
乃木坂聡志
01.未知の状態異常
「まさかここまで追いつめられるなんて……」
全身傷ついてボロボロの少女が苦しそうにつぶやいた。立っているのもやっとのようで、肩で息をしながらふらふらと体を揺らしているが、こちらをにらみつける眼にはまだほんのわずかに生気が宿っていた。すっかり弱りきった様子の彼女を前に、オレはにぎった剣を下ろすことなく、少しでもスキを見せれば瞬時に斬り込む覚悟で神経を張りつめる。
こいつさえ殺せば世界に平和が戻るんだ──オレは自分に言い聞かせ、手のひらににじむ汗を意識しないようにした。大の男が少女を相手に剣を向けながら狂気じみた独り言をもらす様子を第三者が目の当たりにしたら、男の方が悪人だと判断されるのが普通だ。オレだって何も知らずにそんな場面に出くわしたらそう思う。
しかし、少女が世界を壊滅状態に追いやった魔王で、男が彼女を倒しに来た勇者であるならば、その立場は逆転する──そう、オレが今まさに殺めんとしている少女の正体は、見た目こそかわいらしいが、その中身は憎き魔王なのである。そして激しい死闘の果て、魔王を倒す目前まで追いつめた。
あと一撃。
最後の一撃さえ入れば、世界に平和が戻る。オレはつばを飲み込み、険しい表情を浮かべる少女の動きに集中した。
瞬間、激しい疲労に足が限界を迎えたのか魔王が大きく体勢を崩した。彼女はすぐさま立て直したがもう遅い、オレはとっくに彼女と間合いを詰めて剣を大きく振りかぶっていた。
「終わりだ、魔王!」
放った斬撃がまっすぐ魔王の首元へ伸び、オレは勝利を確信した。この一撃が外れることは万に一つもありえない。彼女の命を粉砕したその瞬間、混沌とした世界が平和を取り戻すのだ──!
「くっ……”
魔王がこちらに手をかざし、状態異常付与魔法”
この”
それを繰り出したということは、魔王はもう打つ手なし! 万策尽きたということ! そしてなにより、魔王の首元に剣が迫っている今、オレがいかなる状態異常になろうと絶対に間に合うはずがない!
「ムダなあがきだ! さあ魔王よ、正義の鉄槌をくらうがいい!」
全身全霊を込めた渾身の一撃が魔王の首に触れ、そのまま胴体と泣き別れに──なる、はずだった。
「……あん?」
オレは今、間違いなく全力で剣を振った。
勇者として、これまで虐げられてきた人々の想いをこめ、ロリ魔王にとどめをさしたはずだった。
──だというのに、なぜオレは剣を止めた?
見かけが幼女であることにためらっているのかと自分を叱り、剣をかまえ直すも、どうもさっきまでの殺意が芽生えてこない。むしろロリ魔王に愛情すら湧いてくる始末である。
「…………?」
自らの死期を悟って強く目をつぶっていたロリ魔王が、いつまでたってもとどめをさされないことを疑問に思ったのだろう、恐る恐るまぶたを開き、いじらしい瞳をこちらに向け──瞬間、オレの体が急激に熱くなった。
なんだこれ、心臓がバクバクする。戦いの緊張や高揚感とはまったく別物の感情だ。
まるで恋でもしているような……いや、そんなことがあるはずがない。なんで勇者がロリ魔王なんかに恋をせにゃならんのだ。
「──まさか!」
オレはとっさにステータス画面を開き、状態異常を確認した。するとそこには──
『状態異常:ロリコン』
頭の中が一瞬で真っ白になった。
いや、なんで今!? なぜこの状態異常を引いた!? ウソだろ!? 幼女相手にロリコンが攻撃できるわけねぇだろ!
これではもう──ロリ魔王を倒すことなど不可能ではないか。
その時、とうとう体力の限界を迎えたロリ魔王がその場に倒れこんだ。彼女は息も絶え絶えに、苦しそうな声を絞り出す
「ここまでかな……あたしの負け。さあ、とどめをさして。もう抵抗する力も残ってないや……」
「…………」
「はぁ……いい人生だったなぁ……」
おい、安らかな顔をするな。攻撃しなきゃいけない空気を作るんじゃねぇ。
こんな身になってしまった以上、オレはもはやロリ魔王と戦うことはできない──であるならここはいったん身を引いて、万全な状態で再戦に挑むのがセオリーだ。とはいえ、ここまで追いつめておきながら急に撤退するというのも彼女に怪しまれてしまう。
うーむ……。
倒すことができないならば、いっそのこと勝利の定義を変えよう。
ロリ魔王を殺すのではなく、彼女と交渉をし、人類側が有利になるような協定を結べば良いのだ。これならばロリ魔王を討伐する必要もなくなるし、オレの勇者としての体裁も保つことができる。
何も知らないロリ魔王からすれば、戦闘自体は未だオレが優位なままに見えるはず。この立場を利用して、どうにかやり過ごせるよう立ち回ろう。
「ここまでだな。決着はついた、もう戦う必要はない」
剣をしまい、戦意がないことをロリ魔王にアピールした。
今は力なく倒れているとはいえ、彼女にオレの状態異常を見破られてしまえば、この力関係はあっという間に崩されてしまう。状態異常のことがバレないように、慎重に交渉しなければ。
「これ以上、危害を加えるつもりはない。人と魔族で和平を結ぼう。それをおまえが受け入れてくれれば、これ以上戦う必要もなくなる」
「……?」
「そういうことだ。さあ、争うのはやめにして──」
「なに言ってんの……?」
ロリ魔王は胡散臭そうなものを見る顔をした。
しまった。やっぱり話に無理があったか? 焦らず、もう少し反応を見ながら切り出すべきだっただろうか。
しかし、このまま説得を続ける以外にオレの生きる道は残されていない。なんとしても話を強引に押し通すのだ。
「これでも、オレはおまえを高く買ってるんだ。幼いのに、力ある魔族共を束ねる求心力。オレと互角に渡り合うことのできる戦闘力。ここでおまえを倒すのは簡単だが、このまま始末するのはもったいないと思ってな。それとも──」
オレは剣の柄に手を伸ばした。
「結果の見えている勝負の続きをしたいか?」
うん、なんかそれっぽく話すことができたぞ! これでどうにかなってくれ──!
しかし、そんなオレの期待もむなしく、ロリ魔王はオレの言葉をかみしめる様に深く呼吸をするとゆっくりと口を開いた。
「いいわよ。このままトドメをさしなさい」
「…………ッ」
「やりたいならやればいい。死ぬことが怖くないと言えばウソになるけど、あなたほどのヒトに殺されるなら……それも悪くないわ」
ロリ魔王はゆっくりと目をつむり、最後の一撃を待ち始めた。
……非常にまずい。
できるものならお望み通りに今すぐトドメをさしてやりたいところだが、それは不可能だ。かといってグズグズしていればロリ魔王に怪しまれてしまう。そのうちオレが彼女を攻撃できない理由があることにもすぐに気が付くだろう。その時になって和平を申し入れても向こうが受け入れるはずもなし、オレの敗北が確たるものとなってしまう。
「よ、よし。いい覚悟だ」
できる限りゆっくりと剣を構える。現状、この場を打開する策はない。ならば少しでも時間を稼いで考えをまとめよう。
オレはなるべく動揺を声に出さないよう、ロリ魔王に質問した。
「い、いいんだな? 本当にいいんだな?」
「ええ」
「動くなよ……今トドメをさしてやるから、絶対に動くなよ……」
「わかってるわよそんなこと。さ、早くしなさい」
「まあそんな焦るなって……あ、そうだ。何か言い残すことはないか」
「ない」
「え、あ、……そう。じゃあいくぞ。……なぁ、本当にいいんだな」
「くどいわよ。早くしなさい」
「よ~し……それじゃあいくぞ……」
「…………」
「ぽいっ。あ、シマッター。手がすべって剣を落としてシマッター」
「………………」
「ほ~んと、オレったら肝心な時に! ははは、……はは……は……」
「……………………」
「あの……何か言いたそうですけど、なにか?」
「なに企んでるの」
「ギクッ……べっ、別になにも企んでなんか……」
「あやしい」
冷や汗が頬をすべり落ちるのがわかった。
ロリ魔王はいかがわしい視線をオレに突き刺しながら言う。
「色々変だけど、なんだか余裕が無さそう。もうあなたの勝ちなのに。なんで?」
「い、いやいや、そんなことはない。魔王の首をとったって報告を、世界中の人々が待ち望んでるんだ。すぐにでもやっちまいたいくらいだ」
「それなら、今こうして話してる最中にもあたしの首を切り裂けばいい。もしかしたら、それができない理由でもあるのかしら?」
「…………」
「ふん」
オレが何も言い返せない様子を見て、ロリ魔王は鼻で笑った。
──いや、まだだ! まだ時間稼ぎをする価値はある!
ロリ魔王が看破したのは、オレが彼女を攻撃できないという事実だけ! オレがロリコンになってしまったことまでは見破られていない! 勝利とまではいかなくとも、痛み分けくらいには……!
「そ、そんなことはない。仮にそうだとして、どんな事情があったら戦いをやめると?」
「え? うーん……そうね、たとえば……」
できる限り冷静を装いながら繰り出した質問に、うなりながら考えるロリ魔王。まあ当たるはずもないがな。ほんの余興だ、どんなトンチンカンな回答が出るのか見物させてもらうとしよう。
「あたしに惚れたとか」
「…………」
いきなり大正解が出た。
「なーんて、そんなわけないか。もしそうだとしたら、あなたは平和の大義にかこつけてあたしと仲良くしたいって考えてることになっちゃうし」
図星である。
「だいたい、あたしみたいな子どもを好きになる変態が勇者になれるわけないでしょ」
その変態が勇者として目の前にいる。
「そんなことが許されてたら、色んな意味でヒト共は滅びるべきじゃないかしら。魂の腐った一人のヒトが救世主として選ばれて、その変態は託された義務より自分の欲望を優先させたってことだし。そんな奴に自分たちの命運を委ねたのなら滅んで当然の──」
「もういい。わかった。そのへんにしとけ」
これ以上しゃべってほしくなかった。
「ごめん、こうだったら面白いなって思っただけ。あなたがそんな変態って言ってるわけじゃないから」
「はは……ははは……は……」
作り笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「さてと、冗談はここまでにするんだけど」
こちらのメンタルは冗談で済みそうもない被害が出ている。
「マジメに考えるなら……あなたがこのままトドメを刺すと、世界各地で生き残ってる魔族あたしの同胞たちが、あたしの死を知った途端に弔い合戦だって逆襲してきて、ヒト側の被害が広がる恐れがある。それを危惧して、あなたは無闇にトドメを刺せない──とか? こんなところ? 違う?」
「あ、はい。じゃあそれでいいです……」
「なんか表情筋死んでない?」
「……疲れたからかな」
時間を稼ぎのつもりで墓穴を掘ったとはとても言えなかった。
「まあいいわ。それでね、さっきあなたが言ってた和平の提案。呑んであげてもいいわ」
「え?」
「だってそうじゃない。あなたはもうあたしに攻撃できないし、あたしももうこれ以上戦う力は残ってない。お互いに歩み寄るべきって思わない?」
「まあ、それはそうだが」
「だから、妥協点。お互いに望む条件を一つずつ出してこの戦いをおしまいにしない?」
「ふむ……」
なるほど、思ったより悪くない提案だ。いや、ふざけた状態異常にかかってしまったことも隠したまま戦いを終えられるならば、これ以上の結果はないと言っていいだろう。
「まあ、なんでもいい。オレからの要求は人類と魔族の和平。それさえ守ってくれるなら充分だ」
「なんでもいいの?」
「ああ。勇者に二言はない」
「いざそう言われると悩むわね……うーん」
しばらくぶつぶつとつぶやきながら考えていたロリ魔王だったが、突如ハッとした顔をすると、すごくいいことを考えたような満面の笑みで言った。
「あなた、あたしの手下になりなさい」
「ちょっと待て」
「なによ手下A」
「誰が手下Aだ! いやおまえ、引き分けで出す要求じゃねぇだろそれ!」
「だってぇ……ヒトをアゴでこき使いたいんだもん……」
「えげつないことを可愛く言ってんじゃねぇよ!」
「まあ、そういうことだから。まずはあたしに忠誠を誓いなさい。命令」
「逆に聞くけどこの流れでやると思う!?」
「しなさい。命令」
「命令するの好きすぎだろ! もう少し常識的に考えろ!」
「これがあたしの常識だけど?」
「そういえば魔王だったわ! でも今は捨ててくんねぇかなその考え方!」
「だって他にお願いしたいことなんてないし」
「いやそこはおまえほら、普通はな? 自分たち魔族の安全を保証してほしいとか、そういう要求をするもんなんだぞ?」
「あなたがあたしの仲間になったら守ってくれるでしょ? それで解決するじゃない」
「ホントだ、頭いいー……ってなるかバカ!」
「なんなら他の雑用も一気に押し付けられるからお得よね」
「対等な立場で和平の条件交わしてんだけどわかってる!?」
「冗談冗談。それじゃ、そろそろマジメに考えるからちょっと待ってて」
「まったく、ふざけてないでちゃんと考えてくれよ……」
やれやれ、ロリ魔王ごときが勇者を手下にしようとは。そんな要求をオレが受け入れるとでも──いや、待てよ?
確か今ロリ魔王の奴、手下になったら雑用を押し付けるって言ったか?
それって、要は彼女の生活を支える立場になれるってことだろ?
つまりこれは──実質、幼女からの同棲のお誘いってことなんじゃないか!
…………。
ごくり。
仮に。仮に──だぞ。
同棲が現実のものになったら、どうなる?
人のぬくもりが恋しくなったロリ魔王が抱っこをねだってくる日もあれば、「オバケ怖いよぉ」なんて半泣きで夜のトイレに一緒に来てくれとパジャマ姿でお願いしてきたり、もしかすると遊び疲れて昼寝をするロリ魔王の口元から滴るよだれをじっくりと観察できちゃったりもする時もあるかもしれない。
……よし!
いや別に? やる気満々なのは幼女と一つ屋根の下で生活したいからじゃないし。同棲はあくまで向こうの要求に従ったってだけであって、一緒に暮らしたいとかみじんも思ってないし。むしろロリ魔王と一緒に生活しなきゃいけないとかただの罰だし。頼まれたってこっちから断ってやりたいくらいだ。
でもまぁそれも仕方ない。だってこれが向こうの要求なわけだし。あまり気は進まないが、彼女と和平を結ぶためにはやむをえない。いやもうホント、ロリ魔王と一緒に暮らしたくなんかないけども、状態異常が治るまでの間だけはそんな生活を甘んじて受け入れてやろう。
普段ならこんな要求はつっぱねてやるんだけどな! こんな状況じゃ仕方ないな! うんうん!
「おまたせ。やっと思いついたわ、こっちの要求。実は、世界中にあたしの魔王軍い──」
「いや、やっぱりさっきの要求を呑もう。おまえの手下になってやる」
「──え?」
「確かにオレが手下になれば万事解決だな! はい、ではこれにて和平は締結ということで……」
「待ちなさい!」
「いかがなさいましたか、ご主人様。なんなりとご命令を」
「もう奴隷根性が染みついてる! そうじゃなくて! なんで急に手下になる気になったのよ!」
「オレとしたことが、勇者に二言はないなんて宣言しておいてすぐに、おまえの要求を突っぱねちまうところだった。一度言った言葉には責任を持つ方だからな、ちゃんと手下になってやるよ」
「あー……えーっと、ごめんなさい。さっきのはホントに冗談のつもりで言っただけで……別に本気であなたに手下になってほしいわけじゃ……」
「いーや、オレはおまえの手下になる! 部下になる! なんなら奴隷でもいい! ぐだぐだ言わずにさっさと認めやがれ!」
「なにこの卑屈な勇者! ……あたし、こんなのに負けそうだったの、なんかショックなんだけど」
「その通り、おまえは負けそうだった。勝ちそうだったオレの言うことを聞いて、今すぐオレを手下にしやがれ」
「なんで偉そうにしてんの!? これ、あたしの要求の話よね!?」
「おいおい、自分より強い奴を手下にできるチャンスなんだぞ? 拒否する理由なんてないだろう。なにが不満なんだ?」
「奴隷願望がむき出しで気持ち悪いところかしらねぇ!?」
ロリ魔王は「まともなヒトだと思ってたのにぃ」と頭を抱え、しばらく理解に苦しんでいるようだったが、やがて肺の中の空気を全て放出しつくさんばかりの盛大なため息を吐き出した。
「……わかったわ。あなたを手下として魔王軍に迎え入れてあげる。これでいいでしょ」
「そう、わかればよろしい」
「さっきからどういう立場で言ってんの!?」
「うむ、まあ、これからよろしくってことで。オレはノヴィン。勇者ノヴィンだ」
「はぁ……まあいいや。あたしはコロコ。よろしくね──ノヴィン」
ロリ魔王コロコが差し出す手を、オレはそっと握り返した。心が温かくなるのがわかる。いつまでも握り続けていたいような、不思議な感覚が体中に広がって──
ハッ!? いや、待て! オレは何を感考えているんだ!?
うっかりゆるみそうになる頬と心を引き締め、オレは決意を新たにした。そうだ、オレは勇者ノヴィン。世界の平和を取り戻す者。
覚悟していろ、ロリ魔王コロコ。いつかこの状態異常が治ったとき、今度こそおまえを倒してやる!
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