第十八話「プロテクション・ボム開発秘話」




-1-




『例の爆発事件について、いろんなところから確認連絡が来てるんですが……』

「マスカレイド、悪く、ない」

『別にそんな事は言ってないんですけど、何故カタコトに』


 いや、俺も分かってはいるんだ。ただ、振り返ってみてもあの惨状……というか、やらかした規模を目のあたりにして、さすがに衝撃だったというか。

 別に怪人共がどうなろうが構わないし、実質消滅したのだって奴らの拠点なのだから、その点に関して言えば知ったこっちゃない。数が減って万々歳。今更そんな事でってレベルですらなく、怪人への罪悪感など最初からこれっぽっちも持ち合わせてはいないのだから。

 ただ、ちょっと自分から巻き起こした事の規模が衝撃的だったのだ。


「ちょっと、自分のパワーについて思うところがあったというか……」

『マスカレイドさんの超パワーなんて今更じゃないですか。直径百キロ大でその地域が消滅したところで、マスカレイドさんならありそうってくらいのインパクトしかありませんよ』

「あーうん、そういう事じゃないんだ、そういう事じゃ。……いや、そういう事なのか?」

『どっちやねん』


 マスカレイドにはそういう力があるって事は自覚しているし、実際やろうと思えばできるだろうって事も分かる。そんな事は重々承知だったはずだ。

 コレはそういう事とは別の……自分の事ながらというか、自分の事だからこそというか、上手く言語化できない。……俺は何に戸惑っている?


「多分だな……俺は初めてマスカレイドの強大なパワーってやつを客観的に感じてるんだ。それに対して恐怖とか、そういう感じの……これもなんか違うな」

『くっ、静まれ、俺の右腕って感じな、暴走して制御が難しい系のノリ?』

「そういう中二テイストな方向ではなく。というか、制御はできるからな。暴走しない」


 万が一は否定できないが、俺は相当なレベルでマスカレイドのパワーを制御している自信がある。おそらく、ヒーロー内でも屈指の精度で。

 だから、聞かん坊な右手が疼いたりしないし、内なる自分と戦ったりする必要もない。


『といっても、客観的に見てひどい惨状になるのはこれまでも当然のようにありましたよね? 引き廻しとか、分身の視界使って見てるはずですし』

「それは別になんとも……直接的か間接的かの違いか?」


 うーん、なんとなくだが、まとまってきたな。やはり、こういうのは言語化できなくても口にする事が大事だと良く分かる。


「ようは、自分の制御から離れたマスカレイドのパワーにビビってるんだな。最初はあまりに想定外な事態に対しての感情かと思ったんだが」

『……やっぱり静まれ俺の右腕案件では?』

「右腕は自分の体でしょ! 今回はボムに自分のパワー移してるやろがい」

『あーなるほど。マスカレイドさんのパワーで起こした事とはいえ、確かにワンクッション挟んでますしね』


 今回の件は俺が直接引き起こした事ではなく、俺のパワーを元にした物が引き起こしたもので、その前提を問題視している。

 別に自分の責任云々を誤魔化す意味じゃなく、定義的な意味で。


『つまり、間近でマスレイドパワーが炸裂して、自滅しそうだったから?』

「あの爆発に巻き込まれようが無傷で済むだろうから、自滅の恐怖じゃないんだが、さすがに目の前で実際に体験すると現実味を感じざるを得ない」

『私としてはむしろ、あの爆発でも無傷を確信している事のほうがビビるんですが』

「多分だけど、ミラージュ含めても傷つかないぞ。アレ、乗っている間は俺のパワーで強化されてるし」


 こういう強大な力ってやつは、得てして自らのパワーでやられるっていうのがお決まりのパターンなんだが、少なくとも今回のケースに関しては問題ない。感覚的なモノでしかないが、あの中心にいようが別にダメージは受けないって確信がある。

 ただ、別に自らのパワーで自滅する危険がないわけじゃなく、今回程度の力じゃ自分を傷付けるに至らないってだけで、マスカレイドのフルパワーならマスカレイドを滅ぼせるんじゃないかとは思う。こちらに関しては確信はないし、試したくもないが、そんな気がする。


「いくら余剰パワーで生み出したモノだっていっても、眼の前に突き付けられた事で現実感が増したというか……そりゃ、怪人もビビるわって感じ?」


 容易にあんな事をできる奴と戦えって言われたら怖い。そんな当たり前の事を、身を以て実感したのだ。


『結局のところ、自分を客観的に見たギャップに戸惑ってるって事ですね。マスカレイドさん以外はずっとそれを体験しているんですけど。怪人とか』

「まあ、それで自重する気はまったくないが」

『ですよねー。さすがと言わざるを得ないっ!』


 むしろ、多少でも客観視できた事で、これを何かに活かせないかとも思う。我ながら超前向きに狂ってるな。

 だって、こうして口に出してようやく掴めたが、俺がビビっているのはあの爆発そのものじゃない。俺はきっと、アレを起こし得る力の延長線上にあるモノを幻視しているのだ。

 おそらく、突き詰めればマスレイドはきっと星を砕ける。あんな適当な爆弾ではなく、フルパワーを使う前提の……そういうパワーを直接の火力に変換する機構が存在するなら、今でも実現可能なのではと思うほどだ。もちろん、素手ならインプロージョン使っても無理よ。

 未だ成長を実感している以上、それが容易に実現できてしまうのはちょっとどころではなく怖い。

 立場上、必要なら使わないわけにはいかないから、いざって時の行使を躊躇しないって点はマシか。……できるだけ、地面じゃなく宙に向かって放つよう心掛けよう。


『マスカレイドさんの混乱の原因もはっきりしたところで、いつも以上にスパムの如く増えた問い合わせにはどう対処しましょう?』

「いつも通りじゃ駄目?」

『マスレイドさんの方針ならそれでもいいですけど、変な火種が発生しません?』

「ですよねー。そりゃそうだと言わざるを得ないっ!」

『そんな返しで真似されても』


 つまり、既読スルーという意味である。ひどい相手に対してはブロック。

 別に一から十まで無視する気などないが、ここまで件数が増えると、フィルタリングして重要そうな情報を浚うくらいしかできない。いちいち相手してたらキリがないし、少しでも反応したら前例と基準が生まれかねない。そんな不毛なコールセンター業務に労力を割く気はないぞ。俺はもちろん、ミナミも、メイド共も、ついでにミナミロボもだ。

 長谷川さんと近藤さんを含む銀嶺機関はそういう業務なので諦めてもらうけど、それはあくまで人間社会相手への対応だし、マスカレイドとしての回答もする気はない。

 とはいえ、今回の件を完全スルーするのはさすがに問題あるだろう。


 ぶっちゃけ、問い合わせが増えるのなんて当然だ。いつもの問い合わせだって当然と思うのだから、今回のなんて余計にそう思う。

 なんせ、アレは極限まで分かり易い暴力だ。核兵器のようなモノで、最強の見せ札兼抑止力にすらなり得るレベルの。そんなモノが目視可能なところで爆発すれば正気でいられない。

 そりゃ、わずかでも情報を得る伝手があるのなら、スパム扱いされようが全力で掴みにいくさ。

 改めて、怪人の支配領域でテストしたのは英断と言わざるを得ない。アレは事故みたいなモノで、本来想定していた規模じゃないにしても、もし太平洋で同じ規模の爆発があったとしたら目も当てられない。ましてや、人間の支配領域とか論外だ。


「ちなみに問い合わせの範囲は?」

『えーと、国としてはキャップ経由でアメリカ合衆国から話が来ているくらいで、日本では政府すら爆発があったらしい程度しか掴んでいません。各地の研究所では現象を掴んでいても連絡先が分からないみたいですね。あとは、個人だとカルロスさん経由で情報を得た長谷川さんくらい?』


 あら、長谷川さん優秀。……というか、この場合はカルロスか。どういう情報ソースなんだろうか。

 それ以外となると、ウチとコンタクトを取る術を持っている勢力自体が少ないし、問い合わせしようがない。


「って事は、メインはいつものヒーロー連中と」

『はい。ほぼ全員から来てるんじゃないかってくらいの勢いで。それと実は運営からも事実確認が来てます。怪人勢力からは特にないですけど』

「そりゃそうだ」


 怪人がこっちと直接やり取りする手段なんて限られている。なにか切羽詰って交渉しないと死ぬって状況ならともかく、状況確認程度じゃ使える手段じゃない。あり得るとすればノーブックやカメラマンくらいだが、今回はどちらも接触がない。というか、そもそもカメラマンってどっちかといえば運営よりだし。


「事実確認たって、運営ならいくらでも調べられるだろうに。怪人領域だろうが、中継だって見れるはずだぞ」

『例の如く想定外って事なんでしょうね。そもそも、未だにマスカレイドさんのヒーローパワーは測定不能のままですし』

「そういえばそうか」


 なんだかんだで全能に近いイメージがある黒幕……というか神々ならともかく、実のところ運営は結構穴がある。

 それは同時にかみさまなどの担当や、怪人勢力のイメージに繋がっている。つまり、調査能力だけ見ても万能とは言い難いわけだ。


「とりあえず、交渉前の前提条件として、詳細な被害規模のデータくらいはよこせって言っておくか。話はそれからだな」

『超上から目線。でも、確かにそのデータは持ってそうですね』

「本音は知らんが、どうせいつも通り強制じゃなく任意での協力願いなんだろ? なら、それくらいのスタンスで十分だ」


 この時点でミナミがそう言ってきていないのはそういう事だ。朧げながら境界線が見えてきたが、今回の件に限らず運営レベルではそこまでの強権は発揮できないのだろう。

 なんなら、データはもらった上で『ありがとう、じゃコレで』ってスルーもできなくはないはずだ。別に敵に回す気もヘイト稼ぐ気もないから、どうするかは向こうさんの対応次第って事で。


「長谷川さんとキャップは……俺が直接話すか。懸念は大体予想付くし」

『会議室借ります?』

「電話でいいだろ」


 でも、文書は残さないよ。悪用されるとは思わんが、俺が予想できない使い方とかあるかもしれないし。




-2-




 というわけで、それぞれにコンタクトをとって連絡、例の爆発事故について説明する事に。

 キャップは呆れてはいたものの、本人的にはそこまで予想外というほどでなかった模様。少しずつ俺の事は把握されているようで、ちょっと危険を感じてしまう。

 人類的にはいい事なのかもしれないが、少しでも対外的な情報流出を避けたい俺としてはあまり良くはない。まあ、コラテラル・ダメージと諦める。


 一方で、キャップに問い合わせた合衆国政府としては気が気でない模様。そりゃ、自分の巣の真横であんな大爆発が起きればそうよって感じだ。国としてはあんまりそういう態度は見せたくないと思うんだが、キャップは別に隠す気はなさそうだ。

 お返しの情報提供というほどでもないが、かつてアトランティスのイベントでヒーロー側が確保したエリア、そこに設置されている観測所で結構詳細な爆発も観測しているという事実を教えてもらった。

 詳しい事情は追い切れていなかったというか、そこまで興味もなかったのだが、今現在あのエリアは名目上アメリカとイタリアの共同統治、実質的には東海岸同盟の統治エリアになっていて、かなり力を入れて死守しているらしい。なお、キューバが確保したエリアのほうはすでに失落している。

 そんな合衆国政府への対応に関しては、ある程度の情報を渡した上でキャップに丸投げである。


 そして、長谷川さんのほうはもう少しぼかした上で……主に俺がやらかした部分を誤魔化して伝える事にした。


『では、近藤さんと協議の上、銀嶺のほうに情報共有、必要なら情報発信するという事で』


 あらやだ、超淡白。やっぱり、周りの認識としてはそこまで騒ぎ立てるってほどには思えないのか。


『それで、何故今回に限って直接連絡を?』


 いや、それとは別の点で警戒されていた。やらかした事より、直接連絡してきた事のほうが警戒されるなんて……。


「今回の件はあくまで事故だが、アメリカをはじめとした諸外国からかなり注目される結果になったから、その注意喚起かな。外交問題に発展しかねないし、むしろそっち方面の懸念や疑問が思いつくなら教えてほしい」


 なので、とりあえず思い付いた事でそれっぽく理由をつけておいた。


『なるほど、確かに……感覚が麻痺してましたが、その規模の爆発が人目に触れたら軍事的な常識すら変え得る。もし、自在に使えるなら核抑止力なんて比じゃない……まさか、その爆発はマスカレイドさん以外でも行使できるなんて事は……いや、忘れて下さい。少し飛躍しました』

「いやいや、ちょっと待った」


 ……そういえば、その点が考慮から抜けていた。

 どうなんだ? アレは確かに俺が引き起こしたモノだが、さっきミナミと話した通り、ヒーローボムって兵器を間に挟んで起こした現象だ。ヒーローパワーの注入を行う必要はあるものの、複数回に分けるなら足りないなんて事はないだろうし、ヒーローボトルを使えば量の問題も解決だ。その条件だけで同じ事が引き起こせるとしたら、極論パワー充填状態のボムを渡せば人間でも同じ事ができるという話になってしまう。

 なんだそりゃ、危険過ぎるだろ。ただの球だぞ、アレ。どうにでも持ち運びできるじゃねーか。


『ちょ、ちょっと待って下さいよっ!? そんな危険極まりない話を続けるとか……』

「……そういえば再現性自体が怪しいって問題もあったな。いや、長谷川さんの懸念に関しては多分大丈夫かな?」

『多分と言われても……政府案件になるなら間違いなくその手の話は出てきますよ。その手の兵器に関して、この国は特に敏感なので。おそらく世界で一番』


 日本人なんだから、そりゃ知ってるが。


「当面の対外回答としては、マスカレイドの依存性が高く、再現性は不透明って事でお願いします」

『マスカレイドさんならできるって事に関しては?』

「そっちは今更だから周知して構いません。今回の件が俺の仕業っていうのも、あえてストップするほどじゃない。怪人の本拠地に襲撃かけましたって説明すれば納得するでしょうし」


 積極的に周知させるかは要検討だが、別に構わんだろうとは思う。外交や世論への影響を考えて政府に投げてしまえ。


『ちなみに、何故のこのタイミングなのかとか理由は聞いてもいいんですか?』

「巷でアポカリプス・カウンターって言われてるやつの実験ですね。あの数字が上下する条件を探ってます」

『ああ、例の……確かに増えてますね」


 裏で確認したのか、納得したっぽい声が返ってくる。


「本当は流れで他の大陸にも同じ事をするかもって話はあったんですが、今回の大爆発で話自体がなくなりました。まあ、こっちについてはあくまで予定だからいいんですけど」

『アレについてはマスカレイドさんも把握していないんですよね?』

「ええ。だからこその実験です。それでも、現時点じゃ分からないんですけどね」

『なるほど。とりあえず了解しました』


 今回の実験の成果も、数字が上下する条件にアタリをつけられただけだからな。

 怪人の拠点を消滅させたのが成果って言えば成果かもしれんが、別に狙ったわけじゃないし。


『ここ最近の襲撃に対処できているって事で、私も大分人間辞めてきたなって思ってましたが、本物のヒーローは格が違いますね。変な万能感に酔わないから助かります』

「あんまり俺を基準にしちゃいけない気がするんだが。多分他のヒーローにはできませんよ」

『それを前提にしても、最上位に存在しているのは紛れもない事実なので』


 確かに、担当エリアや距離感などの問題とは別にして、マスカレイドさんが存在してるのは確固たる事実だしな。


「ある程度話は聞いてるんですが、そこまで襲撃受けているんですか?」

『ミナミの提案で、関係者をまるごと例の避難所に匿ってなかったら、すでに折れてるくらいには。おそらく近藤さんも似たようなものかと』


 マジで。関係者の避難に関しては、とりあえずやってたほうがいいかなってくらいで提案したのに。

 むしろ、人質にとっているみたいで印象悪いなって思ったから、提案すら躊躇したくらいなのだ。

 ちなみに避難する段階ではかなりグダグダで、対象者はある意味表社会から隔離される事に忌避感も覚えていたが、現在では納得した上で避難所ライフをエンジョイしている模様。生活面の補填は十分以上にしているし、一応仕事も斡旋できなくはない。学業に関してはまだ不透明な点が大きいものの、その扱いについては政府と交渉中だ。人数が増えたら、高認とか通信教育みたいな制度だって整備できるかもしれない。

 とはいえ、避難対象として選ばれていても自分の意思で残った者や、友人関係などまでは手が回っていないから、そこら辺の対処は今後の課題だな。

 危険を伝えた上で残ったのに、いざ襲われて文句を言われても困るし。そう単純に割り切れるモノじゃないのは分かっているが、正直手が回るはずがないというのが本音だ。


『ボディーガード含めて、本当に自分の周囲だけならどうにかなっても、これは結局借り物の力で、その範囲はどうしても限られますしね。フィクションでヒーローが抱えていたジレンマを突き付けられている気分ですよ』

「政府側でも、根本的な対応を進めるって話は出ていたはずですけど」

『制度や慣例の問題もあって、すぐにどうこうって話にはならないでしょうね。各種関連法案が成立したとしても、その効力は怪しいですし。……そもそも、この手の問題はいたちごっこが基本ですから、対応側はどうやったって一手どころでなく遅れるものです。……なので、率直に分かり易い力で対応能力を持たせるのが、ほぼ唯一の正解だったんじゃないかと』

「なるほど」


 後知恵でしかないが、長谷川さんの言うように、結局この対応しか正解はなかったのかもしれない。

 こちらとしては一番手っ取り早い方法で、長谷川さんたちにヒーロースーツを渡したのも色々と副次効果を睨んでの事だったが、それで正解だったというわけか。事後承諾とはいえ、関係者にそういう装備を渡してますっていうのは通達済で暗黙の了解はもらってるし、メイドが振り回す物騒な装備含めて一応問題ない事にはなっている。。


 色々やらかしているマスカレイドさんの動きが派手だから目立っていないが、長谷川さんやカルロス、近藤さん、あとは緊急出動するメイドたちの活躍は、実はお前らのほうが主人公なんじゃねーかってレベルで極まっている、というのは報告で良く聞く話だ。

 日本全体を俯瞰して見れば、多少物騒になったとはいえ既存の治安から大きく逸脱していないのに、彼らの周囲に視点を送ると超バイオレンス。マフィアだってそんな頻度でドンパチしてねーよってレベルで戦闘が発生しているのだ。すでに彼らは人間基準なら歴戦の猛者である。技術的な事はともかく、度胸なら間違いなく一線級だろう。


『ヘヴィー級ボクサー相手に圧倒できる力なんて、良く考えなくても取り扱い注意ですけどね。柔道選手には負けましたけど』


 そりゃ人間のパンチなんて、ウエイト関係なくダメージ無視できるしな、そのスーツ。……でも、確かに組技相手は厳しいか。

 基本、逃走を前提に対処しているからなんとかなっているだけで、その手の達人が襲撃者として投入されたら危険だな。対策は……ない事もないが。


「本題からは離れますが、実は長谷川さんたちに渡すグッズのレベルを上げようって話になってたり」


 誰も同じ力を使わない前提なら今程度の装備でも良かったけど、自衛隊や機動隊をはじめとした組織に多少でも普及させている以上、差別化は図りたい。最悪、その手の連中から離反者が出たり、物が流出した場合の対策として、最低限身を守れるように。


『これ以上となると反動で死ぬ可能性が……』

「ちゃんと反動が大きくなっても死なないように、安全装置をつける方向で」

『そこは反動を抑制する方向で検討して欲しかった……』


 もちろんそっちも考慮しているが、それを加味しても性能アップを図りたい。

 反動で数日動けなくなったとしても、死ぬよりはマシなのだ。まあ、どっちかというと戦闘力よりは逃走力の強化がメインなんだが。


「その分待遇で埋め合わせするから。絶対安全なバカンスとか興味ありません?」

『いいですねー。でも、気が緩むとミスしそうで怖いんですよね。……カルロスや近藤さんも、それがあってあえて自分を追い詰めてる部分があるようなので』

「やっぱり代わりがいないのはネックですね。サブを用意してもいいんですが、サポートならともかく、さすがに長谷川さんたちのポジションは人間じゃないと政府的にもまずいでしょうし」

『追加要員に関しては以前から言われていたので探してはいるんですが、やはりどうしても信用の面でリスクを感じてしまって』


 ロイドなら絶対裏切らず、スペック的にも問題ないのだが、プラタのように完全にサブならともかく、窓口としての代替要員を兼ねるとなると問題が出てくる。何か問題を起こして降ろすならともかく、ただロイドに入れ替えますってだけだと、人間は信用できないと言っているようなものだからだ。

 政府相手の、人類社会相手の窓口なのだから、できれば人間を置きたいのが政府の見解で、俺もそう思っている。

 なら、政府内部から手を回して工作したり、襲撃の手引きしてる奴を放置したり、捕まえてもなあなあで済ませるんじゃねーよって話でもあるんだが、そこはある程度は飲み込むしかないだろう。これでも近藤さんの強引な改革で劇的には改善されてるらしいし。

 単に後ろ暗い事があるだけなら改革の対象外なんだが、少しでも不安材料を抱えているところは戦々恐々としているのだとか。今じゃ、近藤さんは死神扱いらしい。……まあ、既存の常識で考える人だと基準が分かり難いのは分かる。でも、明確にするわけにもいかないし、困ったものだ。




-3-




 というわけで、例の爆発についての検証をしなくてはいけない。

 よくよく考えてみれば、やっぱりアレはちょっとおかしいのだ。マスカレイドさんのパワーならあれくらいできる自覚はあるけど、爆弾にそこまでパワーを注入した覚えねーし。いくら慌ててたとはいえ、さすがにそこは間違わない。

 吹き飛んでしまった以上、今更確認はできないが、俺が注入したヒーローパワーから考えれば、すべてが誘爆したとしてもあの十分の一の規模にもならないはず。しかも、注入すればするだけ減衰する仕様なら尚更なのだ。

 何か変な不具合が発生しているのは間違いないと見て問題ないだろう。


『そういえば、マスカレイドさんの着任時に注入されたヒーローパワーも減衰してなかったですよね』

「そういやそうだったな」


 かみさまから受け取ったヒーローパワーは通常の減衰率で十分の一。十人分のパワーを受け取った俺は更に減衰するはずだったのに、現実は減衰するどころか膨張している感すらあったのだ。一応、カナダのブーストさんって類似例はあるものの、アレは減衰率が少ないだけでしかなく、十人分注ぎ込んだ例も膨張した例もない。マスカレイドが最後発だから仕方ない面はあるし、そもそも減衰して無駄になるだけならともかく、対象が破裂するかもしれないとなれば普通は尻込みする。その点は、ウチのかみさまがおかしいのだ。


「まさか、同じ原因じゃないだろうな。……俺のヒーローパワーに秘密が?」

『それだとちょっとまずくないですかね? 現在進行形で世界中にバラ撒いているヒーローボトルが……』


 えらいこっちゃ。量をカバーできるどころの騒ぎじゃねーぞ。

 事前に分析して、あのボトルに注入したヒーローパワーはノーマルなものである事は確認しているんだが、再検査の必要が出てきたかもしれない。


『またインが梱包作業で忙殺されるはめに……』

「いや、自動化したやろがい」


 今出荷している奴のほとんどは東海岸同盟側で梱包しているし、一部ウチで扱っているやつだって自動化済みだ。

 稼働させるのに最低限の作業はあるものの、それはミナミがリモートでやっても問題ないレベルである。


『実は、ちょうどいいというか、ヒーロー・ボムMの検証依頼は来てるんですよ。運営から』

「当たり前だが、単なるスパムじゃなかったのか……条件は?」

『さすがに想定外なのか、ほとんど制限なしで、報酬もこちらの提示を丸呑みすると』


 白紙の小切手渡されたのか。向こうさんも切羽詰まってるわけか。それくらいに想定外の事態って事だな。

 必要なのは確定だし、検証自体はやるにしても、ポイント報酬以外でなんか上手い事できないかな。


「報酬はともかく、検証環境は自前じゃ厳しいからな……とりあえず呑むだけ呑むか。検証結果の取り扱いについても条件付けられるよな?」

『はい、文面的には問題なさそうですね。一応、再度問い合わせはしましょうか』


 そんなわけで、ヒーロー・ボムMの検証について契約書をまとめる事になった。

 ちょっとデリケートな内容のため、絶対に検証結果を悪用できないようガチガチに縛った文面で、最終的に怪人側が利用する事はおろか、運営でさえ検証結果や成果物を利用できないほどの内容となった。代わりに俺も使えなくなったが、それば別に構わないし。




「ど、どうも、この度は弊社の要請に応えて頂き……」


 翌日、さっそく運営が用意した実験場へ転送すると、やたら腰の低い科学者っぽい連中が待っていた。

 カメラマンとか、以前網を改造してくれたブラック・スミスのような中立の怪人という事で、全員変なマスクを被っている。俺も蝶マスクは着けているので、その場にいる全員が顔を隠した異様な現場となってしまった。

 不安になるほど自信なさげな雰囲気だったので、一応でも本当に大丈夫なのかと問いかけるも、返事すら怪しい有様に不安しか感じない。

 とはいえ検証しないわけにもいかず、最悪自分だけで検証するかと諦める事にした。測定器や各種データの取り扱いについてのノウハウはないが、俺がしたい検証は空のヒーロー・ボムM多数とどうなっても構わない実験場だけあれば成立するからだ。

 レポートに関しては、彼らのモノは彼らが書くので、直接こちらには問題ない……はず。


 まずは再現性があるかどうかのテストから。注入するヒーローパワーを段階的に変えつつ、起爆実験を行う。

 そこで問題になったのが、想定する規模……アトランティス中心部で発生したのと同規模の爆発が発生した場合、こいつらは死ぬんじゃなかろうかという事だ。

 かといって、安全な距離を確保するにも、どれくらい離れればいいのかの判断が難しく、数百キロメートルも離れた位置からじゃまともに測定できない。運営の超技術でなんとかしろよとは思ったのだが、さすがに無理難題である事は明白。そもそも、運営でも理解不能な現象だからこの場が用意されているのだ。


「あ、あの……マスカレイドさんは強力なバリアなどは……」

「ない」


 言われるまで気付かなかったが、マスレイドさんは自身への攻撃をすべて無効化するが如き防御力は有していても、広範囲を守る術を持たない。インプロージョンを応用した広範囲攻撃ならできるんだが、これまでそういう想定をしていなかった。

 良く考えれば、ヒーローが誰かを守る場面なんて、フィクションでいくらでもあるし、他のヒーローたちもそういう技は持っている事が多い。なんなら、長谷川さんやメイドたちにすら広範囲展開型の携帯型バリアも持たせているのに、俺自身がノーマークだった。


「えっと、なんかいい方法ない? ミナミでもいいけど」

『一人ずつ犠牲にすればいいのでは?』

「却下」


 特にそんな意図はなかったというのに、ミナミさんの一言で研究員のみなさんが怯えてらっしゃるじゃないか。

 いや、思いつきはしたよ? でも、中立を謳っている怪人相手にそこまでする気は起きないし、それで寝覚めが悪くなるくらいの良心は持ち合わせているのだ。

 でも、ミナミさんは怪人ならいくらでも使い潰していい消耗品程度の認識しかないらしい。きっちりと善悪や敵味方のラインを引くミナミさんらしい意見だ。


「仕方ありません……こうなってしまった以上、私が犠牲になれば……しかし、どうか他の研究員たちは……」

「し、主任っ!? そんな、それなら俺たちが……」

「いや、この現場の責任は私にある。命を賭してでも結果を持ち帰らねば、お前たちまで……」

「しゅ、主任っ!!」


 なんか寸劇が始まったぞ、おい。


「あー、あんたら的にはどうしても検証結果が必要なわけ? 別に俺がそれっぽい結果を出して、それを転用するとか」

「は、はい……具体的な数値が求められているのです。マスレイドさんにはお手間かもしれませんが、せめてこのレポートを完成させないと全員が明日も知れぬ身に」

「一体どういう理屈でそんな事になるんだ?」


 ひょっとして、こいつらが悲壮感を漂わせてたのって、俺が怖いからとかじゃなかったり?


『マスカレイドさんなら情が移るなんて事はないと思いますけど、怪人の事情とか聞かないほうがいいような』

「ちょっとミナミさんっ!?」


 怪人に対しては基本ドライ極まるミナミさんが問答無用で締めにかかったが、一応止める。

 いやね、下手に事情を聞くと、情が移ったり、面倒事になるかもしれないっていう懸念はいくら俺でもあるし、中立とはいえ怪人相手にする事かって思わなくもないけどさ。

 というか、俺が今時点で考えていたのは、こいつらを上手く利用できないかだから、あまり褒められたモノでないのは確かなんだが。

 ミナミの場合、明確に敵ってラインが引かれた時点で盲目的に除外しようとする傾向があるものの、俺はそれを使って何かできないかも検討する。実際、戦略的に見るならそのほうが効率がいい事だってあると理解しているからである。

 たとえばミナミの思考で考えた場合、ノーブックを生かしたまま帰して利用し続けるなんて長期的作戦はあり得ない。俺が今検討しているのはその方向である。


「うう……実は顧客に伝えていいものか怪しい面はあるというか、もうぶっちゃけ口止めされているんですけど、ここまで追い詰められているなら話してもなんら問題もないというか、むしろ流出させて一矢報いたいというか」

「前置きは長いが、結局どういう経緯でそんな悲壮感漂わせてるんだよ」

「実は我々……このヒーロー・ボムMの開発に関しては六次請けでして……」


 思いもよらぬ方向から闇が噴出してきた。さすがに想定外である。

 そういうブラック企業的な事になると他の追随を許さないくらい闇の深い日本ではあるが、さすがに六次請けは珍しいだろう。いないってわけじゃなく、確実に中間マージンで利益がなくなるから、相当な状況じゃないと成立しないという点で。

 良くその手の仕事を受注する際に言われるのが、『これをきっかけに次の仕事に繋がると思って』という言葉だが、それだって限度はある。六次まで重ねるとなると、更に強烈な柵や負い目が必要になるはずだ。当然利益なんて出るはすがない。

 新橋駅前で塵になったブラック・キギョーさんの攻撃で致命傷を負いそうな話である。


「えーと、実際に< ヒーロー・ボムM >を開発したのはお前らでいいんだよな?」

「は、はい。我々が開発したものでこのような大問題を発生させてしまった事は大変申し訳なく……」

「よし、その時に作った要件定義書か何かあるか? それ見せろ」

「え……ちょっ……それは顧客でもさすがに……」

「死ぬ事を覚悟する上で一矢報いたいって考えもあるんだろ? 場合によっては協力してやってもいい」

「……は?」


 さすがに想定外だったのか、主任を名乗る怪人が固まった。


『でも、運営が管理している法律とかほとんど不明瞭ですよ? 違法な点があっても躱されそうな気が』

「ミナミ、この場合確認すべきは違法かどうかじゃない。それを利用してカウンターを決める材料になるかどうかだ」

『ああ、なるほど。マスカレイドさんの得意分野ですね』

「いや、どっちかというとお前のほうが得意っぽいが」

『いえいえ、そんなまさか』

「こっちこそ、そんなまさか」


 互いに譲らない。実際のところは方向性こそ違えどどちらも得意というのが正解だろう。


「とりあえず、最初に見つけるべきポイントはこの実験に口出しさせないための口実だ。とにかく見せろ」

「し、しかし……」

「ならこうしよう。起こした事態が事態だけに、詳細な情報を出さないと職員を一人ずつ殺されるとマスカレイドさんに脅された。そういう体でいく」

「ひっ……わ、私はともかく……」

「別にそうするって話じゃない。ただの言い訳。口実。発注元、一次、二次、三次、四次、五次請けへの説明材料。自分への妥協材料だ」

「…………」

「賭けてもいいが、ここまでに聞いた話だと、無事にこの検証を終わらせたところでお前ら全員無事に済まないと思うぞ。不備がなくとも、なんらかの形で処分される。たとえ、お前が身を挺したとしてもだ」

「そ、そんな……」


 実際のところなんて知らん。詳しく調べてみたら案外妥当性のある結果の六次請けで、むしろこいつらに問題があったというケースだってあり得なくはない。まあ、そんな可能性は一割にも満たないだろうが、わずかでもリスクがあった上で俺がゴリ押しするのは、企みが失敗したところで俺にデメリットがないからだ。

 運営への印象悪化を含め、細かく見れば何かしらのリスクは抱えているだろうが、それよりも大きなメリットが生まれると判断した。

 俺は半ば確信している。こいつらは確実に蜥蜴の尻尾だと。なら、その切り離した尻尾が爆弾だったと突き付けてやろうぜって話である。


「いいじゃないですか、主任。乗りましょうよ」

「そうですよ主任。マスカレイドさんの悪名は留まるところを知りませんが、実は彼はヒーローなんです」

「なんなら、俺が違反した事にしてもいいですぜ」

「実は、娘の進学を条件に内部工作するって話だったんですが、やっぱりあいつらはムカつきますよ。言いなりなんて御免です」

「どうせなら、一矢報いるどころじゃなく、あいつらまとめて吹き飛ばすつもりでいきましょう」

「あー、俺、マスカレイドさんに殺されるの怖いなー」

『乗っちゃえ乗っちゃえっ!』

「みんな……」


 一部聞き捨てならない事を言っていた奴とか、運営側のシステムが良く分からなくなるスパイの言動とか、流れに便乗するミナミとか色々言いたい事はあるが、いい流れだ。冗談のように俺に殺されると言っている職員の足が実は震えているのを含めて、俺好みである。


「よ、よし、こうなったらヤケだ。この現場でヒーロー・ボムMを大量に用意してもらって、それを持って本部に殴り込みに行く事さえ考えていたが……それくらいなら」


 そんな事考えていたのかよ、主任。一番過激じゃねーか。


「……よろしくお願いします、マスカレイドさん。こうなったらルール無視で暴れてやりましょう」


 まあ、やる事は基本的に検証なんだがな。




-4-




 そうして彼ら検証チームの闘いは始まった。

 彼らが最初にする事は検証に必要な安全確保だ。ようは万が一に備えての防御手段の確保である。さまざまな手段を提案させ、そのコストやリスクを考慮しつつ模索を始める。命がけだから、文字通り必死だ。

 一方、俺はといえば、その傍らで違法に提供してもらった彼らの契約書やヒーロー・ボムMの仕様書を確認する。当然の如くミナミにも協力させての多重チェックだ。穴がないか、カウンターに使える材料がないか、ついでにヒーローアイテムの開発に関する裏情報を入手するために。できれば、今回の件とは関係なく運営にダメージを与えられる情報が欲しい。

 当初は神々の言語で書かれていると思って翻訳してもらうところから始めるつもりだったのに、わざわざ主任が日本語に翻訳して提出してくれた。なかなかできる男である。


『真っ黒じゃないですか……』

「いくらなんでもコレはないわ」


 どうせ巧妙に偽装された文書で、その中から針の穴を見つけるかの如き作業を想定していたのだが、渡された文書は紙面全面が穴に見えるくらいのブラック度合いだった。ぶっちゃけ隠そうとすらしていない。もちろん彼らに適用される法律なんて知らんが、コレが合法ならヒーローと怪人のシステムを基盤から信用できなくなるレベルである。

 読み込んでみればその理由もはっきりしてきたのだが、おそらくこれば受注が重ねられるに従って仕事が雑になっているのだ。

 きっと最初の発注は無難かつ正当で、穴があるにしても相当巧妙に隠されたモノだったのだろう。しかし、それが二次請け、三次請けへとバトンが渡されるにつれて、得られる利益と共に内容が適当になっている。というか、文書作成の元にしたのか、何故か元になったと思われる五次請けの資料まで添付されていたのでおおよそ間違いない。

 多分、日本で行われている六次請けでもここまでひどくない。何故かミナミがサンプルを持っていたから分かる。


 とはいえ、どれが攻撃材料に使えるかは別問題だ。ここまで杜撰な処理が行われているという事は確実に裏……というか、背景があるはずだ。

 俺が思うに、おそらくそれは生命倫理に由来するところが大きいだろう。彼らの上下関係は人間のそれとは違い、もっと根本的かつ明確な差が存在する。それは貴族と宗教家、平民、奴隷のような階級差ではなく、存在そのものに由来する差なのだろう。極端に言ってしまえば、人間が蟻を踏み潰したところで罪に問われない。そういう階級構造から発生した問題に思えるのだ。

 圧倒的な力の差、そこから発生したであろう権力の差があるからどうにでもなってしまう。そこにマスカレイドさんという異物が混入された事でどう化学変化が起きるのが、そこが今回の争点になりそうだ。

 彼らを救う事だけ考えるなら容易だろう。こんなクソみたいな契約書がなくとも、単純に俺が彼らを絶賛し、是非次も彼らでお願いしますと報告を上げるだけで完了だ。保険をかけるなら、近藤さん相手にしたように彼ら以外とは作業をする気はないと言い放てばいい。しかし、それだけなら社外秘みたいな扱いをされている文書を出させるまでもないし、俺の受け取るメリットだってないも同然だ。実にもったいない。

 では、俺が狙うメリットとは何か。想定していたのは第一に、運営に関するなんらかの情報、できれば弱点や負い目を知る事。第二に、運営内部にマスカレイドシンパを作り出す事。彼らに恩を売った上で生き残らせ、上手い具合に出世させれば、これまでとは異なる方向から情報を得られるのではないか。もちろん、権力を持たせる事に不安を覚えるような奴らなら手を出したりしないが、彼らなら大丈夫だろうと判断した。


 準備が整ってからは、数日に渡る検証作業という名の悪巧みが実施された。

 当然の如く、ヒーロー・ボムMの検証がメインだ。ここを外したら当初の目的から逸脱し過ぎだし、今後の企みにも関わるから重要である。

 結果から言ってしまえば、この検証により例の大爆発はまず再現不可能という事が判明した。

 まず、これは一発だけではどうあがいても発生しない。同じくらいパワーを注入した複数のボムでも駄目。段階的に注入するパワーを調整したものが必須だった。

 その上で、最初の一発はある一定以上の落下後に起爆、そしてその範囲内に複数のボムを巻き込み誘爆する必要がある。

 まず発生するはずもない。むしろ、偶然とはいえなんで俺が成立させてしまったのかというレベルの不具合だ。


 そして、ここで重大な事実が一つ。この意味不明な不具合は、元となった通常のヒーローボムでも再現可能だった。今回のケースは単に上限なしでパワーを注入できてしまう仕様だったからトンデモな威力が出てしまっただけで、狙った上で調整すれば意図的に威力を膨張させた兵器を運用できてしまう。

 そこまでアタリをつけた上で内部のどこに問題があるのかを解析した結果、その原因も特定。ついでに、連鎖的に更なる欠陥まで発見してしまうという始末。そしてこのヒーローボムを作ったのが誰かといえば、今回の三次請けに相当するところらしい。開発元の仕様書どころか、何故か設計書まで存在するから間違いない。絶対コレ関連資料って事でまとめて添付してるだろ。

 更に言えば、今回彼らが改造を担当した部分は仕様書で絶対に手を入れてはいけないと指示された箇所でもあった。……これはいけませんね。


 尚、注入するヒーローパワーが某M氏のものであった場合は、それ以外のヒーローパワーを注入した場合に比べて桁外れな威力の膨張が見られたが、これは些細な事である。

 とりあえず、一度ヒーローボトルに移したモノだとこの現象は出なかったので、実害はないと言ってもいいだろう。あの時起きた爆発は上限なしにバワーを注入できてしまったからこそ起きた現象であると隠蔽する事にした。実際、どれだけ注入したかなんて誰にも分からないのだっ!!




「よーし、じゃあ起爆するぞ」

『カウントダウン、5、4、3、2、1、ゼロー!!』


 十メートルほどの距離を置いてヒーロー・ボムMが炸裂。例の不具合を利用したものではなく通常の使い方だが、かなり多めにパワーを注入したため、結構な規模の爆発である。

 しかし、その爆発も俺の周囲数十メートルの範囲では完全に遮断されている。


「無事だな、お前ら」

「は、はい」


 後ろに控えた主任を含む研究員数名も無傷だ。実験は成功である。


「おーし、実験は成功だ。新たなヒーローアイテムとして大々的に売り込めるぞ!!」

「「「うおーーーーっ!!」」」

『うおーーー』


 これはヒーロー・ボムMの機構を使って改造した防御用の爆弾だ。仮称としてプロテクション・ボムと名付けられたコレは、起爆させると周囲に球状の障壁を発生させるという代物である。どの程度の威力まで防御できるか実験したところ、距離にもよるが注入パワーのおよそ倍程度なら防御可能と判明している。

 デフォの設定のままだと障壁が広がる際に地面まで押しのけてしまったりするが、そこら辺は対象を設定する事でヒーローパワーだけ遮断したり、高速の飛来物だけ遮断したり、球状でなく前面のみを覆うようにできるらしい。

 際限なしで減衰率マックスなヒーローパワーの燃費という欠点はあるものの、俺としては攻撃用のボムよりよっぽど有用だ。

 減衰する関係から、残念ながら事実上の限界までパワーを注入しても俺の素の全力攻撃を防御するには至らなかったが、ほぼ鉄壁の防御装置といえる。

 詳しい理屈は分からないが、コレは主任たちが兼ねてから研究してきたモノを転用したらしい。ボムの実験はコレを使う事で安全性を確保し、無事完了させる事ができた。

 そして、ヒーロー・ボムMの威力検証時に使った仕様未策定の実験作ではなく、ちゃんと仕様化と検証まで済ませれば彼らの実績になるんじゃないかと、俺たちも付き合ったのである。その結果がコレだ。見事、ヒーローパワー次第ではあるが鉄壁の障壁を作り出すヒーローアイテムが完成した。

 正直、エネルギー変換効率がいいとは言えない。どれだパワーを注入したところで日常的に使える物じゃないし、それなら既存の装備やアイテムのほうがいいだろう。しかし、こんな極大防御力を実現できるアイテムなど存在しない今、いざという時のために用意する備えとしては極上だ。

 ヒーロー・ボム同様、エネルギー充填するのはヒーローの手から直接やらないといけないので、ヒーローボトルを使って大量生産という手は使えないが、ヒーローボトル→ヒーロー→プロテクション・ボムという構図なら間接的に使えない事もない。

 つまり、俺ならいくらでも生産可能なのだ。普通に備えとして複数個確保したいレベル。

 無差別に破壊をもたらし、秩序崩壊しかねないヒーロー・ボムMとは違い、これならヒーローボトルと共に流通させてもいいだろう。


「やった、やったぞ! これで奴らを地獄に引き摺り降ろし、六次請けとしてこき使ってくれるっ!!」

「すげえ、かつての失言多めでいらん事を口走って自滅する主任が返ってきたっ!」

「全然憧れねえけどすげえ!」


 その結果、異様に自信なさ気だった主任のプライドも回復したのか、別人のようになってしまった。

 まあ、それはそれとして、この仕様化について俺はほとんど関わってない。せいぜいパワー注入を代行したくらいだ。

 それに加えて元となるアイテムがあってそれを改造したにせよ、大部分の成果は彼らの実績と言えなくはない。

 クソ優秀じゃねーか、こいつら。


「よし、じゃあこれらの検証結果を元に、案件を右から左に流して利益を掠め取る業者を成敗するための武器作成といこうじゃないか」

「「「はいっ!! お任せ下さいっ!! マスカレイドさんっ!」」」

「それじゃ打ち上げだ。バーベキューを用意したから食って騒げ」

「「「オーッ!! さすがはマスカレイドさんだぜっ!!」」」

『楽しそうですねー』


 宙空ウインドウの向こうから不満そうなミナミの声が上がるが、これは必要な事なのだ。

 なんせ、俺たちは運命共同体。命を預け合う戦友なのだから、こういった細かいイベントも重要なのである。

 実際のところは別に命を預かっているのはこちらだけで、どう転ぼうが痛い目など見ないのだけど、それは言わぬが華だ。決してバーベキューで誤魔化しているわけでない。アルコールが用意されているのも、打ち上げだからなのだ。

 ぶっちゃけ、今回の検証で彼らが頑張った事は否定できない。利用した事を誤魔化す気はないけど、労う気持ちも本当なのだ。

 実は今回、検証の空き時間が結構あったので久々に料理でもしようかなとも思ったのだが、提案した時点でミナミが自分にもよこせと言い出したため、仕方なくリモートでも同じ物を用意できるバーベキューセットを購入する事になったという経緯がある。最初から串に刺さっていてあとは焼くだけという超お手軽メニューだ。ちなみに機材はいつか海水浴に行った時の使い回しである。




 そうして、翌日から盛大に彼らを上げ、元々の開発元を締め上げるためのレポート作りが始まった。むしろ、ここからが本番といえる。

 運営側の司法という、あるかどうかすら怪しいものを知らないのは変わらないし、彼らに確認したところで漏れは必ず出るだろうと、かなり慎重に報告内容を吟味、精査、多少の隠蔽をして文書を作成。日本基準で粗を探してもまず引っ掛からないような内容に仕上げた。

 もし途中で隠蔽されたり改竄されたら簡単に発覚するように、俺から運営への提出物に彼らの報告書を添付し、『詳しい不具合については、今回検証に携わったチームが作成した報告書を添付しましたのでご確認下さい』を記載。もちろん俺たちは内容を把握してませんよとシラを切るため、添付するのは翻訳前の、人間に読む事のできない言語のモノだ。

 その上で、なんでこんな優秀な人材を下っ端で遊ばせておくんですかー、なんなら専属にして下さいよと要望を上げておく。もちろん、不具合を出した部門なのか企業なのか個人なのか知らんが、そこに対して目に見える結果を出して欲しいと要望も加える。

 ヒーローの貴重な時間と手間を多大に浪費させ、あげく原因は別のところにあったというのだから当然だろう。いや、ぶっちゃけ超妥当。

 最後に、俺とミナミで尋問リハーサルを行い、報告書の穴を突くような追求を行った上で主任が完璧に反論できる体勢を整えてフィニッシュ。俺の威圧に耐えながら反論できるなら、ブラック企業の追求くらい容易に躱せるだろう。何度か漏らして尊厳を失った主任に怖いモノなどないのだ。


「ありがとうございます。このご恩は決して忘れる事なく、絶対に、絶対にお返しします。でも、あの圧迫面接はやり過ぎじゃないかと思っても……」

「合法的に問題なく返せる範囲のお礼でいいから」


 何故か苦言を言われそうになったので遮っておいた。

 まあ、扱いに多少の難点があろうが、職員全員で咽び泣くほど喜んでいたので問題はないだろう。

 咽び泣く中に、奴らの尊厳まで粉砕してくれるとか、今後の展開が不安になる過激な言語も混ざっていたが、あえて無視する事にした。




-5-




 というわけで、良く分からない流れで無事運営に毒のような何かを埋め込み、積極的に情報提供してくれる窓口を確保する事ができ、今回の騒動は終息を迎える。

 最終的にヒーロー・ボムとヒーロー・ボムMは出回っている現物を回収・交換し、不具合を修正したモノを新たに販売する事となった。

 現物を所持していた者には交換時に多少のヒーローポイントを補填。不具合の詳細は公開されてないから、持っていた人は少しお得というだけの回収騒ぎである。結局、不具合の詳細すら公開されなかった。

 尚、世の中には目聡い奴がいるのか、俺が起こした大爆発からアタリをつけ、ヒーロー・ボムを大量購入していた勢力もあるらしい。一件ごとの補填は少ないものの、結果的にかなりプラスに働いた事だろう。便乗されたような気がしてちょっとモヤるが、別にルールから逸脱していないので先物取引のようなものと考えよう。過去に補填された例がない以上は、儲けようとしたわけじゃなく、何かあるだろうから今の内に確保しておこうってくらいの感覚だろうし。


 今回の件は、資料の恐喝などの手段はともかく、結果から見れば何から何まで合法だ。ルールの穴を突くまでもなく、相手の不備を突いただけで俺の目的が完遂できてしまった。なので、機密云々の話はなかった事にする。

 途中からの降って湧いた目標だが、今回重要なのは運営内部にマスカレイドのシンパを作る事で、それは完遂できたから問題ないのだ。そのために途中からミナミに鞭役をお願いしたり、俺も演技をしたけど、何も後ろめたい事はない。

 相手に落ち度があるっていいね。わざわざ裏をかかなくても切り込めるんだから。


『彼ら、最終的に神を信仰する信徒みたいになってましたけど、マスカレイドさん的にはいいんですか?』

「心情的にはあんま良くないが、人間と違って直接の繋がりはないしな。暴走しないように釘刺しとけば許容範囲に収まるだろ」


 情報提供を期待できる以外は、せいぜいアイテムや装備の開発で口を出せるかもってくらいだ。


『目的からすると、継続的かつ潜在的なシンパってくらいがちょうどいいんですよね。それにしてはちょっとやり過ぎな気も』

「経験がないから加減が分からんのじゃ」


 怪人相手にどうやれば恐怖を与えられるのかとかは慣れたもんだが、意識的に心情をこちらに傾かせた経験などない。そんな奴詐欺師みたいなもんだろうに。


『なんか、マスレイドさんがその気になれば、あっという間にマスカレイド教で世界を埋め尽くせそうですね』

「さすがに過大評価だろ。既存の世界宗教なめんなよ」

『うーん、そうですかね? まあ、マスカレイドさんにやる気はなさそうなので、人類社会的にはラッキーって事でしょう』


 いくら最近は影響力が低下してきたとはいえ、二千年かけて世界に浸透したモノを、こんなポッと出の存在が塗り潰せるはずはないのである。ましてや、何故か世界中に点在しているらしい一切俺と関わりのない新興宗教にそんな力があるはずもない。日本にいると勘違いしそうだが、宗教ってそういうものである。

 そもそも、マスカレイドが崇め奉られる世界なんて望んでいないし、もしそんな事になったら引き籠もりとしては負けなのだ。




「で、結局アポカリプス・カウンターのほうはどうなった? 途中で報告がなかったって事は、そこまで変な動きはしなかったって事だと思うが」

『アトランティス中心部の消滅で大幅に増加したあと、徐々に減少するのは当然として、これまでの減少幅よりは若干早く感じますね。元々一定していたわけではないので、あくまで傾向ですが』

「なんか補正がかかってるのか? 俺がやった事や、カウンター値急増の影響で何か起きているって可能性もあるが……」

『おそらく前者です。各勢力で調査に乗り出したような段階で、これまでの情勢と比較して明確な違いはありませんし』

「……増加は許容しても、その影響は繰り返す度に減る仕様と?」

『確定じゃありませんが、多分そういう事なんでしょうね』


 つまり、カウントを遅らせる事はできても、いつかは確実にゼロになる。これはそういう仕組みって事だ。

 ……事前に想定して組み込むなら無難な仕様ではあるな。後付けならふざけんなって感じだが、その様子はないし、少なくとも露骨ではない。

 きっと、俺が大幅な影響をもたらす事も折込んでいるのだ。第二イベントまででさんざんやらかしてる自覚はあるから、さすがに対処してきたのだろう。大爆発であたふたしていたとしても、それは規模が想定外なだけで、そういう事をやるっていうのは想像付いていたはずだ。


『で、どうします? 他の拠点を襲撃します?』

「……保留」


 正直、微妙なところだ。確かにカウントを遅らせる効果があるとはっきりしたが、今の段階で乱発していいものかは判断が難しい。

 もしこの先、どうしてもカウントを遅らせたいって事態に陥った時に、補正が効き過ぎて何やっても増やせませんって事になったら困る。

 ……なるほど、良くできてる。絶対に状況を停滞させまいという鉄の意思すら感じるほどだ。


「今回は、アポカリプス・カウンターに対して能動的に影響を与えられるって事実と、その方法を確立したって事、実際にカウントを遅らせたって結果で良しとしよう」

『何か次の展望などはありますか?』

「ある一定のライン……多分閾値みたいなモノがあると思うんだが、それを割った時点で何が起きるか確認したい」

『それをトリガーに梃子入れが入るかもって話ですね。そもそも設定されてなかったり、その閾値が低い位置にあったりして対処が間に合わなくなりそうだったら?』

「そこはさすがに余裕を持って対処する」


 具体的には残り二つの拠点への襲撃だ。それまでに他の方法がないかも検討したい。……意表を突いて、アトランティス再襲撃とか?


「ともあれ、多少でも時間を稼げたって事でいいんかね?」

『……多分?』


 厳密に計算したわけじゃないが、現在の数値が以前言っていた半年より伸びているのは確かだ。大雑把に計算するなら九ヶ月ってところか。

 敵の拠点含む百キロを消滅させて稼げたのが三ヶ月……数値の減少に補正がかかっているなら、それより少ないって考えると正直微妙かもしれない。

 とはいえ、今の状況における数ヶ月っていうのはかなり貴重な時間だ。少しでも人類の体勢を整える時間が欲しい。

 今回のケースでの変動を元に予想するなら、引き伸ばしてもせいぜいあと一年。それが分かっただけでも襲撃の意味はあったのだろう。


 ……次のイベントまでたった一年か。ほんと、なんでこんな一人で悪戦苦闘してるんだか。面倒ってレベルじゃねーぞ。

 いかん、かなり危険な兆候かもしれない。そろそろ引き籠もりの忍耐力が限界突破しそう。うごごごご…………。




 アポカリプス・カウンターは値を刻み続ける。

 それが何を意味するのか、あるいは本当に時間を意味しているのかすら知る者がいないまま。




-6-




 アトランティス・ネットワークは怪人たちにとっても一般的な情報源として認知されつつある。なんらかの端末さえ保有していれば、保有していなくても怪人役場などに設置された端末からでも閲覧可能な、最もリーズナブルな情報源として。

 それで何か怪人たちに影響があったのかといえば、正直そこまででもない。大きな影響をもたらしたのは予告出撃情報なあたり、怪人のメリットにはなっていないと言っても過言ではないだろう。

 そして、その怪人たちの間でもアポカリプス・カウンターは注目を浴びていた。


「くくく……これが人間たちの言うところのアポカリプス・カウンター。正に終末への呼び声よ」

「え、お前、これがなんなのか知ってんの?」

「くくく……それは、この値がゼロになった時に分かるであろう」

「知らんのかい」


 アポカリプス・カウンターは値を刻み続ける。

 人間、ヒーローどころか、怪人たちにとってもそれが何を意味するのか知らされぬまま。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引き籠もりヒーロー 二ツ樹五輪 @5rin5rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ