the latter part 一番恐ろしいもの [終]

 らららと今日の電話が鳴った。

 数々の忘れたい一瞬一瞬を断ち切って電子音が私を呼ぶ。近頃は掛けづらくなっていた学生時代の親友だった。

「ねえ、彼――、かっ、彼ずっと、行方不明だったけど……、何年も前に、ひっ、見つかって――、白骨……、した人が、身元……」

 泣いて鼻をすすって泣いての訴えが私の頭を真っ白にする、でもそんなに動揺すること? 私には関係ないもう無関係。確かに死んだのは私が一目惚れして声を掛けた相手らしいけど、もうとっくに忘れたんじゃなかった? これまでの五人とは別の、私の恋を丁重に断った彼は今私と話しているこの女とつきあい始めたのだから――。

 私はいつ切ったか分からない白い端末をお腹に抱いて絨毯に座り込んでいた。あの長身で親切な男性、早々に姿が見えなくなったため別れたと思っていたが、行方不明だとは知らなかったし彼女がこうして泣くほどまだ想っていたとは。それともこれが普通の女性の恋なのだろうか。

 おや? 上の階から無機質な落下音が届き、私は静かに立ち上がって今度は自分が携帯電話を落とした。わき起こった不安が膨張する。私、不幸を呼ぶ女。女としてつきあった男が五人中四人死に、つきあわなかった男も一人だけ命を落とした。私が魔女みたい、ため息も出ない。

 あああ、何を怯えてるんだよ。服の上から身体を抱く私は目を瞑って暗黒の世界に逃げ込む。蒼空を舞うのは死ななかった男、私に殺された四人と一人の男たちが真っ暗な地獄からうつろな目を宙に向けている。嫌だ嫌だと瞼を下ろそうとして閉じていることに気づく。全ての死と死ななかった過去に関係があるとは限らないけれど、もし強大な関係性が介在しているとしたら彼らはどうしてその羂にはまったのだろう。

 私は重い頭を振り回す。まずつきあった五人の中で一人だけが助かった理由は何なのだろうか。ホラー映画なら魔性の女がベッドで獣と化して地獄に導くところだが、別れたあいつとの間にだってことはあった。喧嘩しすぎて私の〝魔力〟が弱まったとでもいうのか。逆に一人だけつきあわなかった男――私とその彼にのみ起きた事件があるとしたら、

「いたっ」

 硬い物体を踏んだ痛みではっと我に返る。目を開けた先には白い携帯電話。彼に電話した? いやいや私が彼にやったのは〝逆ナン〟、声を掛けただけ。ああここでもナンパ!

 うん? ナンパといえば、初めての経験でその気になったら本性は最悪な男が――、

 待って、考えてみれば私がナンパを受けたのは浮気男の一度きり。私に声を掛けた一人は死なず、その逆はつきあわなかったにもかかわらず死を迎えた。交際中に死んだのは四人とも私からつきあってくれと頼んだ男で、つきあわずに死んだ男は私のお願いを拒んだ。

 うわあ、そういうことか。そうなんだ。

「死んだ人にはみんな私が――」告白してた。

 私は、私は……、胸をざわつかせて両手で頭を抱える。私は人生で告白した五人の男性だけを確実に殺してきた。暑い、熱い。汗にまみれた顔を起こせばそこは魔女と鏡が消えた玄関。くそっ、今度はもう一段意識を明瞭にした私を部屋に戻すものかと起こる異変。心と身体が遠方の大地震のようにゆらゆら揺れ揺れて――私の震える瞳に映ったのは、

 私が見たのは、

 自分が二つに分かれる瞬間だった。

 私。私。

 私と私。私と私。

 もう一人の私? もう一人の私? 違う。違う。私、私――、

 まるで鏡。私私は同一性を維持したままそっくり二つに増殖していた。一人であり二人――私私は恐怖よりも興味で見つめ合い、

「「うわああっ」」

 二人同時に声があふれる。全く同一の声色、言葉そして顔、どちらの私私も私私なのだ。私私が精神が肉体がぽっと昂った。

 好き?

 ああ私私を包む哀しいくらいのときめき、臆病で出せなかった十代の激情のよう。好き。最高だけど最悪な〝好き〟、何ということだ。身体中が甘くしびれ、魔法にかかったみたいに自分を好きになっている。

 ――これでおまえの毒から護られるんだよ。

 蘇る台詞、そうだ魔法にかかってるんだ。間違いないこの場所であの魔女のせい、鏡で魔法をかけられた。自分自身に惚れるなんて不可思議な、きっと世界いや宇宙で一番神秘的で迷いのない恋。私私は突き進み危険を冒そうとしている、これも魔法? だめ、口を開いちゃ――、

「「あの、えっと、あなたのこと……」」

 うわああぁぁっ、猛烈な毒を持つ私私は告白しちゃいけない。絶対に告白してはいけない相手に、私私を自分自身を殺してしまう。好きが止まらない!

「「本当に、あなたのことが好きなんです」」

 私は素敵でかわいらしい女性に告白し、力を失ってその場にへたり込んだ。やってしまった。ああ。

 聞こえるのは熱と鼓動。もう一人に戻っている。死ぬのはいつ? そこまですぐじゃないけど死ぬ。気持ちいい。


          了


▽読んでいただきありがとうございます。ラストの表現方法はいかがでしたか?


その点も気になりますが、とにかく怖かったという方は、

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宇宙一神秘的な恋 海来 宙 @umikisora

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