宇宙一神秘的な恋
海来 宙
the former part 恋人が死ぬ女
死んだ。私の首すじに蒼い血を吐いた。
私が魔女から魔法の鏡を突きつけられる三日前の朝、彼は私を抱きしめたまま沈鬱で息苦しい世界に別れを告げた。死因は突発性の何か、多分。
「うぐっ、俺……、やばい」
「え、私? 私が悪かったよね?」
「――違う、ゔ」
これでまた一人恋人を失った私を気味悪がり嫌悪する声があるのは知っている。男たちは危険な女に近づくなと笑い合い、「丙午」という言葉も聞いた。ヒノエウマ。調べたら生まれ年を気にする迷信で、別の午年生まれの私は迷信が本当でも男を食い殺してなどいない。最近耳元で囁かれた「黒魔術」も知らない。四人も死んだからと私のせいにされてはこっちが生きていけないではないか。
四人――、四。四、4、Ⅳ、幸運か不吉なのか分からない。魔女と出会ったから不吉――いや魔女は西洋の俗信であり、あちらでは四は幸運。唐突ながらここで宣言する。これから先何度大切な人の死に立ち会わされようと、私は次の男に手を伸ばし続けるだろう。女として当然の欲求、違う?
しかしその時々で最大限に身も心も委ねてきた恋人に四人も死なれては、受け入れる私に変化が起きても仕方がない。何と私は地獄をくり返した末に恋人の喪失を乗り越えられる人間になってしまったのだ。毎度吐くほどに絶望させられはしたけれど、四人目となった今回蒼い血を思い出して泣いたのはたったの三日間、四日目――ああまた「四」だ――が訪れた昨日は魔女が現れるまで白熱するカーリング中継に心を奪われていた。
「心……って、どこ? 教えて――」
蒼いシャツの胸をかきむしる右手、孤独な唇からつぶやきがもれる。真剣勝負に奪われた〝心という臓器〟は身体のどこにあるのか、精神科医はどう考えてる? 臨床心理士、心療内科医は? 魔女はどう――待て、待った。おかしい。普通泣く時は二人の幸せな色を思い浮かべて涙を消化するものだし、意中のチームが追い上げる熱い展開は半年前の再放送、私は延長戦まで気がつかなかった。これではまだ四人目の恋人の喪失を乗り越えたとはいえないのではないだろうか。
実は、私が恋人を失うのは彼で五人目だった。最初の男と知り合ったのは陽射しの強いテニスコート、二人目は大学裏の喫茶店で意気投合して次の男には繁華街でナンパされ、停電した街で腕を引っ張ったのが四人目。最後は闇のはびこるインターネットの片隅と、出会いはどんどん暗くなっていった。十代まで全く男を知らなかった私も今や恋多き女と呼ばれるが、問題は恋への落ちやすさよりすぐに失ってしまうこと。ただし三人目につきあったナンパ男だけは死なずに憎み合って交際を終了させていた。
――おまえってさ、俺が他の女に手え出したらねちねち不満言うタイプじゃね?
私の愛を踏みにじる浮気男、全て明らかになってみれば私こそが〝浮気〟だった。あんな卑劣な奴は死のうが生きようが関係ない、ところで魔女である。昨日私の安普請アパートに現れたのだ。
「だっ、誰……?」
「ふふふ、おまえには魔女に見えるかい?」
魔女って何だ。考えるより先に全身がこわばりだし、両手のひらが汗を握る。うなるような声で訊き返した小柄な女は薄汚れた蒼いマントを頭から羽織り、顔を隠し気味の風貌は母方の祖母とどこか似ていた。
魔女なんか――、いない。
紫の髪としみだらけの白い肌をまとい、狭く暗い玄関で高い鼻ばかり目立つ自称魔女の女。どんな魔法を使うつもり? 私はご無沙汰している八十代の祖母がいたずらで孫を弾丸訪問し、反応を楽しんでるのかと思った。
「おまえはどうあれ私は魔女なのさ、いつの世もね。そら」
目の前の小汚い女が懐から何か取り出し、私は声を飲み込んでぎょっとする。軽いめまいを起こした胸の前、携帯電話並みの大きさでロココ調の装飾が施された長方形の硝子――鏡が私を見ていた。
「これでおまえの毒から護られるんだよ」
妙に楽しげな声を残して鏡ごと消えた魔女、最後に顔を上げた私を硬直させたのは彼女の深く蒼い全てを知っている瞳だった。
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