ワルシャの日没
黒犬狼藉
開戦
号外、号外。
関係激化、戦争目前に迫る。
号外、号外。
トレーヌ王太子夫妻、暗殺未遂事件。
犯人はセラス人か?
号外、号外。
セラスへ宣戦布告、大義を持って大悪を誅すべし!!
人民よ、今こそ蜂起せよ。
これは、威信を掛けた戦いである!!
〜〜〜
魔法銃を掴み、塹壕に籠る。
汚泥、血液、吐き気が起こり眩暈も感じる。
鼓膜を破るかのような銃声は聞こえない、脳を揺さぶるかのような衝撃は訪れない。
地獄と称する場所があるのならば、そこはここだろう。
パァンッ!!!
銃声が響いた、直後に構え頭を出した兵を狙い撃つ。
外す、だが呼応するように次々と銃声が鳴り響き再度ここに喧騒が満ち出した。
再度訪れる地獄、ここで生き残っている俺は幸運なのだろう。
いや、幸運であるはずはない。
もしも、幸運であるのならば。
それは、先に死んでいった仲間たちだろう。
銃声が止んだ、今日も死に損ないたちが入れ替わる。
生気のない目、虚にも見えるソレに今日を生きた幸福は宿っていない。
狙われないように匍匐しながら、塹壕から離れる。
夜警の隊と入れ替わる時間が来たのだ、塹壕には変わりないが最前線で睨み合っているよりはマシな本部に漸く帰還できる。
泥と煤により汚れる体を顧みず、弾丸が入った鞄には万が一にも壊れない様意識を払い後方の医療所を兼任したテントまで後退する。
「ゼーラ班所属のワルシャです、今帰還しました」
「了解」
班証を示し、所属と名前をいうと短く言葉を返される。
そのまま食料を配給され、早く行けと邪険に扱われた。
戦争というモノは、大きく変化した。
貴族が抱える魔術師による砲撃、盾を構えた騎士によって受け止め。
そんなありきたりな戦争は大きく変化する、何を隠そう簡易装填式小銃の台頭によって。
魔術は魔術師が放つもの、そんな常識が塗り替えられた。
火を放つ筒と笑われたこの武器は大量に配布され、農民だろうが平民だろうが関係なくこれを持ち敵兵を殺すこととなっていった。
魔力がある人間は、より高度な兵装を纏い。
魔力の少ない人間は、玉石という名の合成魔石を渡され戦うこととなる。
もはや血で血を洗うなどという言葉すら生ぬるい、血で肉を洗うような地獄の戦場。
「よ、相変わらずだな」
「……、ああ」
手元にある素材不明のペーストを口に運び、横に座った男を見る。
無理にでも元気を出そうと取り繕っている様子はあるが、ソレでも限界は近いらしい。
ベッタリと滲んでいる服を見て、全てを察した俺は何も言えず口を閉ざす。
「なぁ、村を出てさ。一発当てようと頑張ってたんだよな、俺たち」
「そう、だ」
「軍に入れば金がもらえるって、戦争が始まっても安全は約束されてるって聞いたよな」
「……よせ、辞めろ。上に聞かれたら懲罰じゃ済まない、軍規に則って……」
則って、何だという?
もはや、彼の命は風前の灯。
手元に何も持っていないのがその証左だ、食料を配布されないほど致命傷を受けているのだろう。
声を潜めつつも、乾いた笑いを上げながら彼は地面に伏せる。
「もういいだろ、玉石は規約に則り返してきた。これで晴れて俺は軍を抜けられる、故郷に帰ることができる。なぁ、もういいだろ?」
弱々しく、回らなくなってきた呂律を必死に回し。
涙ながらに訴える彼の言葉が耳に残る、俺はその言葉に肯定も否定もできなかった。
もういいんだ、なんて言えるはずがない。
まだ戦争は終わっていない、まだ戦火は潰えていない。
俺たちは、戦わなければならない以上。
「コレ、俺の妹に渡してくれねぇかなぁ? なぁ知ってるだろ? 俺の妹。健気で、大人しくて、けど別嬪だった。お前なら、嫁にくれてもいい」
「……ああ、分かった。だから、もうそれ以上喋るな……ッ!!」
渡された木彫りのお守りを渡される、俺はソレを握りしめ言う。
喋っても、喋らなくてももはや変わりない。
ソレでも、一秒でも長く生きてほしくて俺は叫ぶ。
「あと、さ。コレ、敵兵から奪ったんだ……。あの時は痛快だった、胸に八発もくらったけど俺はあのクソ野郎から奪ったんだ……!! もう俺は戦えないけど、お前なら使えるだろ? コレ……」
「……、まさか……。お前!? コレがバレたら……ッ!!」
「バレたら、何だよ?」
玉石調律機、本来は銃を作成する技師か玉石を作成する技師かにしか持てない代物だ。
元々は魔道具を調節するためのものだった、俺の祖父が魔道具を作っていたからソレを知っている。
だが、もし持っているのがバレれば……。
「軍規には書いてないぜ? 持っているだけじゃ、犯罪にはなりやしねぇ。恣意的な自分の武装の改造は死刑だが、敵の武装なら問題にはならねぇだろ。基本的に自爆回路が組まれてるから手を出せないが、お前なら別だろ? あの爺さんの孫のお前なら」
「……、だが……!!」
「コレ、ついでに殺して奪ってきた……。敵の銃、俺に銃弾を打ち込んできた罰だ……!! クソッタレ。……なぁ、絶対に生き残れ。お前はここで、死んでいい人間じゃない」
「……おい、……おい!! しっかりしろ!! 起きろ!! 寝るんじゃねぇ!!」
全力で揺さぶり、彼を起こそうとする。
だが、その努力は無駄でしかない。
もう起きない、彼はすでに出血多量で死んでいる。
分かっていても、認められない。
認めるはずがない、認めていいはずがない。
俺が漸く現実を認識できたのは、空が白み始めた頃だった。
また、地獄の明日が始まる。
ワルシャの日没 黒犬狼藉 @KRouzeki
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