第10話 歓迎されない入部の仕方

「──と、いうワケで。今日から剣道部に入部する達桐 剣司だ」

「なにが『というワケで』なんだ、八咲?」


 僕の隣で誇らしげに胸を張る八咲と、困惑した様子の五代部長、そして部員たち。剣道場の空気は戸惑い一色だった。それもそのはずだ。これから部活を始めようとした道場に、額の膨れ上がった僕を担いだ刀哉と、その刀哉を従えた八咲が突撃したからだ。これで困惑しない方がおかしいと思う。そして、八咲が大雑把に流れを説明したところである。


「だから、彼は剣道部に入部したいと言っている。断る理由もあるまいて」

「いやいやいや、よく見ろおまえ。達桐ぐったりしてるんだが。どう見ても入部したいって様子じゃねぇんだが。霧崎も口笛吹いてねぇで降ろしてやれよ」


「ういーっす」と生返事で僕を雑に床へ降ろす刀哉。痛い。尻を打った。

 打ったところを擦っていると、部長が「達桐」と声を掛け、僕の顔を覗き込んできた。


「流れはよく分からんが……剣道部に入部する気なのか」


 言い方に少し棘がある気がする。きっと内心ではこう思ってるんだろう。


 ──まともに竹刀を握れないヤツが、剣道部で何をするというのか。


 ああ。僕はその言葉に対する回答を持ち合わせていない。

 だって当たり前だろう。ロクに構えられないヤツが剣道部に入って何をするというのか。

 ただの足手まといだ。竹刀を構えることのできる分、打ち込み台の方がマシと言える。

 断りたい。剣道部に入りたくない。迷惑をかけて後ろ指を差されたくない。


「……」


 後ろにいる八咲と刀哉の気配が、やけに強く感じられる。

 僕は八咲との勝負に負けた。八咲の構えの美しさに見惚れて、竹刀を振ることはおろか彼女の打突を躱すことさえできなかった。

 なんだったんだ、あの構えは。あの姿は。

 先生の構えよりも、美しいと思ってしまった。

 心を奪われてしまった。あの美しい──いや、もはや凄まじいとさえ言えるだろう。


 十代そこらで辿り着ける構えではない。もっと剣の奥義を知り、剣の極致に辿り着き、剣の真理を悟った仙人が取るような。そんな次元の違いを感じさせる構えだった。

 そんな八咲が、どういうワケか僕にこだわり、剣道部へ叩き入れようとしている。


 ワケが分からない。


 でも、ワケが分からなかろうがなんだろうが、僕は八咲との勝負に負けたのだ。ここで逃げれば、それこそ八咲に何を言われるか。そして、そんな暴走機関車の八咲に付き従う刀哉に何を言われるか分かったものではない。コイツはコイツで呑気に欠伸してやがるけど。


 僕は刀哉を傷付け、刀哉の言葉を否定し、刀哉から逃げようとした。

 刀哉は悪くないのに、刀哉は僕に謝った。

 そんな、男として完全に敗北を喫している僕が、またここで逃げようというのか。

 刀哉に赦されたいと思うのならば、刀哉に償いたいと思うのならば。

 少なくとも、今の僕がするべきことは、僕のできることは、逃げることではないだろう。


「……入部、したいです」


 剣道場に微かなどよめきが広がった。


「竹刀は、ご存知の通り、満足に構えることもできません。ですが……いつか……」


 ──トラウマを。

 続く言葉は思い浮かぶのに、どうしても絞り出せないでいると、八咲が一歩僕の前に出て。


「彼はトラウマを克服したいんだ。剣を通じて、己の心を超克しようとしている。ならば、剣に携わる者として、理解と協力をするのが剣道の在り方に相応しいと思わないか?」

「……それは、そうだが」

「剣道の理念は、真髄は勝敗にあらず。剣の理法の習得による人間形成の道だ。まさしく今の彼がそうじゃないか。なぁ、剣道部の長なら、見放すという選択肢はなかろう」


 理詰めを続ける八咲。五代部長も戸惑う部員たちの方に視線を配る。

 部のことを考えているんだ。五代部長も五代部長で、立派に人のことを考えている。


 その瞬間だった。どん、と重たく響く音がした。


 刀哉が僕といっしょに担いでいた竹刀袋を下ろした音だった。八咲以外の視線が集まる。

 同時だった。五代部長が、微かに歯を軋ませた。


「……分かった。入部を認めよう。後日、届を持ってこい」


 再び道場がざわつく。「マジかよ」とか「稽古に参加できないのに?」と微かに怒りを滲ませる声もした。しかし、八咲が一瞥するだけで押し黙ってしまった。


「やぁやぁ、海よりも深い懐だ。さすが部長。器が違うな」


 剣道部は押し黙るしかなかった。だって、部長は八咲に敗れているのだから。

 なんという暴君。さっきまで饒舌に剣道の理念について語っていたのに、結局意見を押し通したのは剣の腕前だ。さっきの刀哉の行動は、八咲の思考を読み取ってわざとやったんだ。


『不満があるなら剣で決めようか?』


 八咲と刀哉は、暗にそう言っていたのだ。

 なんなんだ、マジで。なんでそうまでして僕にこだわるんだ。

 刀哉も、八咲も。こんなことして、円満に部活動ができるはずないだろう。

 それが分からないほど、人でなしでもない、だろう、に……自信はないが。

 胸中に渦巻く懐疑の念なんか露知らず。鼻歌でも歌いそうな様子で、道場に大嵐を巻き起こした二人はそれぞれ部活動の用意を始めた。


「おらよ、剣司」


 視界が真っ暗になる。同時に、どこか慣れ親しんだ感触が鼻に当たった。

 掴んでみたら……道着?


「着替えてこいや。これから毎日──俺たちと剣道すんだから」


 ああ、めまいがしそうだ。

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2024年10月3日 20:00
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僕よ、剣になれ 猫侍 @locknovelbang

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