第4話

「どかんかいこらぁ!」


藤堂高丘は子どもの霊へと向けて突進する。

肩が折れた腕を振り回し。右手で、立ち塞がる有象無象の怨霊を殴り散らし。

その暴力は傷だらけの身であると言うのに、微塵も衰える様子が無い。

凶暴性に人らしい何かの皮を被せただけの存在。それこそが藤堂高丘だ。


子どもの霊は恫喝に怯えるように震えると、藤堂へと向けて悲鳴に似た叫びを浴びせる。夫妻の霊に良く似た、呪いに満ちた声。だがそれよりも純粋な程の、恐怖と怯えと怨みの色に染まっている。


「おうおう、よぉ泣く子どもや。

元気いっぱいやんけ」


藤堂は子どもの霊へと笑みを向ける。凶悪な笑みだ。叫ばれる声は、より怯えを増していた。

畳の部屋の床をぶち抜いて、ソファー、包丁、テレビ、本棚等。

家の中にあるあらゆる物体が浮かび上がり。藤堂へと殺意の塊となって飛び掛かる。


怨!怨!怨!怨!おん!おん!おん!おん!

強い怨みの一念が音となって藤堂へとぶつかる。


呪!呪!呪!呪!じゅ!じゅ!じゅ!じゅ!

犠牲者達の陰が、消し飛ばされては呪いと共に沸き上がる。


主婦の霊、火野子、そして夫妻の霊もまた姿を為して立ち塞がって来る。

彼等の魂は、間違いなく一度打ち砕かれた。

だが、呪い全ての元凶である子どもが消えない限り。例え一度は消滅しても、また引き戻され、家の一部になってしまうのだろう。

一度捕えられれば逃げられない。それが呪いの家と言うものだ。


それでも先程までの強靭さは無い。ほぼ霞のようなものだ。

腕で振り払えば霧散し。また形となってしがみ付いて来る。


軽い。痒い。脆い。飛びすさんでくる包丁も、ソファーも棚も。怨霊達も。

されども、余りにも数が多い。キリが無い。今や藤堂の周囲の全てを黒い怨霊の陰が取り巻き。そこに凶器となった家具が飛び込んで行く。

なれど、藤堂の足は止まらない。遅くとも一歩。気がつけばもう二歩。子どもの霊がいる場所へと近づいて来る。


子どもは、藤堂を怨みながらも恐がっていた。疑問に思っていた。

どうしてこのオジサンは。こんなにも痛い事をしているのに向かって来るんだろう。

あのヤクザの男の人みたいに。この家をむちゃくちゃにしに来たに決まっているのに。

どうしてそんなに。真っすぐに。まるで、お父さんとお母さんが自分に向けていてくれた様な。暖かい目を向けてくれているんだろう。

お父さんもお母さんも。もう冷たくて、寂しい目しかしてくれなくなったのに。


来ないで。来ないで!


藤堂に対する不可解な感情が、怨霊達の攻撃を猛らせる。何をしても効かなければ、なりふりと構わず足を掴み、身体を掴み、顔を掴んで縋りつく。

必死な怨霊達のその姿は。家が子どもを守らせようとしているようにも見えた。

それでも、藤堂高丘は止まらない。


「■■■■■──!」


「お、なんや」


子どもの霊が、号令をするように怨霊達へと叫ぶ。藤堂にまとわりついていた霊達が離れて。一体一体が霞程の存在感だった霊達が、歩を進める藤堂の前へと集まり始める。渦を巻きながら、陰を濃く濃くして。

数千の呪いの凝集。その塊がそこにあった。超々高密度の呪いの玉。密度が高すぎるが故に、光も空間も時間も歪みそうな程の、極小のブラックホールにも似た黒点。

それだけ凝縮されても尚。藤堂高丘よりも大きな丸い壁として立ち塞がっている。


正真正銘。子どもによる最後の手段。拒絶の現れ。

呪魂轟千じゅごんごうせん。呪いの家の全て。呪いの家の呪いそのものがそこに顕現された。


「最後の壁言うとこかい。合体が好きなんか?子どもらしゅうてええやないか」


.藤堂は、羽虫がまとわりつかんくなってええわ。と右肩を回す。

ヤクザ組長、藤堂高丘もまた感じていた。これが、この家の。そして子どもの最後の抗いだと。

この塊を打ち壊せば。或いは打ち壊せなくとも。決着はつく。


呪いの塊が、藤堂へと押し寄せる。

藤堂は足を前に進め、殴る。殴る。殴る。

せめぎあう。家に亀裂が走って行く。拳と呪い。衝突した地点から空間が黒い火花を弾け散らす。

藤堂の拳が血だらけになり。呪いの火花と混じって赤黒の華が部屋に咲いたようにも見えた。

藤堂の身体から血が噴き出す。既に負傷している箇所から。次いで、高密度の呪いによる負荷によって。顔に、首に、胸に。

家の亀裂が大きくなって行く。藤堂の拳が塊に当たる度に、削られて行くように塊が衝撃で撓む。


「ぬおおおおおお!!」


「■■■■■──!!」


最早両者、怪物以上の怒号、絶叫を交わらせ。

両者を害し合う闘いは頂点を迎え。


今。決着が来た。


ヤクザ組長vs呪いの家。

その闘いの勝者は。


呪いの壁をぶち抜いた、藤堂高丘組長が教えてくれた。

満身創痍中の満身創痍。最早傷を負っていない箇所の方が少ないのでは無いかと言う姿なれど。その堂々とした組長の貫禄と圧は、微塵も喪われてはいなかった。


「……」


沈黙。

呪いの家。その最大最後の呪いを打ち砕いた。

藤堂は一言も発する事無く、子どもの霊へと近づいて行く。

子どもの霊は、敗北を悟ったのか。それとも、恐怖で動けないのか。只じっと藤堂を見つめている。


「ワイ相手によう気張ったやんけ、坊主。

こんな根性の入った奴。組にも中々おらんわ。子分に欲しい位やで」


藤堂は、襖の中から自分を見返す子どもの霊へとそう語りかける。

子どもの霊は何も言わない。只、涙を流し続けるだけだ。


だが、その顔は何処か晴れやかに見えた。呪いの全てを、藤堂が拳で祓い倒したからだろうか。

もう、家に来た誰かを怖がらなくても。拒絶しなくとも。呪わなくても。

もう、良いのだ。貯め込まれ、溜まり続けた被害者達も。解放される時が来たのだ。

最初から。誰かを呪いたくなんて無かった。只、どうしようも無く止められなかっただけなのだ。

最期までキッチリと終わらせてくれる大人を、待っていたのだ。


「お。ちょっとはええ顔になったのう。

せや。子どもは泣き顔やら呪い顔より、笑い顔の方がええわ」


子どもの霊は、涙を頬に流しながら笑顔を浮かべる。

藤堂が頭をくしゃりと撫でると。子どもの霊は、ピシリと音を立てて崩れ落ち。霞の様に消えて行った。

藤堂は。哀しいのか、やりきれないのか分からない表情を浮かべて。手を握った。


次の瞬間には。家に淀み、陰を重く暗くしていた被害者の霊魂達が、天へと天井を突き破って昇って行く。更に高く昇って行くもの。何処かしらへ散らばって行くもの。

神も仏も所在は分からないが。少なくとも、天へと昇り消えていった霊魂は、人を呪いながら漂い続ける事は無くなった筈だ。


藤堂はため息をついた後に。昇る霊魂達を見上げる。


「なはは。別に慈善事業で来た訳やあらへんが。

中々景気のええ眺めやないかい」


呪いの家はすっかり、日差しの良い。吹き抜けの良すぎる家へとなっていた。もう間もなくもすれば。流石に轟音を聞きつけ、家の様子を見た近隣住民が通報をするだろう。もうされているかもしれない。

藤堂自身も、早急にこの家を離れなければ面倒な事にはなる筈だ。


昇って行く魂達がいなくなった後に、藤堂はまた一度だけ、襖の中を眺める。


「あぁ?なんでやねん」


襖の中。そこには、先程消えた筈の子どもが、横に丸まって眠っていた。

藤堂は怪訝な顔をしながら子どもに触れる。冷えてはいるが、間違いなく生きている。


それは。家が時空を歪める呪いの力で守り続けて来た、子ども本来の身体だった。

成長も衰弱もする事無く。惨劇の夜のままにそこにいた。

藤堂との闘いによって打ち砕かれたのは、子どもの霊の呪いそのもの。云わば生霊のような存在だったのだろう。


生きた子どもの身体に、黒い陰が伸びようとするのを、藤堂はしっしと追い払う。

それは家にではなく。子ども自身への怨みによってこの世に留まった怨霊達の陰だ。

藤堂は頭を掻いて、まぁええやろ。と呟く。


「あんだけの怨みを背負っとったんや。

生きて行くんわ地獄やろうが。生きてるんなら償って生きていかなな」


藤堂は、寝ている子どもに言い聞かせるように頭を撫でる。

眠っている子どもは、きっと自らの呪いがきっかけで起こした全ての事を忘れて、安穏と眠っているのだろう。今はそれでよいのかもしてない。

起きてからは。自らの業によって、自らを呪う存在達に苛まれる事となるだろうから。


「自分は沢山の人間を死なせて来た。そのケジメはつけたらなあかん。

その為には、仰山働いて貰わんとな。丁度歳も近いわ。うちの娘の友達になってくれてもええしのう」


火野子の霊、夫妻の霊は、暗い何処かから二人の姿を見守っている。

彼等は只の被害者では無い。明確な加害者でもある。故に、行先は地獄。少なくとも、地獄と呼ばれるような責め苦が施される場所だろう。

だからこそ。残された、これから深く辛い業を背負って行く子どもを見送って地獄へと落ちて行く。


「さて。いやな?

他のやっちゃらはええわ。せやけどジブンはあかんやろ」


藤堂が不意に、地獄っぽい何処かに行こうとしている陰に手を突っ込む。

何かを引っ掴んだかと思えば、勢いよく引き出した。

その手に掴まれていたのは、組員の霊。焦ったようにもがいているが、無駄な抵抗だった。


組員の霊は、藤堂から逃げた後。最後の戦いにも顔を出さず、隅っこに隠れ続け。

今も尚。地獄へと、藤堂から逃げようとしていたのだ。

藤堂はヒョイと懐から小さな箱のようなものを取り出すと、組員の霊に当てる。

すると、組員の霊は暴れながらも箱の中へと吸い込まれていった。


「これはな。"先生"いう組専属の霊能者に作って貰ったもんでの。

お前程度の奴やったら、簡単に捕まえられる便利なもんや」


藤堂は箱を軽く振る。それだけの動作で、箱の中から全身を切り刻まれたかのような小さな絶叫が聞こえる。

今、組員の霊は箱の中で、死にながらも凌辱をされる以上の苦しみを与えられているだろう。


「ワイに手間まで掛けさせて、そのままで済むかい。

地獄に行けた方が良かったって位の思い。して貰わへんとケジメにならへんやろ」


藤堂は箱を懐に入れなおすと、寝ている子どもを背に抱える。


「取りあえずは、先生にでも弟子入りさせるかの。

素質とかは間違いなく充分あるやろ」


自分の身を守らせると共に、組に貢献して貰う。成長をすれば、良い呪い屋にでもなる筈だ。


想定外の良い拾いものをした、と藤堂は笑う。

打算的な思考が入るのは。やはり暴力団組長であった。


いつかの未来で。子どもは藤堂高丘の事を。親父。と呼ぶ日が来るだろう。


日差しの中で、巨漢と、その背に背負われて眠る子ども姿は。

父親とその子どもにしか見えなかった。


破壊し尽くされた呪いの家だった建物が。

その身の忌まわしい記憶と共に、轟音を鳴らして崩れ落ちて行った。


────


「お母さん、階段の下に人が立ってるよ」


「何言ってるの。誰もいないじゃない。

もう寝なさい」


真夜中、何処かの家庭で、そんな会話がされている。

小さな子どもは、不思議がりながらも寝室へと向かった。


階下から見上げるのは、あの主婦の霊だった。

天では無く。方々へと飛び散った魂達は。己の帰りたかった場所。

また、逢いたかった人々の元へと飛んでいた。


主婦の霊もその内の一人だ。

彼女の、子どもらが住んでいた家へとやってきたのだ。一目、彼等の姿が見たいと。

だが、主婦の子ども達はもうおらず。そこには全くの別人達が住んでいた。


主婦の霊は、熱いフライパンを握りしめる。

この家は、貴方達のものじゃない。私の、子ども達の住む家だ。

もう子どもらは移り住んだかしたのだろう。だが、呪いの妄執に囚われた主婦は気づけない


飛び散った呪いの魂により、新たに生み出された呪いの家。その数、数百。


呪いは廻る。一度為された縁は、千切れる事は無い

いつか呪いの因果は、また新たに。

組長と。その周囲へ辿り着くだろう──。


主婦の霊が、絶叫を上げた。


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ヤクザ組長vs呪いの家 ガラドンドン @garanndo

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