第2話


藤堂高丘とうどうたかおかは真昼間のの扉を執拗に叩き。常人では出せないような声量で怒声を家に浴びせている。


藤堂の姿もまた異様であった。トドを思わせるような浅黒く重厚な肌に、はちきれんばかりの筋肉が爆発しそうな黒いスーツ。約3mはあるであろう巨大な体躯。その眼は黒目が異様に大きく、白目がささやかに周囲を覆っている。

藤堂が扉を叩く音は、凡そ人がノックをすると言うレベルではなく。今にも扉がひしゃげるので無いかと言う程だ。


家の扉は開かない。今現在家に住人は住んでいない。鍵は不動産屋が管理をしている。だが、鍵の有無等この家には関係が無い。扉を開きたければ開き、獲物を招いてきた。

だがそうしなかった。藤堂の雰囲気が余りにも、異様だったからかもしれない。

この家は狩場であり狩人そのもの。だと言うのに、まるで。藤堂こそが圧倒的捕食者であるかのようだった。


から聞いた通り、禍々しい気配放っとるわ。

あ~~、おらんのか。誰も。ほならしゃあない。寧ろ都合がええわ」


金属が弾け飛んだ音がした。

藤堂が、扉を蹴破ったのだ。扉は鍵と調番を破損させ、勢いよく開かれた。


「開けてくれてあんがとさん。

ほならお邪魔すんでぇ」


に押し入って来た藤堂へと向けて即座に、家は迎撃を始める。

迎撃だ。いつもの、住居者の正気をじっとりと蝕んで行った狩りでは無い。は既に、藤堂を敵として認識していた。


家の玄関の照明が音を立てて割れる。偶然では無い。家の仕業だ。

家は、家の中にある物全てを自在に操る事が出来るのだ。

藤堂の頭上から、大きな照明の破片が勢いよく降りかかろうとする。藤堂は破片を見ていない。死角からの攻撃だ。

その刃先は家の呪いによって鋭く尖り、例え猛牛以上に太い頸椎を誇る藤堂の首をも、用意に切断するだろう。

だが藤堂は、その破片を見る事も無くキャッチした。二つの指で、箸で掴むかのように。


「ん~~、匂いがすんのぉ。

これは、まだ精通前のぼっちゃんの匂いや。えらい怨みの匂いに包まれて紛れとるけど、ワイの鼻はごまかせへんで」


藤堂は鼻をすんすんと鳴らしながら歩みを進める。揺れるその臀部は分厚く巨大だ。長い廊下を、匂いの元を探りながら行こうとしているようだった。

家はまだ慌ててはいない。照明の破片による攻撃等、それこそ玄関での挨拶程度のものだ。


「おぉ。なんや。

お料理中か?お邪魔しとりますわ」


家からの第一の刺客。

藤堂の前に現れたのは、エプロンを身に付け、卵焼き用だったフライパンを片手に持っている40~50程に見える女性だった。顔面の殆どが火傷で爛れている。


この女性は、料理中に夫をフライパンで殴り殺した主婦の霊だ。黒に染まった眼からは、血涙を流している。

夫と長年付れ添い、子どもらが自立した為に。終の住処としてこの家への引っ越しを選んだ。その終はたった半年で訪れる事になったが。

主婦の霊が、油が弾ける音を立てるフライパンを振りかぶる。料理中であったのだ。フライパンは当然熱い。当たれば大火傷は必須だろう。この主婦の死因も、発狂し自らにフライパンを押し当てての火傷によるショック死だった。


「おねえさん。フライパンは人と叩くものとちゃうで。

子どもに美味しい目玉焼きを焼いてやる為に使うもんや」


藤堂は軽く喋りかける調子でフライパンを掴む。高熱の鉄を掴んでいると言うのに、涼しい顔をしている。


「悪いんやけどどいて貰うで。

ここの子どもに用があんねん。おねえさんも。料理の気持ちを思い出すんやな」


藤堂は軽くデコピンを主婦の頭部にぶつける。威力換算をすれば、スイカが吹き飛ぶ程の威力だっただろう。太い指が当たると、主婦の幽霊の頭部は弾け飛んだ。

主婦の霊は、弾け飛んだショックで生前の事を思い出す。


家による呪いで冷え切っていった夫婦仲で残った、最後の正気で。苦楽を共にした夫に、得意な目玉焼きをつくってあげようとしていた事を。

その心は怨みに蝕まれ、目玉焼きが完成した直後に手に掛ける事になってしまったのだったが。


「さて、子どもの匂いは上からか……。

なんやまた邪魔かい。ワイに遊んで欲しいんか?しゃあないやっちゃのう。

あ?お前、見た事ある顔やないけ」


家にはまだ余裕がある。所詮は先程の霊は、キルレート1の新人だ

子どもの気配を辿る藤堂の前に現れたのは、第二の刺客。廊下の中間地点の辺りに立って現れた。


次に現れたのは、ヤクザの組員風の男。家の惨劇の元となった、あの男だった。

藤堂はある程度家について調べをつけてから出向いてきている。そいつの顔も知っていた。

組員の男の幽霊は震えている。無理も無いだろう。畏怖と尊敬を持っていた組長が今、怒りの形相を露わに目の前にいるのだから。


怨霊としてのこの組員の役割は尖兵。

関わったあらゆる人間に嫌がらせをし、心を弱らせる事。家に広く浅く使い捨てられているこの組員による被害者の数は、先程の主婦の比では無かった。心を病ませ、弱った所を幾人も刺し殺して来たのだ。

浅ましく、軽薄な笑みを浮かべながら、怨霊として多数の被害者を出してきたこの組員はしかし。今や笑みは消え、窪んだ眼窩の中に焦りを浮かべ、藤堂へと立ち向かえずにいた。


藤堂は目を吊り上げ、怒声を組員に浴びせる。


「おい、お前ぇ!!

お前はキッチリケジメつけたるさかいのぉ!!カタギにも組にもド迷惑駆け寄ってからに!!」


藤堂の目的の一つに、この組員へのケジメがあった。

家による被害は、この組員だけでなく組全体にも時折発生していた。その発端となった事件を調査していく内に、この男と家の事が発覚したのだ。


「■■■■■──!」


組員の霊は咄嗟に姿を消した。逃げ出したのだ。

藤堂の口から舌打ちが漏れる。


「は、根性も無いやっちゃ。何しに出て来てん。

まぁええ。焼き入れるんは後でもな」


使えない。と家からも舌打ちを鳴らしたような音がしただろう。

家にとってあの組員は鉄砲玉のようなもの。次が本命だ。


「次の奴は、ちょっとは遊び応えがありそうやんけ。

お前の顔も見た事あるで。確か、火野子ひのこやったか。有名な霊能者やんけ。死んどったんか」


藤堂が二階に続く階段を目にした時に、それはぬるり──と陰を伴ってリビングから現れた。

口から漏れ出るのは読経にも似た、何かの言葉の羅列。姿は袈裟を掛けた坊主。

何事かを呟きながら火野子ひのこと呼ばれた霊は、ラーメンを啜っている。ラーメンを啜りながら何かを狂ったように呟き続けている。


先程までこの坊主が現れなかった理由。それは、リビングでカップラーメンを作っていたからだった。

第三の刺客。火野子はかつて家討伐の為に赴いた、高名な霊能者であった。確かな霊能力を扱い、幾つもの手強い怪異を打倒して来た。

その実力者も、階段上に待ち構える二人の霊に憑り殺され、家へと吸収されたのだ。

敗因は、大好物であるラーメンの食べ過ぎによる突発的な胃もたれであった。


藤堂は舌なめずりをする。別の目的があろうとも、強者との戦いは胸躍るものらしい。火野子は食べ終えた器を投げ捨て、数珠を手に巻き付ける。藤堂はこの家に来て初めて、戦闘態勢を取った。


「よーいドンでやろうや、火野子。

ほな行くで。よーい、ドン!」


勝敗は一瞬だった。一瞬のうちに幾つかの攻防があった。

先手は火野子による数珠パンチ。プロボクサーのジャブを上回る速度で放たれたそれを、藤堂は拳で容易く受け止める。

が、しかし。受け止めた瞬間に火野子の数珠が淡く光り爆発をした。火野子の得意技。爆裂念珠怒首領破ばくれつねんじゅとどんぱが炸裂する。

火野子はこの技で、何体もの霊の頭を焼き爆破して来たのだ。1000℃のラーメンを食した事のある火野子にのみ出来る芸当だった。


藤堂の腕は爆裂四散しただろう。少なくとも致命傷は免れまい。

そう勝利を確信した火野子と家の思惑を裏腹に、先程爆破された筈の藤堂の腕が火野子へと伸びて来る。幾らかの火傷は見られれど、その機能には少しの損傷も見られない。

火野子は咄嗟にこれ避け、即座に身体を捻り返してからの回し蹴りを藤堂の頭部へと放つ。法衣が翻り、火野子の鍛え上げられた脚が炸裂する。藤堂の頭部から血が飛び散る。

だが、しかし。


頭部から僅かな血を流しながらも。怯んでもいない藤堂は、火野子の顔面を片手で掴む。火野子が腕を引き離そうとする、その寸前に。


藤堂の握撃が、火野子の頭部を握り潰した。


「……っふぅ。久しぶりに傷こさえたわ。やるやんけ火野子。

けどあかんな。お前は坊主の役割を果たさんかった。せやから負けたんや」


が、泣き声を上げた気がした。

火野子と言う坊主は。己が家に負け、取り込まれてから。この家を常に守り続けて来てくれた。それは只悪霊になったからと言うだけでは無い。

火野子は、家の霊に同情し。いつか呪いが晴れるのを待ちながら、怨みに寄り添ってくれていたのだった。


階段前から見えるリビングの光景が変わる。昼の光が差し込んでいた空間が、あっと言う間に夜になる。

それは家が繰り返し見る、幻肢痛のようなものだっただろうか。


藤堂が見たのは、最初の惨劇の夜の光景。そこには、両親が殺されるのを見てしまっている、子どもの姿もあった。

家の子どもは、母の言いつけを守らずに。両親を心配して、惨劇を目撃してしまっていた。その、行われている全てを。

事が終わった後に。恐怖で震えながら、子どもが急いで二階へと上がる瞬間で、光景は元に戻った。


藤堂は、自分の傍らを走り上がっていった子どもの幻覚を目で追い、哀し気な声を漏らした。恐らく、火野子も生前。同じ光景を幻視させられたのだろう。


「……あかんねんで、火野子。悪さした子どもはちゃんと𠮟りつけたらんと。

そんでから次の為に、元気づけたらなあかんねん」


藤堂は階段を踏みしめて登って行く。

上へと上がるにつれて、瘴気と子どもの匂いは濃くなっていくようだった。


家はいよいよ、余裕を無くして来た。

だが、まだ手段はある。二階に控える、最も深い呪いに浸っている二人の霊。

そして、これまでに家を窮地に追いやってきた人間達全てを狂わせ、終わらせた。必殺の技がある。

家は理解した。この藤堂高丘と言う男は、とてつもない肉体を誇っている。この男を物理呪法で滅ぼす事は難しいだろう。

なればこそ。肉体では無く、概念による攻撃こそが有効だろうと。


「お父、さん……?」


「おお、おおお?

お前は、桜花、か?なんでこんな所におんねん」


藤堂の目の前に現れたのは。右手にポン刀を持ち。制服を着た、17歳程の少女。

二階、畳の部屋の前にいるのは。藤堂の娘、藤堂桜花とうどう おうかだった。

間違いなく。幻覚でも無く。藤堂自らの娘が。そこにいた。




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