ヤクザ組長vs呪いの家
ガラドンドン
第1話
その家は、とある反社会的組織。所謂暴力団の地上げの標的となった土地だった。
6LDKの家。風通しの良い庭に、充分な広さに、立地条件の良い土地。
それが今では、立派な呪いの家だ。
人が当たり前の様に通る住宅街。
日当たりの良く、景観を害するような建物も無く。
かと言って寂れている訳では無い。近くにはそれなりに繁盛をしている商店街や映画館等もある。
駅が近く、地域としての評判の良さから、この住宅街に引っ越して来ようとする人間が絶えた事は無い程だ。
それなのに。この家の極々直近の陰だけが、異様に重たい。
遮るもの等何物もいない筈なのに、日差しが暗く感じる。家と家の隙間。気配を感じて振り返れば、今そこで何かが自分を見つめていたような。
何もいない事に安堵し、前を見れば。自分の足の陰から伸びた手が、闇に引きずり込んで行くような。
ザラザラとした不安感が、この家の周辺を歩くだけで見つめ続けて来る。
この家の窓を見てはいけない。何と目が合うか分からないから。何と?そもそも、合う筈の目が、ある筈が無いと言うのに。
けれど不思議と、家の前を通る人間は皆目線が下を向いて歩いているのだ。
家の近所に長く住んでいる人間程。家の前を歩く時、この家に関わってはいけないという事を良く理解していた。
時折、通り過ぎた隙間風の鳴らす音は、家からの悲鳴のようだった。
その家は、自らの呪いに苦しみ軋んでもいた。それでも、呪わずにはいられなかったのだ。苦しみを、痛みを贖う為に。
その家に住んでいたのは、近所でも評判になる程に仲の良い家族だった。
少なくとも、最初の惨劇が起きるまでは。
元は只の家であった筈なのに。今では、呪いそのものとなったその家は。
父親、母親、息子。家族三人で穏やかに、些細なすれ違いはあれど幸せに。家を大切にし、家もまた家族を安心と共に迎え入れる。
父と遊ぶ子どもが無邪気に笑い。それを見た母も共に笑う。日の良く当たる、暖かな家族が住む場所の筈だった。
とある、大阪を本部とする指定暴力団の組員に目をつけられたのが幸福の尽きだった。その組の名は、大阪藤堂組。
不動産屋のバックに付いた暴力団組員が、この家の地上げ目的で家族を強引に追い出そうと脅迫行為を始めたのだ。
その暴力団員が所属する組の組長、
ありとあらゆる悪評、伝説と。とにかく極端な話ばかりが上るような。そんな存在だった。
規格外な組長の組織に所属していた事への気負いも、あったのかもしれない。
末端の構成員の仕事なぞ、組長の知る由も当然無かっただろうが。その組員の地上げ行為は、卑劣かつ苛烈なものだった。
勿論今では違法行為ではあるものの。当時はまだ暴対法、暴力団による地上げの禁止が含まれた法律の施行前の話だ。
家は記憶していた。その組員が来てからの全ての事を。
「旦那さん。この家ちょ~っと出て行って貰うとですね。助かるんですわ。
逆に出て行かへんと怖い目にあうかもしれへん。ほなら、出て行った方が互いの為になると思うんですよね」
「毎度、いつもお邪魔しますねぇ。いやぁ~、綺麗な奥さんですねぇ~。ほんまに!
旦那さんには勿体ない。突然変質者に襲われたりとかするんちゃうかなぁ~」
「可愛らしい子どもさんや。ほんまくりくりのお目目で。
こんな可愛い子が泣いてしまうの。見たないなぁ~。……あんたらもそう思うでしょう?」
こんな恫喝、脅迫は当たり前で。窓に石が投げられる。落書きをされる。無言電話、ストーカー、排泄物の散布。猥褻物の陳列。その他、あらゆる悪辣な行為。
警察に相談しても。組の勢力、そして組長の脅威と名が大きく強過ぎるせいか。動きが慎重、緩慢で。良くて口頭注意程度の動きしかしなかった。
警察としても、したくても出来なかったのだろう。下手に事を構えれば、どのような被害が出るか分からない。
それ程にその、大阪藤堂組の名は。強大で、社会に根深く張っていた。そんな時代だった。
それでも、家の主人と妻は、味方のいない中でも良く闘い、耐え忍んだ。
脅威から逃げない事は愚かだ、と人は言うかもしれないが。何故理不尽に屈しなければならないのか。そんな怒りも夫婦にはあった。
だが夫婦の抵抗は逆に、結果を出したい組員の焦りと、思わず続く抵抗への理不尽な怒りをも募らせていった。
最も不憫ではあったのは、選択肢の無かった二人の子どもであったかもしれない。
「はよ金稼いで名ぁ上げへんと、俺が出世コースに乗り遅れるでしょ。
いつまでも抵抗しよって。ほんま、ふざけんなよ。あんたらが悪い。せやからこうなるんや」
組員の男は、深夜の家の中で。ズボンを上げ、ベルトを締めながらそう独り言を言っていた。
軽薄さが張り付いた笑みは強迫的で、ガラの悪さを示す汚い黄色の髪が、血だまりの中に落ちていた。
血だまりの中で、肉袋のように倒れているのは。主人と妻だった。完全に死んでいた。
立ち退かない夫婦達に痺れを切らした組員は、極端な行為に走ったと言う事だ。
抵抗したであろう主人は、あらゆる箇所を刺されながら憤怒の表情で息絶え。力の無い手は、守りたかった妻へと届かないままに伸び。
その妻は半裸の状態で、苦悶と怨みが刻まれた貌で、目を見開いたままでいる。
首には絞められた跡。最期に双眸に映っていたのは、愛していた夫の無念の姿だった。
子どもは、母に隠れているように言いつけられ。二階の畳の部屋、その押し入れの中で息を潜めていた。少なくとも、父と母はそう思っていた。
「組長はガキにだけは甘いらしいからのぉ~。
サクっと楽にしたるわ」
藤堂組長は子どもが好きらしい。最近娘が産まれたせいだろうか。
例え子どもが不幸な目に合うような鎬をしても、子どもの命は絶対に奪うな。そんな組の絶対不変の戒律も、末端の組員には端的な情報しか伝わっていなかったらしい。
組員は子どもを探して家を回った。この後どうするかの計画性等一切ない。そもそもが衝動的な犯行だったからだ。
だが、軽薄な猟奇性は。獲物を追い詰め、狩る事にだけは鋭敏だった。
たかだか子どもの潜めた息。隠そうとも隠れない感情の吐息。子どもが隠れている場所を見つける事は、組員にとっては容易な事だ。
組員は、押し入れの前に立つ。面倒臭そうな表情をしていた。
だが組員は気づいていなかった。
自分を狩ろうとしている、深く純粋な怨みの影に。
「よぉ、ガキ。
すまんの。怨むんならお父ちゃんとお母ちゃんを怨むんやで。
……ぺけっ?」
襖を開けた組員が、子どもを見つける事は無かった。
先程まで聞こえていた筈の子どもの吐息も、聞こえなかった。
その男に最後に聞こえたのは、自分の頸椎が捩じ切れる音と。口から吐き出された、疑問が混ざった末期の声だった。
家が怨みそのものとなったのも、その時の事だ。
ヤクザが夫婦を残虐にも殺した事件として、一時期ワイドショーを賑わせはしたものの。
被疑者死亡として解決され。子どもは行方不明として処理された。
組そのものへとも追及が行きはしたものの。早々に、その組員が勝手に行った事だと切り捨てていた。
その後、所有者のいなくなったこの土地を買い取った不動産屋は。厄介事が無くなったと、何食わぬ顔で土地と家を売りに出した。
だが。その家に新たに住み、一年と持った家主はいなかった。
この家に入れば、睨む女に呪い殺され、男に頸椎を捩じ切られる。
泣いた子どもに付きまとわれ、ヤクザの様な男に執拗に刺し殺される。
時空が歪む、化け物を懐妊する、入った瞬間に首が切断される。なんて噂も出た。
高名な霊能者が除霊を依頼されても、いつの間にか行方不明になる。
住人が火を撒き消し去ろうとしても、まるで未来が決まっているかのように上手く行かない。
狂ったように家を壊そうとして、失敗し。関った事による、呪われる運命を覆せない住人達を。家は見て来ていた。
家は被害者を生み出す度に。被害者達の絶望と苦悶を重ね塗るかのように、陰を重くしていった。
どれだけの被害が出ても不動産屋は、何故かこの家の売買を止めようとしない。
不幸、陰惨な事件、不明な事件の事を隠し、隠蔽し家を売りに出す。或いは、不動産屋すら家に憑りつかれていたのかもしれない。呪いと怨みを途切れさせぬように。
今。そんな呪いの家を訪れる、一人の男がいた。
「おらあけんかい!
こちとら態々大阪から出向いてきたんやぞ!大阪や!開けんかい!」
その男の名は、
何を隠そう。大阪藤堂組が組長。その人であった。
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