金太郎

「金太郎の闇」


昔々、足柄山の奥深くに金太郎という名の力強い少年が住んでいた。金太郎は幼い頃から超人的な力を持ち、山の動物たちと遊びながら成長した。彼は母親と二人で静かに暮らしていたが、その山には古くから奇妙な噂があった。


「足柄山の深い森には、決して近づいてはならない。そこには人間の姿をした怪物が住んでいる。」


村人たちはそう言い伝えており、誰も山の奥へは行こうとはしなかった。だが、金太郎はその噂にまったく怖じ気づかず、むしろ好奇心をそそられていた。ある日、彼は動物たちと一緒にその禁断の森に足を踏み入れることを決意した。


森はいつもと違って、薄暗く、どこか不気味な気配が漂っていた。金太郎はそれでも進み続け、やがて古びた祠を見つけた。祠の前には奇妙な石像が立っており、その目はまるで生きているかのように金太郎をじっと見つめていた。


「これが、村人たちが恐れているものなのか?」


そう思った瞬間、石像の目が赤く光り、低い声が聞こえてきた。


「よく来たな、金太郎……」


金太郎は驚きながらも、その声に引き寄せられるように祠の奥へと進んでいった。すると、そこには見たこともない巨大な怪物が現れた。異様に大きな体と鋭い牙を持つその怪物は、金太郎をじっと見つめ、微笑んだ。


「お前の力は、ただの人間のものではない……その力は我々のものだ……」


金太郎はその言葉の意味が理解できなかったが、体中に寒気が走った。怪物は続けた。


「お前はこの山の守り神ではない。我々が植え付けた呪いの種が、今お前の中で実を結びつつあるのだ……」


金太郎は後ずさりしようとしたが、足が動かなかった。体中が重くなり、まるで何かに縛られているかのようだった。その時、金太郎の心に恐ろしい記憶が蘇った。幼い頃、母親から「決して森の奥に入ってはならない」と厳しく言われていた理由が今、ようやく明らかになった。


彼の強大な力は、ただの天性のものではなかった。かつて母親が誓約を交わした魔物たちの呪いであり、金太郎の中にはその呪いの力が眠っていたのだ。


「お前はもう、人間ではない……さあ、我々と共に闇に帰るのだ……」


怪物が手を差し伸べた瞬間、金太郎の目が真っ黒に変わり、彼の体はゆっくりと動き始めた。彼は自分の意思とは関係なく、怪物の方へと歩み寄り始めたのだ。


「助けてくれ!」と心の中で叫んだが、声は外に出なかった。動物たちも怯えて逃げ出し、金太郎は一人きりでその闇に引き込まれていった。


翌朝、村人たちは金太郎が戻ってこないことに気づいた。捜索隊が山に入ったが、彼の姿はどこにも見つからなかった。代わりに、森の奥からは不気味な低い笑い声が聞こえたという。


それ以来、足柄山の森には誰も近づかなくなった。夜になると、森の中から「金太郎が怪物になった」という噂がささやかれ、今でも彼がその山の奥で何かを見つめていると言われている。


山に入ってはいけない。金太郎は、もう人間ではないのだから。

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怖い昔話短編集 MKT @MKT321

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