[総ルビ]異世界転生して貴族だったけど孤児院に捨てられた私は這い上がる ～女の子だって薬草、キノコ、苺とか採取してスローライフしよう～(web版)

26 ラミーニャに乗って

■26　ラミーニャに乗（の）って

　夏（なつ）ミカンの収穫（しゅうかく）も終（お）わり、冒険者（ぼうけんしゃ）ギルドで休憩（きゅうけい）をしていたある日（ひ）。

「大変（たいへん）だ。ラーサル村（むら）に急患（きゅうかん）が出（で）た」

「どうした？」

「赤紫（あかむらさき）病（びょう）だよ。早（はや）く赤紫（あかむらさき）ポーションを持（も）って行（い）ってやらないと、死（し）んじまう」

「でも、もう夕方（ゆうがた）だぜ。陽（ひ）が落（お）ちちゃうよ」

「ああ、鳥（とり）馬（うま）ラミーニャなら日没（にちぼつ）までに往復（おうふく）、ぎりぎりか」

「そうだな」

「だが、ギルドのは一羽（いちわ）しかいないぜ」

「そうだな、なるべく軽（かる）くて小（ちい）さい子（こ）がいいんだが……」

　お、みんなの視線（しせん）が私（わたし）たちの方（ほう）に向（む）く。

「えっと、どうする？」

「んじゃあ、僭越（せんえつ）ながら私（わたし）が」

　トエはこういうときやりますよ。

　他（ほか）の子（こ）に任（まか）せて、モンスターに襲（おそ）われたら寝覚（ねざ）めが悪（わる）い。

　私（わたし）なら魔法（まほう）もだいたい使（つか）えるし、いざという時（とき）戦闘（せんとう）できる自信（じしん）くらいはある。

　まああんまり強（つよ）い敵（てき）には勘弁（かんべん）願（ねが）いたいが。

「トエちゃん……」

「トエ」

「トエちゃん、心配（しんぱい）にゃ」

　サエナちゃんだけでなくシリスちゃんも心配（しんぱい）してくれる。

　それからミリアちゃんももちろん。

　かといって四（よ）人（にん）で行（い）くわけにはいかないのだ、一（いち）羽（わ）しかいないのだから。

「この私（わたし）、トエが行（い）きましょう」

「いいのか？　助（たす）かる！」

「ギルドのお姉（ねえ）さん、クエスト費用（ひよう）ははずんでもらいますよ」

「もちろんです。特別（とくべつ）料（りょう）金（きん）を出（だ）しましょう」

「やった」

　まあお金（かね）なんてどうでもいいのだ。

　急患（きゅうかん）がいる。死（し）んでしまうかもしれない。

　私（わたし）たちのうち誰（だれ）かが届（とど）ければ助（たす）かるなら、行（い）かない道理（どうり）がない。

　偽善者（ぎぜんしゃ）になったつもりはないが、農村（のうそん）の人（ひと）たちには都市（とし）の人（ひと）たちは野菜（やさい）などいつも世話（せわ）になっている。

　こういうときに見捨（みす）てるなんて、ほっとけないじゃない。

「これが赤紫（あかむらさき）ポーションよ。しっかり持（も）って。マジックバッグに入（い）れたわ」

「これがマジックバッグ」

「そうよ。欲（ほ）しがっていたもんね。これは前金（まえきん）ということで」

「じゃあ、これが報酬（ほうしゅう）ってこと？」

「そうよ」

　ポーションはビンだ。マジックバッグに入（い）れれば割（わ）れる心配（しんぱい）はまずない。

「行（い）ってきます」

「行（い）ってらっしゃい」

「頑張（がんば）って」

「しっかりしろよ」

　いろいろな人（ひと）がギルドの前（まえ）に集（あつ）まって見送（みおく）ってくれる。

　ギルドの緊急（きんきゅう）用（よう）のラミーニャはこの一羽（いちわ）のみ。

　私（わたし）しかいないのだ。

「では、よっし、出発（しゅっぱつ）」

　通（とお）りを走（はし）っていく。

　まだ慣（な）らし運転（うんてん）だ。しっかり掴（つか）まって振（ふ）り落（お）とされたら大変（たいへん）だ。

　もし万（まん）が一（いち）、落（お）とされたあと再（ふたた）び走（はし）って捕（つか）まえる能力（のうりょく）なんてない。

　駆（か）け足（あし）ぐらいで門（もん）まで急（いそ）ぐ。

「門（もん）通（とお）ります。急患（きゅうかん）だそうで」

「ああ、聞（き）いてる。いってらっしゃい」

　すぐに通（とお）してもらえた。ありがたい。

　道（みち）が次（つぎ）の村（むら）まで続（つづ）いている。

　森（もり）の中（なか）に一本道（いっぽんみち）があるので、そこを進（すす）んでいくだけだ。

「はいよっ、シルバー」

　一度（いちど）言（い）ってみたかった。

「クゥルルルゥ」

　この子（こ）がおかしそうに答（こた）えてくれた。

　なかなかかわいいところもあるじゃん。

　道（みち）はときおり、右（みぎ）へ左（ひだり）へと曲（ま）がっている。

　その度（たび）に体（からだ）を傾（かたむ）けて道（みち）なりに曲（ま）がって進（すす）む。

　さながらレーサーになった気分（きぶん）だ。

　そして道（みち）に一匹（いっぴき）のゴブリンが立（た）ちふさがっていたのだ。

　水泥（みどろ）色（いろ）の皮膚（ひふ）、小（ちい）さな体（からだ）。しわくちゃな顔（かお）。薄汚（うすぎたな）い腰（こし）ミノの服（ふく）。

　まちがいない。

「ふぁ、ファイアー」

「グアワアア」

　射程（しゃてい）範囲（はんい）ギリギリの距離（きょり）で魔法（まほう）を放（はな）ち、先制（せんせい）攻撃（こうげき）する。

　ゴブリンは火（ひ）だるまになって、ふらふらしていたが、そのまま倒（たお）れてやっつけることができた。

「よし、そのまま。押（お）し通（とお）る！」

　ゴブリンの横（よこ）を通過（つうか）、この際（さい）、後処理（あとしょり）などはナシで無視（むし）することにした。

　先（さき）を急（いそ）いでいるのだ。

　太陽（たいよう）はすでにだいぶ傾（かたむ）いている。

　日（ひ）が沈（しず）む前（まえ）にエストリア町（まち）に戻（もど）って来（こ）なければ、門（もん）を通（とお）れない。

　それは困（こま）る。夜（よる）の森（もり）は危険（きけん）がいっぱいだ。

　上下（じょうげ）するラミーニャの上（うえ）で必死（ひっし）に掴（つか）まって耐（た）える。

　今（いま）が踏（ふ）ん張（ば）りどころだ。

　私（わたし）が頑張（がんば）れば、救（すく）われる命（いのち）がある。

「見（み）えた！」

　村（むら）が街道（かいどう）沿（ぞ）いにあった。

　ここがどうやら隣（となり）のラーサル村（むら）らしい。

　村（むら）にある木（き）でできた簡易（かんい）門（もん）に到着（とうちゃく）すると、数人（すうにん）待（ま）っている人（ひと）がいた。

「きたぞ！」

「エストリアからのラミーニャだ！」

「よくきてくれた！」

　私（わたし）は歓迎（かんげい）を受（う）けた。

　挨拶（あいさつ）もそこそこに、患者（かんじゃ）のいる村長（そんちょう）の家（いえ）へ通（とお）された。

「赤紫（あかむらさき）ポーション、お持（も）ちしました」

「助（たす）かった。おい、文字通（もじどお）り、これで助（たす）かる」

　そこには顔（かお）を赤（あか）くした妙齢（みょうれい）の女性（じょせい）が寝（ね）かされていた。

　熱（ねつ）があるのか息（いき）が荒（あら）い。

「ほら、シルエ、しっかりしろ」

「は、はい……」

　名前（なまえ）を呼（よ）ぶと、目（め）を開（あ）けた。なんとか意識（いしき）はあるようだった。

「ポーションだ、飲（の）めるか？」

　そっと体（からだ）を起（お）こしてポーションを飲（の）ませる。

「んんっ、はっ、これは」

「すごい効（き）き目（め）だ」

　ものの五（ご）分（ふん）程度（ていど）で女性（じょせい）はだいぶ回復（かいふく）してきているようだった。

　顔（かお）も普通（ふつう）の色（いろ）に戻（もど）っていた。

　汗（あせ）は掻（か）いていたが、タオルで拭（ふ）いてもらうと、すっきりした顔（かお）になった。

「ありがとうございます」

「本当（ほんとう）に、ありがとう」

「助（たす）かりました」

　みんなが次々（つぎつぎ）私（わたし）へお礼（れい）を言（い）ってくれる。

「あ、私（わたし）、帰（かえ）らないと」

「そうですね。もう閉門（へいもん）まで時間（じかん）がない」

「無理（むり）そうなら、今日（きょう）は泊（とま）っていってもいいんですよ」

　院長（いんちょう）先生（せんせい）のシスターと約束（やくそく）で夜（よる）は戻（もど）ると言（い）ってあったはずだ。

　怒（おこ）られてしまう。

「あの、門限（もんげん）があるので」

「そうですか。それでは」

「はい。失礼（しつれい）します。では戻（もど）ります」

　みんなに手（て）を振（ふ）られて村（むら）をあとにする。

　その後（あと）は睡魔（すいま）と戦（たたか）いつつ、首（くび）をカクカクして必死（ひっし）に帰（かえ）りのラミーニャに掴（つか）まった。

「門（もん）が見（み）えた！」

　なんとか日没（にちぼつ）ギリギリで、戻（もど）ってくることができた。

　ギルドに戻（もど）るとこちらでも歓待（かんたい）を受（う）けた。

「いやぁ、門限（もんげん）があるので、これで」

「トエちゃん！　お疲（つか）れ様（さま）」

「トエ、よかった」

「トエちゃん、お帰（かえ）りにゃ」

　みんなもまだ帰（かえ）らずギルドで待（ま）っていてくれたらしい。

　さて、急（いそ）いで孤児院（こじいん）に戻（もど）らないと。

　ラミーニャをギルドの人（ひと）に返（かえ）して、私（わたし）たちは急（いそ）いで孤児院（こじいん）に戻（もど）った。

　院長（いんちょう）先生（せんせい）には怒（おこ）られなかったけど、怖（こわ）い顔（かお）をされちゃった。

「次（つぎ）はないですからね。でも、立派（りっぱ）な行（おこな）いでした」

　事情（じじょう）を説明（せつめい）したら、許（ゆる）してもらえた。

　頭（あたま）を撫（な）でてくれる。

　夕（ゆう）ご飯（はん）はいつもより美味（おい）しく感（かん）じられたよ。