息子におとぎ話をしてあげよう。

ムーゴット

不幸にして災害を受けられました方々へお見舞い申し上げます。

私は、過去に床上浸水を経験したことがある。

当時、住んでいた社宅でのこと。

水は玄関から入ってくるだけ、では無い。

未経験の方に、想像できるであろうか。

ありとあらゆる排水口から逆流してくるのだ。


キッチンの流し台の下から。

風呂の洗い場の排水口から。

もちろん便器からも。


どこから来る水も、黒く濁っているから、区別はつかないが。

逆流水の中で、

嫌悪感強度のダントツ第一位は言うまでも無い、

あそこから溢れる汚水である。

ただ、一階の床が一面のプールとなった後では、

もう、本当に、ほんとうに、ホントに、

ちきしょう。くそっ。心が折れる。

事後処理も含めて、

二度とあって欲しくない、貴重な経験だった。

今にして思えば。





その水害があった数日前のこと、のはず。

もう30年近く前の話なので、

ちょっと出来事の前後、どちらが先の出来事なのか、

ちょっとあやふやではあるが、

これ以降の話が、水害の数日前であった方が、辻褄が合う。


当時、私は、20代前半、就職して、地元を離れ、

住まいは、社員寮であった。

社員寮といっても、3DK、築数十年、木造2階建て、

ごく普通の一軒家を3人でシェアするスタイルだった。


ちょっと変わったところでは、

母屋に隣接して、作業場というか納屋というか、

平屋で、道路側に開口部として大きなシャッターがある建物が付属していた。


勤め先の会社の倉庫のようであったが、

空きスペースが結構あり、

オートバイを所有していた私にとっては、

都合の良いガレージであった。






ある日の夜、深夜、時間は正確に覚えている。

「夜中の2時すぎ、だよ。」と言葉にしたから。


その夜、オートバイの整備をしていた。

何の整備か忘れたが、込みいった作業で、深夜に及んでいた。

夏の暑い夜だったのではなかろうか、

エアコンがないので、作業場のシャッターは全開にして、

外の道路が見える状態で作業していた。

田畑が残る住宅地だったので、人通りは皆無であった。


オートバイの向こうには外が見える位置で、

私は腰を落として、整備作業をしていた。

作業に集中してオートバイに焦点を合わせていると、

背景に何かがあっても気が付かない状態だった。






「今、何時ですか?」


突然、子供の声がした。

確かに驚いたが、この時は恐怖も疑いも何も感じず、

ただ、突然なことで驚いた。

が、私は作業中の手を止めることが困難なタイミングで、

目線だけを声のした方へ。


オートバイ越しに、シャッター付きの開口部の外側、公道に、

街灯に照らされ、仁王立ちした子供がいた。

小学1年生か2年生か、それぐらいの背丈の男の子。

声と喋り方からも、年齢はそれぐらいと感じた。


私は、何の疑いもなく素直に、時計を見て答えた。

「夜中の2時過ぎ、だよ。」


子供をチラ見、手元をチラ見、それを2、3回繰り返しただろうか。

この瞬間に次の考えがまとまった。

こんな時間にこんな子供が出歩いていては危ないだろう。

家族も心配しているだろう。

何かしてあげなければ。

一瞬にして考えがまとまり、声を掛けようと、

次にチラ見をした時、今度は強力に驚いた。


子供がいない。


すぐに手を止め、表に出た。

左右を見て、道路の伸びる先を見たが、やはりいない。

消えた。


ここで初めて背筋が冷たくなった。

見てはいけないものを見てしまったのでは?

この世のものではなかったのではないか?


あっけに取られながらも、左右の確認を続けていると、

作業場の建物の向こう側の物陰から、物音がする。

その子供は、自分の物らしき自転車を引っ張り出しながら、

道路に出ると、私に背中を向けたまま、自転車で行ってしまった。

その物陰は、建物と隣の空き地の間で、

隣の空き地は、大人の背丈ほどの雑草で覆われていた。

そんな物陰から出てきたわけだが。

自転車を隠していた?


再び、恐怖は、なぜかなくなり、呆然と

ただ無心で子供を見送った。

なぜか知らんが、子供が深夜徘徊していただけ、と思えば、簡単だった。






その数日後、水害に遭遇。


座敷童がいなくなると、その家に不幸が訪れる。

そんな話を思い出した。






現在、私は、住まいも変わり、

子供にも恵まれた。

上の子が保育園年長の時、

夜の寝かしつけに絵本を読んでいた。

その横顔を見て、


はっ!!!!!とした。


あの時の子供は、私の息子だ。


息子に尋ねた。


「夜の街に自転車で出かけた夢を見たことがない?」


「なーーい。」


「そうか。」

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