第27話

「まさか、貴方が尋ねてくるとは思いませんでした。どんな風の吹き回しですか? エルムンド殿」


 教養系科目の見直しに向けて奔走する私を訪ねてきたのは、エルムンド。

 今も昔も油断してはいけない雰囲気を纏った老人との付き合いは私がこの国に留学生扱いとしてやってきた頃まで遡るが、一度たりともお近づきになりたいと思ったことはない。

 この時も、こちらの都合を無視して食事に連れて行かれたのだから楽しい雰囲気になるわけもなく。


「そう嫌わなくてもいいでしょう。まあ、好かれているとも思ってはおりませんが」


 薄く笑いながら肩をすくめる老人。

 若い私にはそんな態度がいちいち癪に触り、気分がささくれ立っていくのがわかった。


「好かれていないとわかっているなら近づくなと言うのは我儘でしょうか。私は、あなた方城の人間と可能な限り接触を持ちたくない」


「それはこちらも同様です。貴方と接触し過ぎては、陛下の過去の過ちがどのように表沙汰になるかわからないのですから。ちなみに。過ちを犯したのは陛下のみであり、貴方のお母上を責める意図はありませんので悪しからず」


 本心かどうかはわからないが、少なくとも私の前では、父と母の関係について責任は全て父にあるという態度を貫いているエルムンド。

 それがわかっている私もこの段階で席を立つようなことはせず、呼び出しの意図を尋ねる。


「……それで? 一体何のようです? わざわざこんな店で」


「保護者面談ですよ」


「は?」


 老人の口から飛び出したあまりにも意外な言葉に、すぐに何を言われたかわからなかった私が聞き返すと、エルムンドは楽しそうに笑いながら言う。


「私がキナリス殿下の傅役を務めさせていただいていたことはご存知でしょう? 貴方が殿下の進級面談を担当されたと小耳に挟みましてね。いや、巡り合わせというのは恐ろしいものです」


「話が見えませんが」


「まあ、そう苛々せずに。学校側から殿下の成績などは報告を受けていますが、日常の生活態度などはわからないでしょう?」


 お茶を啜りながらそんなことを言うエルムンドだったが、学校からは試験の成績の他、学校内での素行や講義中の態度を記した行動評価を通知している。

 それを指摘してやると、エルムンドはわかっているとばかりに頷いた。


「ええ、いただきましたよ。文武両道、品行方正。級友に対しては分け隔てなく接し、教師に対しても常に尊敬を持って対応している、という評価を。……本当ですか?」


 その時の表情と口調だけ切り取れば、孫の学校生活を心配している祖父のそれだったが、なんせ相手はあのエルムンドだ。

 油断するまいと疑うような表情を見せた私がおかしかったのか、肩を揺らしながらくつくつと笑う老人。


「いえね? 私も伊達に殿下の爺やを務めておりませんので。あの方がお世辞にも人付き合いを得手としていらっしゃるかというと、とてもとても」


 言わんとすることはわかる。

 わかるが。


「それで、わざわざ?」


 そう聞かざるをえない程度には、この老人も暇ではないはずだ。

 しかし、そう尋ねた私に、エルムンドはそうですがなにか? とでも言うように頷いてみせる。


「はい。学校側が恣意的に殿下の評価を良くしているとは思わないのですが、念のために確認をと思いましてね」


「なぜ私に」


 他にもたくさん教師はいるだろうによりによってなぜ私なのか。


「私が存じ上げている教師が貴方だけですからね」


 私と接触すると陛下の醜聞が表沙汰云々と言ったそばから平気で矛盾してみせるエルムンド。

 よっぽど席を立ってやろうかと思ったが、教師としての私に聞きたいと言われてそれをしては逃げたも同然。

 そう考えた私は、心を落ち着かせるため何度も深呼吸したうえで答えた。


「……教師としてお答えするなら、概ね通知させていただいたとおりの評価で間違いありません。人付き合いについては、仰るとおりお得意とは言えないのでしょうが、幸い第一学年の皆さんはそちらに長けた方が多い。そういった意味では、友人方に助けられながら積極的に人付き合いを学んでおられた。その過程を評価した結果、通知させていただいた文章になったのではないかと」


 息継ぎもせず一息でそう説明すると、真剣な顔で私の言葉を聞いていたエルムンドが破顔する。


「なるほど。やはり文章だけではわからないものですね。参考になりました。お礼代わりに、ここの代金は私持ちです。貴方の好きな臓物の煮込みも用意させていますのでたくさん召し上がってください」


 臓物の煮込みと聞いて頬が緩みそうになったが、すぐにおかしなことに気づいた。


「なぜ、貴方が私の好物を知っているのですか」


 当然そんなに親しい間柄なわけがない。

 そもそも、この時も顔を合わせたのは数年ぶりだ。

 そんなこの男に好物を言い当てられた恐怖に顔を顰めると、エルムンドは事もなげに言った。


「陛下が仰っていたので。貴方は臓物の煮込みや、塩を振って焼いただけの肉がお好きらしいと。陛下は、貴方が思っているより貴方のことを気にかけていらっしゃるのですよ」


 エルムンドの言葉を聞き終えた瞬間、私の中で魔力が弾け、身体の一部が獣化する。

 好物云々を知っているだけで気にかけているとは笑わせてくれるものだ。

 そもそも、あの男が小指の先程でも私の父親面をしているなど、虫唾が走る。


「あの男が私のことを気にかけているなどという戯言、二度と仰らないようお願いします。さもなくば、貴方を傷つけなければならなくなる」


 そう言いながら爪を向けると、じっと私を見つめていたエルムンドが、降参とばかりに両手を上げながら言った。


「……結構。今のは年寄りの戯言だと思ってください。さ、それはそれとして食事といきましょう。殿下の様子を、もっと聞かせてください」

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獣人兄上と王族弟妹 企業戦士 @atpatp01

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