第26話

 よりによってあの殿下に変わり者呼ばわりされたことは今思い出しても笑ってしまうが、変わり者かそうでないかと言われれば否定はできないので、特に反論することなく面談を終えた。

 そして、その翌日から同僚教師達への根回しを開始する。

 面談の結果、殿下が『教養関係の講義に対してその必要性を十分認識しながらも、実用性という面で若干の不満と不安を持っていること』を伝えると、同僚達は個人差はあれど危機感を感じたようだ。

 私は、そんな先生方とともに教養系講義の内容見直しにかかる非公式の検討班を立ち上げた。

 代表者は私、ではなく、殿下の面談中から絶対な巻き込んでやろうと心に決めていた先輩教師にお願いする。

 渋られると思ったが、私を殿下の面談担当にするために暗躍していたことをネチネチ攻めたことが功を奏したのだろう。

 快く代表を引き受けてくれた。


「根に持つ男はモテないよ? レイティス君」


 代表を務めることに首を縦に振ってもらった直後の昼飯時。

 連日のネチネチを思い出したのか、先輩教師がそんなことを言う。

 

「根に持つなんて、まさか。まあ、影でこそこそ動きまわる男がモテるなんていう話も、とんと聞いたことはありませんが」


 私がモテないなら貴方もでしょう?

 言外にそう含んで返すと、先輩は腹を立てるでもなく、むしろ微笑みながら頷いてみせた。

 

「だから私は独り身だろう?」


「笑っていいんですか?」


「泣かれるよりは笑ってもらいたいかな。まあ、引き受けたからにはしっかり役目を果たすよ。教養系講義の内容見直しと充実。一朝一夕ではいかないだろうけど、先輩方もいつかやらなきゃいけないって思ってただろうからね」


 自分発の不毛なやり取りをさっさと済ませた先輩が、よく茹でられて柔らかくなった芋を口に運びながら言う。

 

「私のような若造からの提案で、反発が出ないか心配ですが」


 殿下が五学年になった今振り返れば、あの時見直しに着手したのは間違いではなかったと胸を張って言えるが、当時の私は駆け出しも駆け出し。

 そんな若造からの提案を諸先輩方が受け入れてくれるか、私の提案がきっかけで控え室に不和が生まれないかなど、不安は尽きなかった。

 しかし、先輩はそんな私の不安を笑い飛ばす。

 

「心配いらないよ。元々教養の講義を減らして実務系の講義を増やしてほしいっていう声は大きかったし、学校側からしたら長年の懸念でもあったわけだ。より生徒の希望に沿った形に見直そうって提案なら、みんな聞く耳くらい持ってくれるさ」


 軽い調子でそう言った後、先輩はフォークを置き、真剣な表情を見せた。


「ただ、もしこの話に乗れないという先生が出てきても、私は見直しを強制しないし、既存の講義内容を否定もしない。これが、私がこの検討班の代表を務めるうえでの理念だ。それでいいかい?」


「結構です。嫌がる私を殿下の面談担当にするべく嬉々として根回ししてみせたその実力を如何なく発揮していただければ、それで充分です」


 私の反応を受けて、先輩がため息をつきながらがっくりと肩を落とす。

 

「その言いぶり、やっぱり根に持ってるじゃないか」


「それはそうでしょう。私は小さいことでも根に持つ男なので、今後は気をつけてください。あ、それと、万が一反発が起きたときには矢面に立ってくださいね?」


 ニッコリ笑いながら芋を頬張ってやると、先輩は髪を掻き回しながらやれやれとばかりに首を振った。


「割に合わないなあ。レイティス君の成長のために殿下の面談担当にしてあげたのに。愛が伝わらないって、寂しいものだね」


 よよよ、と泣き真似をしてみせる先輩。

 残念ながら私は愛というものを基本的に信じていないし、それを差し引いてもあの時の先輩が楽しさ十割だったことは間違いないので、泣き真似は無視して別の釘を刺しておく。


「私は構いませんが、そんな調子で次に入ってくる後輩教師に嫌われても知りませんよ?」


「大丈夫大丈夫。真面目で堅物でどうしようもなく目付きの悪かったレイティス君ともこうやって仲良くやれてるんだ。どんな子が来ても問題ないよ」


 その後、教養系講義の見直し検討班の立ち上げが学校側から正式に認められた。

 新入生達がやってくる前にある程度の形を作ろうと会議を重ねるなか、思いもよらぬ客が私を訪ねてきたのは、そんな多忙なある日のことだった。

 

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