第25話

「第一学年、キナリス・ポルトギス。入ります」


 学校内に複数設置されている面談室。

 普段はあまり使われることのない部屋だが、毎年期末後は一学年から五学年まで全ての生徒に対する進級面談が行われるのでひっきりなしに人が出入りしている。

 そんな面談室の一つに、面談の順番が巡ってきたキナリス殿下が、相変わらずの無表情のまま入室してきた。

 先輩教師から、殿下の面談を担当してみろと無茶な提案をされたあの日。

 私の嫌がりようを見て呑みの場限りの冗談だと笑っていたが、水面下では他の先生方だけでなく校長にまで根回しを済ませていたらしい。

 面談の担当を決める会議の席では、初めから私が殿下の担当に決定してしまっており、聞いていないとかなり抵抗してみたが決定は覆らず、面談当日を迎えることになった。

 

「どうぞ、そちらにお掛けになってください。今お茶を淹れます。進級面談などといってもそう構える必要はありません。質問があればお気軽にどうぞ」


 校長に担当を変えてくれと直談判したことなどおくびにも出さず笑顔で茶を淹れると、殿下が怪訝そうにこちらを見つめてくる。


「級友たちは、面談で茶など出なかったと言っていたが、これは私が王族だからか?」


 どうやら、特別扱いされたようで不満だったようだ。

 

「いいえ? ご存知のとおり、私達教師は殿下が陛下のお子様だからといって特別扱いすることを許されておりません」


「では、なぜ茶など出す?」


 なおも不満げな殿下。

 拗ねたように唇を尖らせた顔に微笑ましい気持ちになりながら、私がこの世で最も嫌いな男にそっくりな少年に語りかける。


「なぜと言われると、ただの趣味でございます。あと、このお茶の香りには、緊張をほぐす効果がありますので」


「茶など用意されずとも、私は緊張などしていないが」


「殿下ではなく私の緊張をほぐすのが目的です。教師になって初めて面談を行う生徒が殿下なのですから緊張くらいしようというもの。助けると思って一杯だけお付き合いください」


 そんな申し入れに肩をすくめた殿下だったが、お茶の注がれたコップに手を伸ばし、一口含んでみせる。

 

「……美味いな」


 そう呟くと、あっという間にお茶を飲み干す殿下。

 渋みより甘味をより感じられる茶葉なので、きっと飲みやすかったのだろう。

 

「ありがとうございます。では、このまま進めてまいりましょう。進級するにあたり、何か不安なことはございますか?」


 おかわりと一緒に茶菓子なども出しつつそう尋ねると、茶菓子に伸ばそうとしていた手を引っ込め、どこか気まずそうに顔を顰めながら言う。


「不安とは違うし、レイティス先生にこれを伝えるのは失礼だと承知で言うのだが、教養の時間を減らし、もっと政治や経済、歴史の講義を受けたい」


「おや? 私の講義は退屈ですか?」


 普通の生徒なら、教師からこう問われれば慌てるなりなんなりすると思うのだが、流石は殿下。

 誤魔化そうとする素振りも見せず、事実を語るように冷静に答えを口にする。


「退屈かと聞かれればそんなことはないが、国王の後継者としてもっと身になる知識を吸収したいのだ」


 これは殿下だけではなく、一学年に所属する将来家を背負って立つであろう多くの生徒がもつ共通の願いだと、私達教師も認識していた。

 もちろん、植物学をはじめとした教養科目は文化を解すためだけに設定されているわけではないが、幼いうちはなぜそれを学ばなければいけないのか理解できず、わかりやすく将来役立ちそうな政治と経済をより多く学びたいという考えに行き着くのは、わからなくもない。


「なるほど。では、もっと殿下に興味を持っていただけるよう、全体で講義内容の見直しを行うことにいたします」


 講義内容の大幅な改正には、他の教養科目を担当する先生方との情報共有と擦り合わせが欠かせないためどのように進めていくか。 

 私は殿下そっちのけで手帳にペンを走らせた。

 そんな私を見た殿下が、呆れたような声で言う。


「話を聞いていたか? レイティス先生」


「はい。要は、教養の講義が殿下の将来に役立つ時間になればよろしいのでしょう? お任せください。もちろん、非常に難しいことは理解していますが、それが実現すれば殿下だけではなく、他の皆さんにとっても有益です。いや、参考になりました」


 手帳に、手始めにまずどの先生を巻き込むかを書き込み終えたところで頭を下げた私に、殿下は不思議なものを見るような目を向けながらこう言った。


「私が言うのもなんだが、相当な変わり者だな。貴方は」

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