後-2

 夜の桜池神社は、単に静かだというだけではない独特の空気に満たされていた。

 軽く一礼をして一の鳥居をくぐる。

 無人の参道をゆっくりと歩く。


 二日前の夕刻、有賀と二人でこの先にある二の鳥居をくぐり、本殿に向かい、東堂さんの回復を願った。

 賽銭箱の前に立って会釈をし、それぞれが百円玉を投げ入れた。

 有賀の様子をうかがいながら、見よう見まねで二拝二拍手一拝の作法で拝礼をした。

 ――東堂さんが目を覚ましますように。

 帰宅後も古い木箱に向かって同じことを願った。


 その願いはかなった。


 空はいつしか隅から隅まで雲に覆われていた。でもその向こうには満天の星空が広がっているはずだ。そこに神様はいるのだろうか。あの箱の中にカミノテは入っているのだろうか。

 つらつらと考えながら先へと進む。


 前方に二の鳥居のシルエットが見えてきた。今夜はどこまで行こうか。二の鳥居で引き返そうか。それとも本殿を目指そうか。

 二の鳥居の先、葉を落とした桜並木の幹と幹の間、本殿方向の暗がりの中に、ぽつんと一つ、黄色味を帯びた明かりが見えた。


 丹波屋?

 まさか。


 今は祭りでもないし、時間も遅い。でも、もし、そうだとしたら、あの箱のことを聞けるかもしれない。


 どうする。

 迷ううちに、明かりがふっと消えた。

 ああ、行ってしまった。

 もうあの場所には何もない、だれもいないことがわかった。


 ――また来年。


 遠くからの声とともに透き通った晩秋の風が襟足をなでていった。



                    了

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妄想彼女とスピッツと @fkt11

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