名探偵の隠し子

雪桜

第1話 名探偵の秘密

 

 "美しすぎる名探偵"が、失踪した。


 そんなニュースを目にしたのは、俺──姫川ひめかわノエルが、14歳の誕生日を迎える3日前のことだった。


 12月22日。時刻は、午後8時54分。


 真冬の風呂上がり、アイスを手にした俺は、楽しみにしていたサッカーアニメの続きを見ようと、リビングにやってきた。


 今日の夕方、中学校から帰ってきた俺は、今話題沸騰中のアニメ『パープル・ピリオド』の8話から10話を一気に視聴した。


 白熱する試合は、次から次へと予想不能な展開がやってきて、続きが気になって仕方なかったからだ。


 だけど、続けて11話を見ようとした瞬間、父が帰宅。そして、そうなったら、もうテレビなんて見てられない。


 俺の父──姫川 えにしは、ひどく子煩悩な男だった。


 夕方6時に帰宅すると、必ずと言っいいほど、一緒に夕飯を作りたがる。一応、父の言い分では


『これからは、男も家事ができないと、生きていけないぞ』


 ということらしいが、きっと、家事をしなかったせいで、母に捨てられたのだろう。


 息子には、同じ過ちを繰り返して欲しくないのかしらないが、あれこれ教え込まれるうちに、俺は完璧な家事男子に成長した。


 ちなみに、今日の夕飯は、アジフライだった。父が下味をつけて、衣をまぶし、俺が揚げる。


 でも、揚げ物って、ちょっと怖いじゃん?


 だから、小学生の頃は、油が飛び散る度に絶叫していたんだけど、最近はコツを掴んできたのか、余裕綽々で、揚げ物ができるようになってきて、これに関しては、自分でも成長したと思う。


 そして、その後は、夕飯をとりながらの家族団欒。と言っても、家族は父だけなので、V Tubeの【ネコが溶ける動画】を、ダラダラと流し見ながら、二人で食事をした。


 まあ、いつもの日常だ。

 特に、解説する必要もないくらい。


 そして、そんな普通の食卓を囲み、風呂に入ったあと、俺は、やっと"パーピリパープル・ピリオドの略"の続きがみれると、リビングにやってきた。


 深くソファーに座り込み、サンキューワンのちょっとお高いアイスを堪能しながら、俺は、ローテーブルの上に置かれた、リモコンを手に取った。


 だけど、アニメの続きを見ようと、テレビをつけた瞬間


『名探偵であるルイスさんは、昨夜から、行方不明になっており──』


 ふと、その画面に釘付けになる。


 テレビに映っていたのは、とてもとても綺麗な男の人だった。


 なんでも、世界的にも有名な名探偵が、昨日の夜から、行方不明になっているらしい。


 名前は『ルイス・クロード』

 年齢は36歳で、国籍はフランス。


 数々の難事件を解決してきた彼は、その容姿が、あまりにも美しすぎるということで、SNS上でバズり、一躍有名になった人物だった。


 そして、今流れているのは、昨年にテレビに出演した時の映像らしい。


 そして、みればみるほど、整った顔立ちをしていた。


 36歳というけれど、25歳と言われても違和感がないくらい若々しいし、なにより西洋的で色白な顔立ちと、ウェーブのかかった長い金色の髪が、とても優雅だった。


 きっと、女子にモテモテだろうな?


 男からみても、カッコイイその見た目には、惚れ惚れするくらいだった。


 なにより、この見た目なら、モデルや俳優と言った方がピッタリで、探偵というには、あまりにも華やかすぎる容姿だった。


「スゲー、イケメン……それに、探偵なんて、本当にいるんだな?」


 なんだか現実味のない話で、まるで他人事のように俺は呟く。


 それに、このくらい華やかな容姿をしていたら、俺も好きな女の子に告白くらいできただろうか?


 黒髪で、地味な顔つきの自分と比較し、俺はため息を吐く。


「ノエル。もう9時だぞ。そろそろ休みなさい」


「えー!」


 すると、今度は、父に声をかけられた。


 俺の後に風呂に入った父──姫川 えにしは、濡れた髪を乾かしながらやってきた。


 ちなみに、父の年齢は35歳だ。


 黒髪で高身長。更に見た目も爽やか。

 だが、それなりにモテそうなのに、彼女はいない。


 そして、近くの職場でwebデザイナーとして働く父は、規則正しく出社し、定時には必ず退社するホワイト企業のサラリーマン。


 そして、男手ひとつで、ここまで俺を育ててくれた、とても優しい父だ。


 まぁ、少々口うるさいのが、時々、うっとうしいく感じることもあるけど──


「え~、これから、パーピリの続きを見ようと思ったのに。ていうか、まだ、9時じゃん。今どき、9時に寝る中学生いないって」


「そうかもな。最近の子供たちは、みんな忙しいしそうだ。塾に行ったり、部活をやったり、習い事をしたり……でも、ノエルは、塾も部活も習い事もしてないだろ。それに、睡眠不足は命を削るっていうぞ。若い頃の夜更かしは、30すぎてから身体にくるから、気をつけろ」


「うわ、オッサンみたい」


「オッサンだよ」


『ルイスさんは、なんらかの事件に巻き込まれた可能性もあるとみて、警察は──』


 すると、またテレビのアナウンサーの声が聞こえてきて、父が遅れて目を向ける。


「……なんのニュースだ?」

 

「あぁ、探偵がいなくなったんだって。美しすぎる名探偵って言われてる人」


 アナウンサーの話では、ルイス探偵が行方不明になったのは、21日夜のことらしい。


 日本に滞在中の出来事で、ホテルに入ったあと、突然、行方がわからなくなったそうだ。


 そして、探偵という職業柄、なんらかの事件に巻き込まれた可能性からあるとみて、警察は、あらゆる方面から捜査を開始し、更に近隣住人からの目撃情報を集めているらしい。


 そして、そのニュースには、父のえにしも目も釘付けになっていた。


「このホテル、駅前のホテルだよな?」


「あ、やっぱり、そうだよな! 近所で、失踪事件とか物騒すぎる。しかも、探偵が行方不明って……やっぱり、恨みとか買いやすいのかな? 昔、逮捕した犯人が逆恨みでーとか?」


「そうかもしれない。一刻も早く探しに行かないと」


「うん、探し……え?」


 だが、いきなり探しに行くなんて言われ、俺は首を傾げた。


 何をいってるんだろう?

 捜索は、警察に任せたほうがいい。


 だって、こっちは素人だ。

 普通のサラリーマンと普通の中学生。


「なにを、探すの?」


「ルイズを」


「いや、なに知り合いみたいに言ってんの!?」


 ノリが軽すぎて、一瞬ついていけなかった。

 だけど、父は至って真面目な顔で


「知り合いだよ。俺は、彼のだったんだ」


「え?」


 その話に、俺は目を見開く。


「じょ、助手?」


「あぁ、もう、14年は昔の話だが、俺は探偵の助手をしていた。そして、ルイスは、ノエルのだ」


「──え?」


 それは、今まで疑いもしなかった関係が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。


 12月25日。3日後に訪れる俺の誕生日も、父と二人で過ごすのだと思っていた。


 だけど、どうやら、俺が父親だと思っていた人は、父親ではなかったらしい。


 突然、聞かされた『出生の秘密』

 これまで、父と暮らしてきた13年間。


 それが、あっさり崩れさり、頭が真っ白になった俺は、もうアニメどころではなくなっていた。








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