メアリー・スーのように
ずっと間違えていたみたいだ。
人という生物を知らないで、人生というものを知り過ぎてしまった。
「」で構成された無知であどけない物語のように、トロッコが途中で止まれないように走り続けた。
まだ止まることを知らない。
なぜなら、ここは素粒子で作られた世界だから。
人生を知ってもなお迷った。
次の一歩に悩み続け、待つことしかできなかった。
周りでは未来が明るく見えるモブしかいなかった。
彼らは目の前の暗闇を喜んで飛び込めた。
私だけは、人生を知ってるからこそ迷うしか選択肢はなかった。
私が傲慢なだけか?
いや、私にとっては周りがモブに見えるのは当然ではないか。
私こそ無知なだけか?
いや、人生は迷うようにできてると私が知ってるからこうなったのだ。
私の方が人生に適してないのか?
答えは出なかった。適してないからこそ知ることができたかもしれない。でも認めたくなかった。
また目を覚ました。嫌な日差しが部屋にかかる。
ベッドを飛び出して洗面台へ向かう。嫌な夢だった、かもしれない。でも急がないと、学校が間に合わなくなる。
身支度をして、テーブルに着く。家族に挨拶して、朝食を眺める。またいつもの既視感に襲われる。
次のシーン、私は学校に着く。試験番号は185番。体育館の黒板、準備する教師、慌てる生徒、珍しいそれらに既視感を覚えながら過ごしてる。
ジャムを半分塗り終えたトースト。
雨の中見送るバスの背中。
友達から借りたノートの一ページ。
ありふれた日常は、既視感と未視感に支配されていた。
人生のページを捲っては破り捨てた。
これは、一体何回目の世界?
何回も没にされてきた、自分の小説みたいだ。
続きもなければ、終わりもない。
だからせめて、愛することにした。
既視感はあれど、記憶はない。
私が世界を捨てなければ、世界が私を捨てることもない。
大学には予定通り受かり、見たことがあるような校舎を巡っていたら、あなたに出会えた。会ったことはないが運命の人、イヴにとってのアダムみたいな、愛するためにその一瞬の風景は今までで一番強い既視感を与えてくれた。
愛していた、既視感に包まれながらも。言葉が通じなくても、皮膚が爛れても、愛する自信は誰にも負けないくらいだった。
あなたと出会って一緒に過ごした日々だけは既視感を忘れられた、それさえも愛せた。
ついに私は知った、人間という生き物の仕組みを。
人間という名前は他の生物と区別するためのようで役に立っていなかった。
実験資料を見て気付いた。記録を遡って、何度も見たことあるのに意味がわからなかった。
未視感にあふれた資料を読んで、だんだん気付いてくる。もうおしまいなんだ、思考が止まったら、今すぐにでも。
私はイヴではなく、知恵の実を食べたから罪人になったわけではない。あなたもアダムではなく、むしろ最後の「人間」だ。
私は、メアリー・スー。愛されるために生まれた存在ではなく、愛するために生まれたのだ。
人間が悪ではないと証明したかった。でも、そんな私は間違ってた。罪も悪も世界も人間も相対的であり不安定なものだ、証明したければ証明したい側に転ぶものなんだ。
どうか、あなたは最後まで「人間」でいてほしい。
トロッコの音が聞こえたその時、私はきっと微笑むだろう。
愛してる、悪さえも美しいこの世界を。
思考のための小噺 硝崎ありね @syouzaki_arine
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