【ボツ】名前はまだない
強い冷房の列車に騒々しい人だかり。詰め込まれた憎悪は缶詰になった。吐き気を催す匂いに人だかりはさらに騒ぎたてる。パタリ、またパタリと冷蔵庫のツナ缶は倒れる。サイレンが鳴った、人々は静かになった。
ああ、これでおしまいか。これは、なんだっけ。名前すら覚えてないが、妙に思考が澄み渡る。
例えばトロッコ、レールの上を走る運搬車を指す。路面を走るものはトロッコとは呼ばない。名前は区別するためのものであり、すなわち限定的である。むしろ限定的でなければならない。
例えば神、全知全能の大いなる何かを指す。神に名前はいらなかったはず、なぜなら神という存在自体が限定的だからだ。区別する必要もなければ、名前を付ける必要もない。それなのに、「神」という名前がついてしまった。
例えば悪、大まかに否定すべき良くないものを指す。善悪とは表裏一体であり、白か黒かだけの二択問題ではない。よって「悪」という名前がついていながらも区別できなかった。区別する余地がないのであれば名前も不要。
例えば愛、相手をかけがえのないものだと思い、見返りを求めずに自分の全てを捧げる行為を指す。どんな言葉を吐かれようが、たとえ言葉が通じなくても、ただ相手の「心」を見つめる。心や愛に言葉はいらない、ならば名前を付け、言葉でこの気持ちを限定させるのも興醒めというもの。
名前を付けられるとは、名前に縛られるということ。
ならば、目の前の惨状もあえて呼ばないようにしよう。縛ることなく世界に響き渡るように。
この缶詰の中の気持ちももう口にしないようにしよう。そうすればきっと世界はそれに塗れたトーストのように――
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