ゾンビと生きる死体と
ゾンビに一番近い人間は誰かってあなたは聞いて、私は社畜と答えた。自分の意識を持たずに、精神すらも仕事に蝕まれるなら、死体を動かして捕食以外しないゾンビと何か違うだろうか。
そうしてあなたは言う、「意識……意識ね」と意味深に。私は聞き返した、あなたはどう思うかって。
「ゾンビに近い人間はもう、多すぎてどれくらいいるかわからないの。幸い、一番遠いのもまだいるわ」
仕事中でもあの言葉が反芻する。自傷気味であなたに答えてしまった。ゾンビとなんら変わらないなんて正直皮肉だ。仕事はやめても死なないし、ゾンビは捕食しなくてももう死なない。
ならばやめた方がいいと私は初めての自分の考えを上司に伝えた。
「ああ、退職と言ったか。三ヶ月前であれば大丈夫だ。君は仕事に熱心で助かったよ、残念だけどあと三ヶ月よろしく頼む」
鳥肌が立った。それは初めての本心の言葉が伝わったからでもなければ、仕事の出来が認められたからでもない。
違和感に溢れていた。目の前にいるのは誰だ。上司の顔で、上司の言葉で、誰が、何が喋ってる?
余計なことを聞くな、黙って仕事をしろ、退職は通さない、残業は義務とかブラック企業の模範みたいな信条を持った上司はなぜ「改心」をしたのか。
それよりも、あの時はあなたに吉報を聞かせたくて、色んな悩みより解放された喜びが勝った。
三ヶ月、元々交流がそんなにないのもあって、具体的な時間は知らないがいつのまにか上司は前の姿に戻っていた。私の退職も不服に思えてるみたいで当たりが強くなった気がした。しかし、通した退職届を取り消すことは出来ないようで、私は安堵した。
退職後の非日常に終わりの日が見えてこない。世界性の災難だった。あの時あなたと喋ったのが預言だったなんて思いもしなかった。
ゾンビが、死体を操るウィルスが国際的に蔓延った。
「私は知ってたんだ、こうなることを。どうしたらいいんだ?」
あなたが教えてくれたことを、私は唯一の親友に伝えた。メッセージ状態はすぐさま既読になり、ポンと返信が来た。
「今はとりあえずあの化け物たちを殺そう。考えるのは世界が平和に戻ってからだ。あんたも武器をしっかり持つんだ」
平和を求むためなら自己犠牲も厭わない親友は、死んだ。
気づいてしまった。私にはわかった。人との交流が少ないせいで今の今になってわかってしまった。あの時の上司もテキスト越しの親友も、心がない。
私は誰と喋ってるんだ?
あなたを、あなたに会いたくて探し回った。肉体がゾンビになってるものと精神がゾンビになってるものが徘徊する街を駆け巡り、あなたにまた逢えた。
「前言ってた、ゾンビに遠い存在はどこにいるんだ?」
「意識をゾンビにされたものか肉体をゾンビにされたものか。どちらの方がゾンビに遠い存在だと思う?」
私は答えを思案する前にまず安堵した。目の前のあなたは間違いなく心を持ってるから。
「……選べないな。私がゾンビじゃないからどちらもゾンビにしか思えない。もし私がそのどちらかになってしまったら答えは簡単になるが……」
「貴方みたいな人を待ってたの、貴方が見つけてくれたことは私の人生の中で一番の幸せよ。でも答えは見つけといた方がいいよ」
あなたは続く。
「この世はもう終わりなの。体が死んでもなお自由を奪われて彷徨うしかできない人と、体は生きてるのに人格が喰われ、猿真似しかできない怪物、あとは私たちだけ」
息が荒くなり、あなたは声を絞り出す。
「どちらを人間として見るか……すなわち、身体か意識か、どちらかを人間の本質として見るかの問題よ」
皮膚が灰色に変色しはじめる。
「……そうか、わかった」
「…………」
「ウゥ……ア゛ア゛ァァ」
ただ抱きしめた。
私たちには「心」があるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます