絶対的悪
ここには三つのコップがある。コップ①には90℃の水、コップ②には50℃の水、コップ③には10℃の水。
コップ①を触った人はコップ②は冷たいと言い、コップ③を触った人はコップ②は熱いと言った。
冷たさも熱さも結局は相対的な概念にすぎないと、結論をつけた。
ここには三つの箱があり、それぞれ一人が入ってる。正確には、閉じ込められてる。箱①には殺人鬼、箱②には放火魔、箱③には窃盗犯。
箱①に入ったものは箱②に善人がいると言い、箱③に入ったものは箱②は悪人と言った。
よって、善も悪も相対的概念だと結論づけよう。
……殺人鬼と放火魔の比較は難しいと最初に箱②に入った人が言ってるようだ。実験を見直すとしようか。ふむ、では箱①を潰そう。
ここには三つの箱がある。箱④には猟奇殺人犯、箱②には放火魔、箱③には窃盗犯。これならば比較もしやすいだろう。悪は相対的概念だと理解できただろうか?
……詳細な情報がないと判断しにくいと?人間を使う実験は水と違って難しいものだ。実験を再度見直そう。ふむ、今度は犯罪についての情報を足そう。
ここには三つの箱がある。箱④には三人家族を殺した猟奇殺人犯、箱②には一軒家に火をつけた放火魔、箱③には箱②の家から全財産を盗んだ窃盗犯。これならば比較もしやすいだろう。悪は相対的概念だと理解できただろうか?
……今度は箱②と箱③の判断に困ると人が言ってるようだ。どういうことだろう。
……箱③こそ箱②の放火魔が犯罪をする理由だった?動機など、行動よりも重視する判断材料だろうか?理解が出来ない。箱②の放火魔は一軒家を燃やし、結果的に夫婦二人と子供二人を死なせた犯罪者だ。再度判断をしてもらう。
……今度は箱④と箱②の比較に問題が?箱②は箱④よりも多くの人を死なせたから箱②の方が悪?なるほど、どうやらサンプルの出来が悪いせいだ。少々考えさせてくれ。
おっと、メモが……「全ての箱に悪人が入ってるため、悪は絶対的な概念です。」
いや、そんなはずはない。もし、もしもの話だ。悪が絶対的で比べようのないものだとしたら、果たして悪でない人が存在するのだろうか。数十年の人生の間、一度たりとも悪を行ってない人間はこの世に存在するのだろうか。そう、つまり絶対的な善は存在しない、ならば絶対的悪もいてはいけない。
でなければ、でなければ、「審判」が訪れたら人間は、人類は滅びてしまうではないか。
早く、悪が相対的だと証明しなければ、人類を救うために。そうだ、全部潰して再度実験を行おう。
「はあ、はあ……お前すごいな、メモで時間稼いで。おかげで隙を見て逃げれたよ」
「まあな、なんか悪とか実験とか聞こえたから、話に乗ってみた」
「結局よくわからねえが、俺らからしたら、誘拐して実験付き合わされるとか、あいつは間違いなく『絶対的な悪』だな」
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