ミシラ

朝吹

 

 

 ミ、シラ。日傘の柄を指先で叩きながら口ずさむ。桜の花が雨となって降る、季節はずれのそんな歌詞だが、鼻唄には丁度よい。

 赤を通り越して紫色の警報が出るような夏日が好きだ。それもいちばん暑い時間帯がいい。人影が消えうせた白い街。今年は晩夏を過ぎてもそんな日が続く。

 塗料の褪せた自動販売機。空想科学小説の中に彷徨いこんだような非日常。

 錆の浮き出た跨道橋を渡る。野生化した檸檬の樹と、日盛りに薄青を伸ばす道端の猫じゃらし。

 お囃子が隣町の神社で鳴っている。煉瓦塀に沿って遊ぶヤマトシジミチョウの瑠璃の翅。給湯器に手が伸びる頃になると生き物の多くは姿を消して陽が翳る。

 いつの間にか、大人になった。いつかは終わる散歩道。ミ、シラ、ヌ。枯れた色をした大きな蜂が銀木犀の下で脚を曲げて死んでいる。

 見知らぬ町をひとり歩いたら。こんな古い歌を今日もまた。

 蔦に覆われた近所の廃屋が壊されて、庭のない三つ子の新築に変わっていた。


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ミシラ 朝吹 @asabuki

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