第19話 初期メン面接
図書館から戻った昌義は手始めに従業員名簿を作ることにした。
従業員名簿は必ずしも必要ではないが、本によると創業融資を申し込む際にあると融資担当者に喜ばれるらしい。
「というわけで、これから二人の面接をさせてもらいます」
「めめめめ面接ですか!? 面接はもういやです!」
アレルギー反応を示したのはもちろん渚。彼女は面接が一番苦手で、練習でさえカチコチに緊張してしまったほどだ。
「ま、まさか面接の結果次第で『やっぱりいらない』なんて言いませんよね!? ひいぃぃ、それだけは勘弁してください! 何でもしますから~!」
「お、落ち着いて! 面接と言っても簡単な経歴と人となりを改めて知るためだよ。今更不採用にするつもりはないから」
「ほっ。それなら安心しました」
面接の目的は他にも持っているスキルや資格、前職の給与などを正確にヒアリングして人事の参考にするためでもある。
共同生活でおおよその人柄は分かってきたが、経営者として知るべきことはまだたくさんある。
「そういうわけで、履歴書を作って提出して。その後で各自面接させてもらうから」
「承知しました!」
「き、緊張する……」
「そんな固く考えなくていいからね?」
*
「それでは高坂美景さん、お入りください」
「失礼します」
最初の面接者は美景だ。リビングのドアをノックして恭しく一礼した美景は流れるような動作で昌義の正面に座った。惚れ惚れするような作法だ。
「面接の時間を作ってくれてありがとう。履歴書もわざわざ作らせちゃってごめんね」
「とんでもありません。大した準備はできませんでしたし……」
そうは言うものの、美景は気合を入れて面接に臨んでいる。
(高坂さん、やっぱり綺麗だな……)
桜色のボウタイブラウスとタイトスカートにわざわざ着替え、余所行きの化粧をした美景はキャリアウーマン然としており、丸の内のオフィス街が似合いそう。
面接というより軽い社内面談のつもりだったので、こんなにおめかしされると昌義の方が緊張してしまうのだった。
「それでは自己紹介と簡単な自己PRをお願いします」
「はい。高坂美景、二十二歳。八王子商業高校卒業、八王子短期大学ビジネス学科卒業です」
真っ直ぐこちらの顔を見ながら明朗快活に話す様子も実に美景らしい。事務だけでなく営業にも向いてそうだな、との感想を抱いた。
「好きな言葉は家内安全。将来の夢は旦那様を支える素敵なお嫁さんになること。スリーサイズは……上から九十、五十九、百。バストは……Gカップです……」
「高坂さん!? そんなPRしなくていいんですよ!? 経歴とか仕事の意気込みを教えてくださいね!?」
「や、やだ、私ったら……真田さんにアピールする良い機会だと思ってつい……」
にわかに赤面する美景。なぜ自分へのアピールでスリーサイズを言う必要があるのか疑問だが、悶々としてそれどころではない。
(バストがGでヒップが百? グラドルみたい!)
先日うっかり見てしまった彼女のお尻は確かにボリュームがあった。そんな豊満なヒップがテーブルの下に隠されていると思うとつい変な妄想を抱いてしまう。
(って、ダメダメ! 従業員の裸を想像するなんてけしからんぞ! いくら高坂さんがけしからんカラダしてるからって……)
気を取り直して面接を進める。
「えっと、学歴は商業高校から短大のビジネス学科へ進学か。就職を意識した手堅い感じが高坂さんらしいね」
「ありがとうございます。やりたいことが特になかったので就活で困らないようにって選んだだけなんですけどね……」
「そこでふらふらせず固い道を行ったのは良いことだよ。そのおかげで俺も大助かりだったしね」
美景には退職の時に世話になったし、経営に役立つ助言もすでにたくさんもらっている。学校で体系的な学びを収めた人材がいるのは経営者として心強い限りだ。
「そう言ってもらえて嬉しいです。でも、それはあなたと出会えたからなんです……」
「えーっと……持ってる資格は日商簿記一級とビジネス法務検定、MOS、と」
うっとり頬を染めて美景はか細い声で呟いたが、丁度昌義は資格欄に目を落としているところだった。
「よし、総務は高坂さんで間違いないな! これからよろしくね!」
「こ、こちらこそ迎え入れてもらえて幸せです。高坂美景、真田さんに精一杯尽くします。幾久しく、よろしくお願いします!」
糸のように目を細める美景はまるで嫁に入った娘のように折り目正しくお辞儀する。あまりの慇懃さに昌義も恐縮して頭を下げた。
(尽くしてほしいのは俺じゃなくて会社なんだけど。まぁ、似たようなもんか)
彼女の笑顔の理由を知る日は果たして訪れるのだろうか。
*
「では土屋さん、お入りください」
「は、はい! 失礼しましゅ!」
次は渚の番だ。
勢いよくドアを開けたかと思えば同じ側の手足を動かすぎこちない歩き方でダイニングに入場した。
「土屋さん、さっきも言ったけどこれは簡単な面談だから気楽にして構わないよ」
「ははははい! がが頑張ります!」
気遣ってやるが渚の緊張は解けない。面接の練習は何度もしたし、今日は練習よりもカジュアルな面談だがかつてないほど緊張している。
(やっぱり筋金入りだな)
きっと話しているうちに緊張が解けるだろうと思い始めることにした。
「それじゃあ自己紹介と簡単な自己PRをお願い」
「は、はい! とぅてぃやにゃぎしゃ、二十四しゃい! 青森県の国立陸奥大学文学部出身です!」
幼児みたいな舌足らずな自己紹介は練習の時より悪化している。一体彼女は何に緊張しているのだろうか。
「えっと……次は自己PRしないと……えぇっと……干支はしし座、好きな食べ物はピンク、血液型はHカップです!」
「もうめちゃくちゃ!?」
仕事に関係ない情報ばかりでしかも支離滅裂。こんな受け答えを毎回面接でしていたのなら合格できないはずだ。
(晴信さん、よく採用したな)
恩人は彼女の何を気に入って採用したのだろうか。いや、それよりも気になってしまうのは……
(というかHカップ……)
手の平に蘇る温かくて柔らかい感触。
(確かに大きいな……)
今日の渚は薄ピンクのプリントTシャツにオーバーオールという小学生と同じセンスの服装。しかし未発達な体格を想定したアイテムなので、Hカップがこんもり隆起してしっかり自己PRしていた。
(ダ、ダメダメ! 心頭滅却!)
太ももの肉を力いっぱい抓って履歴書に目をやる。決して「バスト偏差値の高い人材が集まってるな」などと考えてはいない。決して、だ。
「土屋さん、学部は文系だったんだ。意外」
これには素直に驚いた。渚は優秀なエンジニアなので専攻はITか、少なくとも理系だと思い込んでいたためだ。
「エンジニアになったきっかけとかあるの?」
「大学の選択実習です。うちの大学少し変わってて、文系でもプログラミング実習を受けられるんで」
「へぇ。やってみたら楽しかった、とか?」
「そうですね。最初は変数も関数も分からなかったけど、少しずつ分かるようになって、自分の思い通りに動かすのが楽しかったんです。バグやエラーで詰まるのは困るけど、それが解決した時の壁を乗り越えた感じがすごく嬉しくて、それでこれを仕事に出来たらいいなって思ってエンジニアを目指したんです」
すらすらと語る渚の瞳はいつになく輝いていた。先ほどまでの緊張が噓のようだ。
彼女と同じ理由でエンジニアになる人は多い。あるいは全員がそうだと言っても良い。思った通りに動くプログラムを作り、リリースした時の達成感がエンジニアのやり甲斐だ。バグに苦しむのは宿命だが、それを乗り越える喜びもまたこの仕事の醍醐味と言える。
それを活き活きと語れるのは、エンジニアが彼女にとっての天職だからであった。
ふと渚が小さく噴き出した。訳を聞くと彼女はこう答えた。
「晴信さんに面接してもらった時のことを思い出しました」
「なるほど、晴信さんにも同じことを話したんですね」
ふっ、と昌義の頬が緩む。
恩人が渚を採用した理由が少し分かった昌義であった。
*
社名:(未定)
事業内容:情報システムの受託開発、SES
所在地:(未定)
資本金:(未定)
代表者:真田昌義(CEO)
従業員:高坂美景(総務部)、土屋渚(開発部)
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