第7.5話 (バカ社長Side)2代目社長の夜遊び

 新宿・歌舞伎町。華の金曜日の今宵は世捨て人達でごった返していた。ツツジ・システムの新社長・武田勝四郎もその一人で、行きつけのキャバクラ『ナナリー』に来ていた。


「勝四郎さん、どうしたの? 今日はピッチが早いよ?」


 勝四郎の隣に座ったキャバ嬢が心配する。今日の勝四郎は虫の居所が悪く、すぐにシャンパンを飲み干してしまった。


「何かイヤなことあったの?」


「おぉ、聞いてくれよ、アリア。うちの会社に真田ってのがいたろ?」


「あぁ、あのとっぽいお兄さんね」


 キャバ嬢ことアリアは訳知りに言う。というのもアリアはツツジ・システムの役員なのだ。もっとも、役員就任は情実人事で仕事らしい仕事は何もしていない。


「あの人嫌い。私に『役員を辞めろ』って言ってきたのよ!?」


「まったく平社員のくせに生意気な奴だ」


「で、その生意気な平社員がどうしたの?」


「それがな、俺に楯突いてクビにされたのを逆恨みして金を脅し取ってきたんだ」


「うそ!? サイアクー!」


 アリアは大袈裟に驚いた。勝四郎の弁はかなり事実と異なるが疑う素振りは全くない。


「それでどうしたの? まさか払ったの?」


「払うしかなかった。社会は弱者の味方だからな、ごねられるとこっちが弱い」


「えーん、勝四郎さんがカワイソー。よしよししてあげるねー」


 アリアはぶりっこな猫撫で声で同情し、勝四郎の頭を優しくなでた。すると不機嫌だった勝四郎の顔がだらしなく緩む。

 ふわふわな金髪ロングと身体のラインが浮かんだ露出度の高いドレスを纏った、二十歳の小娘にすっかり骨抜きにされていた。


「でもまぁ、これでやっとお邪魔虫がいなくなった。あいつは俺がせっかく契約取ってきても二言目には『無理』だの『出来ない』だの言う軟弱者だ。そういうやつがいると士気が下がるんだ」


「うんうん、後ろ向きなこと言われると空気悪くなるもんね」


「だがそれも終わりだ。自分で限界を決めたり、変化を嫌う怠け者を一掃して、ようやく俺のやりたいようにやれる。俺は絶対ビッグになってやる」


「きゃ、勝四郎さんかっこいい!」


 野心に燃える勝四郎にアリアが抱き着いた。キャバクラはお触り厳禁だが勝四郎は金払いの良い”太客”なので黙認されている。


「おっと、電話だ。ちょっと便所行ってくる」


 勝四郎はトイレに駆け込み、スマホの画面を確認する。発信者は妻だった。


「どうした?」


『さっき颯が寝たわ。今日は早く帰ってこれそう?』


 スピーカーから聞こえる妻の声はそよ風のようにゆったりしている。もともとおっとりした性格だが、子育てで疲れているせいで声に張りがない。


「取引先との接待で遅くなる。先に寝ててくれ」


『それじゃあお言葉に甘えて。いつも遅くまでご苦労様』


 労いの言葉をもらって妻との電話は終わった。一人で家事と子育てをしつつ夫への気遣いを忘れない妻の優しさが滲むひと時だった。


「はぁ……。そんなことで電話してくんなよ」


 だが夫の方は冷淡だ。むしろ若い娘との甘いひと時を邪魔されて苛立ってさえいる。そのまま勝四郎はアリアが待つラウンジへ戻った。


「勝四郎さん、そろそろ時間だけど?」


「うん、そうだな。チェックで」


「はーい。じゃあ私もアフターの準備してくるね」


「おう! 今日は寿司屋を予約してるぞ」


「わぁい! アリア、お寿司大好き!」


「楽しみにしとけよ。あ、領収証のあて名はツツジ・システム。前株でな」


 従業員を切り、会社を私物化し、家族さえも裏切る男の行方は……。

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