今すぐ美女と起業しなさい〜ブラック企業をクビになった俺の(ハーレム?)経営学〜

紅ワイン🍷

第1章 ブラック企業をクビになりまして

第1話 ブラック企業をクビになりまして

「社長! なぜこんな案件を引き受けてきたのですか!?」


 社長室に入るなり、真田さなだ昌義まさよしは大声を張り上げた。そしてデスクの向こうでスマホゲームをする雇い主にタブレット端末を突きつける。

 額に玉のような汗がにじんでいるのは八月の猛暑のせいではなかった。


「この規模のシステムをこの納期で構築するなんて無理です! ただでさえ人が足りてないのに!」


 画面に映るのは今朝確認した社長からのメール。内容は案件を受注したという淡白な文章。

 その案件というのが非常に無理な相談だった。軽く百人月はありそうなシステム構築を三ヶ月でやれというのだ。


「今の我が社のリソースではこんな案件を引き受けられません。そもそも要件も決まってないシステムの開発をゼロからド短期で納品なんて無理です。断ってください!」


 昌義は必死に進言する。対して武田たけだ勝四郎かつしろうは忌々しそうに昌義を睨みつけた。

 ツーブロックの頭髪、黒シャツとGパン、首元にゴールドのネックレスをかけた強面のこの男性はツツジ・システムの現在の経営者である。


「チッ、うるせーな。またそれか。お前は口を開けば『無理』だの『無茶』だのできない理由ばっかり並べやがって」


「そんなこと言われても、無理なものは無理です。三ヶ月あれば要件定義から設計を完了させられるでしょう。ですが、その後にインフラ構築やプログラム実装が控えているのでさらに時間がかかります。テストから納品までを考慮すると圧倒的に時間が足りません」


「時間が足りないなら残業させろ。納期を守るにはやむなしだ」


「時間をかければいいというものではありません」


「じゃあ人を増やせ」


「頭数の問題じゃありません。それにこの予算で外注すれば大赤字です」


「お前、本当に使えねぇな!!」


 バン、と力任せに机を叩く社長。昌義は驚いて言葉を失った。


「できないできないって繰り返すならボットでもできるだろ! 脳みそついてんならできる方法を考えろよ、カス!」


 そして続く罵詈雑言。昌義はショックを受ける代わりに「またか」と内心ため息をついた。


 社長が代替わりしてからの一年、ずっとこの調子だ。


 ツツジ・システムはWeb系システムの開発を主とするIT企業だ。『社員は家族』がモットーの人情経営者の創業者・晴信のおかげで穏やかな企業文化と安定した利益を稼ぐ優良企業であった。


 それが変わったのは晴信が交通事故で急逝し、代わりに息子の勝四郎が経営を引き継いだためだ。


 勝四郎は利益優先で古くからの取引先に値上げ交渉をし、応じなければ容赦なく取引を打ち切った。代わりによく分からない会社から変な案件を引っ張ってくるようになった。

 案件はどれも短納期だったり要件が曖昧だったりと悪条件で、現場は大混乱。結果、増益どころか減益。株式会社ツツジ・システムズは創業以来初の赤字に転落した。


 だがそんなのは序の口だ。もっと深刻なのは企業文化が悪化の一途を辿っていることだ。

 ツツジ・システムは部下が上司に意見して咎められることのない風通しの良い会社だった。だから当然、従業員達は社長に苦言を呈した。

 しかし新社長は下からの苦言を「現場の努力が足りない」の一言で撥ね退けるし、見せしめに島流し同然に客先に派遣したりした。そのせいで多くの従業員が愛想をつかして退職した。

 皮肉なことに退職したのは軒並み優秀なエンジニア達で、彼らが抜けたことで会社の生産性はガタ落ち。それさえも勝四郎は従業員の怠慢だと叱責した。その繰り返しで会社は窮地に立たされている。


 それでも昌義は我慢してきた。どうしてもこの会社をやめられない理由があるから歯を食いしばって今日も働いている。


「社員なら黙って仕事してろ。お前はディレクターだ。動かして案件終わらせろ」


「……してください」


 しかしその我慢も限界に達した。

 勝四郎の一言でプツン、と何かが切れた。


「は?」


「取り消してください! 社員を駒呼ばわりするのは聞き捨てなりません! 撤回してください!」


「あ? 何生意気なこと言ってんだ?」


 勝四郎は立ち上がり、昌義と身体がくっつくほどの距離で対峙した。勝四郎は身長一七三センチの昌義より長身なうえ、肩幅が広くて迫力があって威圧的だ。

 それでも昌義は引き下がらなかった。


晴信はるのぶさんは社員を駒扱いなんかしない人でした。社員一人ひとりを大事にして、俺達を家族だって常々言ってました。今、会社に残ってるのは晴信さんが大切にしてきた人達です。それを駒扱いだなんてやめてください!」


 暴君が君臨しても昌義が会社を辞めない理由。それは死してなお先代社長を慕っていて、新社長に仕えることが恩返しになると考えていたからだ。


 先代の晴信には半人前の身を拾って育ててもらった恩がある。その恩を返せぬうちに永遠の別れとなり悲しみに暮れたが、新社長を支えるという新しい目標を胸に今日まで頑張ってきた。


 声を荒げて仲間を庇ったのは、半分は仲間のためだが残り半分は勝四郎のためである。

 従業員達は経営者たる勝四郎を支える大切な柱だ。そのことを分かってほしい一心での諫言であった。


「チッ、お前、ほんとうざいわ」


 だがそんな思いはいとも容易く踏みにじられた。


「口を開けば親父親父って、就職してからちょっと世話になったくらいで親友みたいな口叩いてんじゃねぇよ!」


「な……」


「大体、社員は家族だなんて古いんだよ。そんなんだから上場もできないし金持ちにもなれないんだ。俺はそういう古臭い体質を一掃して、この会社をもっとデカくする。経営のの字も分からないなら黙って働いてろ」


 勝四郎は反省するどころか先代を……あろうことか実の父親を非難したのだった。

 そして無情にもこう言い渡した。


「いや、真田、お前はクビだ。明日から来なくていい」


 *


 クビを宣告された翌朝。


 ピンポーン、とインターフォンのチャイムが鳴った。


「うぅ……頭痛い。誰だよ、こんな朝から……」


 リビングのソファで眠っていた昌義は頭を押さえながら起き上がる。

 ズキン、ズキンとハンマーで絶え間なく叩かれるような鈍い痛みを感じる。昨夜は帰るなり冷蔵庫の中のビールでやけ酒してそのまま眠りこけたのだ。

 床に転がったビールの空き缶を蹴飛ばしながら昌義は玄関に向かった。


「はい……どちらさまですか?」


 ドアを開けると強烈な太陽光が網膜を焼いた。玄関先に誰かが立っているが、かろうじて輪郭を捉えただけで顔までは分からない。


「真田さん、こんにちは。突然押しかけてすみません」


「えっと……あなたは……高坂さん?」


 だんだんと視界が鮮明になり、予期せぬ来訪者の表情を捉える。


 カラスの濡れ羽色のセミロング。眉の上で切り揃えたぱっつんの前髪。色白な頬とレンズの大きな丸眼鏡の向こうにある大きな瞳。みずみずしい柔らかそうな唇。

 上品に日傘をさした彼女の名前は高坂こうさか美景みかげ。ツツジ・システムの美人事務員であった。

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