44:真面目に戦ってみる


「今日もよくおいでなさいました、我が主様」

「ああおはよう。楽しい一日を過ごそう」

「ねぇシモン。普通に会話してるの、おかしくない?」


 エンストア商会の四人組パーティは、一応は十四階のボスを倒した。

 この時点で、同期の中で一番先に進んだのだが、その戦いぶりは非常に危うくて、とてもじゃないが先に進める状態ではない。

 なのでアオさんには、九階ボスを繰り返し倒すよう命じられた。


「本日はわたくしめが御相手つかまつりますぞ」

「ハハハ、貴様と戦うのも久しぶりじゃのお!」

「左様でございますか。お手柔らかにお願い申し上げるでござる」


 赤い巨人、つまり九階ボスは、なぜか僕を主と呼ぶ。

 前回はそのボスが、誰も見たことのない青い巨人を呼んで来たので大変だったが、さすがにあれは例外だったようだ。

 というか、何かやりづらいんだけど。

 というか、セイリュウは戦った記憶があるのか? まぁ、あっても不思議ではないのか。元々、別の冒険者が持っていた刀だし。

 というか、というか言い過ぎだ。



「ギィエエエー!」

「いきなり性格変わったよねー、うりゃ!」

「ギイイイイイ!」

「何なんだよ、蝉じゃあるまいし!?」


 こうして九階ボスとの戦いが始まったのだが、我が主とかさっきまでしゃべってたのに、戦闘になったらわめき声ばかりになった。

 いや、このわめき声が本来の姿。講習で聞いた話でも、九階ボスが意味のある言葉をしゃべったりはしないはずなのだ。


「シモン。目眩まししなくていいの?」

「初回は我慢してくれ、リン」

「ダメそうだったらお願いねー」

「う、うん」


 アオさんには、できるだけいろいろな条件で試せと言われている。

 なので初回は、リンの援護なしで戦う。


「うおっ! もう来るのか」

「忙しいねー」


 目眩まし、顎を打つなど、リンの魔法攻撃で敵の動きを遅らせるのが、僕たちの普段の戦い方だ。

 この辺の階層の場合、ボスであっても戦い方がパターン化されているので、そのサイクルを遅延させる意味は大きい。

 おかげで僕とマッキーは、一撃を食らわせてから退く時間が作れるし、次の攻撃の方向性が分かりやすいのでカイの盾も安定する。


「ガハハハ! いいねぇ!」

「ご機嫌だな、兄弟」

「カイも絶好調だな! やはり男は女を抱いて育つ!」

「お、おぅ」

「勝手に会話するなよ、セイリュウ」


 最初は多少の違和感もあったが、戦い自体は問題ない。

 そもそも、僕たちは赤い巨人とまともに戦うのは初めてだ。

 前回の青い巨人に比べれば、リンの補助なしでも今回の方がだいぶマシ。刀がベラベラしゃべらなければ最高だ。


「うっしゃあ!」

「らっくしょー!」

「ガハハハハ!」

「いやいやいや慎重に行こう。それと刀は黙れ」

「やかましいぞ、女に手を…っと、土に刺すな貴様ぁぁ!」


 しゃべらなければ最高だ。

 雑に地面に刺しても刃こぼれしないし。



 次は変則的なポジションで戦う。


「けっこう重いな」

「大丈夫か、兄弟?」

「まぁなんとか…」


 僕とカイがポジションを入れ替え。つまり僕が盾を構え、カイが剣で戦うことになる。

 カイがたまには前線で戦いたいと言ったのだが、何かの事情で盾を代わる可能性はある。今回は僕で、次はマッキーが盾を担当する。


「顎!」

「ナイス、リン」


 リンはリンで、補助で使う魔法の強弱をいろいろ試す。

 基本的に、遅らせるだけの魔法に攻撃力は要らないから、ギリギリまで弱めてみるのだが、何回かは弱すぎて効き目がなかった。


「これでとどめだ! 究極突き!!」

「安い究極だなぁ、カイ」

「心配するな兄弟! 究極にはまだ先がある!」

「そっちの方が心配だが」


 さっきより少し時間がかかったが、どうにか無事に討伐。

 カイの剣もかなりのものだけど、悪霊セイリュウはそれ以上。地面に刺さったままの鬱陶しい奴だが、使い続けるしかないようだ。


「大丈夫? シモン」

「ああ。盾のおかげで問題ない」

「シモンが頑張ったからだと思う」

「そんなことは…」


 リンは僕を甘やかすけど、実際この盾がすごい。あれだけ殴る蹴るの暴行を受けても問題ないのだから。


 武器も防具も、使えばいつか壊れる。

 リンの指輪はともかく、僕たちの装備は使い捨て…とは言わないが、いずれ新しいものに交換することになる。

 そのサイクルが短すぎると、せっかく稼いでも購入費用で消えてしまう。

 丈夫な盾や剣は、それだけですごい価値がある。


 ちなみに、どの商会の組合に所属しても、最初の一年ぐらいは組合から装備を貸してくれるらしい。

 ただし借りることができるのは安物だし、もちろん借用代も払わなければならない。

 我らエンストア商会は、無料な上にアオさんと樹里様が手入れと称していろいろ付与してくれる。

 正直、装備目当てで移籍を考える冒険者が現れそうな気がする。



 最後に一番特殊なパターンを試す。

 リン以外誰も攻撃しない。

 カイは盾、僕とマッキーは陽動だけだ。


「だいたい三巡するんだな?」

「うん。…カイ、耐えて」

「おう!」


 リンの攻撃魔法は、同じ名前で放つものでも準備次第で威力が大きく変わる。強力な魔法を放つには、けっこうな時間がかかるのだ。

 目眩ましも僕たちの攻撃もないので、カイの負担が大きい。

 僕とマッキーは大きめに動いて、少しでも赤い巨人の注意をひこうとするのだが、思ったより効果がない。

 かといって近づきすぎるのも危険だ。


「マッキー! カイの補助にまわれ!」

「はーい」

「おう、助かる」


 陽動がうまくいかないので、マッキーはカイの身体を後ろから押さえて圧力に耐える形に。

 僕は一歩近づいて、もう少し続けてみる。

 いつでも刀を抜けるようにしておくが、抜いたらやかましい上に勝手に攻撃してしまうので我慢だ。


「うおっ!?」

「シモン!」

「だ、大丈夫だ」


 何度目かの接近で、初めて巨人がはっきり反応して蹴りを出してきた。

 アオさんには、一発食らってみろと本気なのか冗談か分からない指令を受けているが、正直怖い。


「………できた」

「よし、離れるぞ!」


 そうしてリンの準備が終わったので、素早く離れる。


「第三階梯、ヨーラク!」


 リンが両手のひらを広げながら叫ぶと、指先から光線が飛び出す。

 ヨーラクという魔法は、以前青い巨人を相手にした時に披露された。あの時はセイリュウに巻きついたので、結果的には僕の攻撃を補助したような格好だった。

 今回はセイリュウは鞘の中。なので本来の威力が分かる…………。


「ギィエエエエエエ…」


 一直線に光は赤い巨人の首の辺りを貫き、断末魔の叫びも途中で途切れた。

 それから、ゆらゆらと倒れて、どすんと音が響く。


「やべぇ…」

「何これ…」


 倒れた巨人の首からゴボッゴボッと血が噴き出すのを、僕たちは呆然としながら眺めていた。



「リンちゃんに聞きたかったんだけど、第三階梯って何?」

「………お父様がそう言ってた」


 一番近い安全地帯は十階なので、そこに移動して休憩していると、マッキーが質問する。

 僕も「階梯」なんて呼び名は聞いたことがなかった。

 カイの究極何とかみたいなものだと思って流していたけど、アオさんに教えられたらしい。


「あれだろ? リン、名前間違えると発動しないんだろ!?」

「…………」

「え? まさか本当にそうなのか?」

「……叫ぶと格好いいって教えられた」


 ……………。

 カイと同類だった?



 真っ赤な顔のリンが話してくれた内容は、次のようなものだった。


 魔法に何とか「階梯」と名づけていたのは、五百年以上前のことだった。

 魔王オーリンの大帝国は、圧倒的な力をもつ魔王個人の力が頼りだったが、さすがに一人で大帝国を抑えることはできないので、何人かの配下に魔法を教えていた。

 今もザワート大公国で存命のコバン様などは、そうやって育てた部下で、その際に分かりやすいよう「階梯」と名づけた魔法を教えたようだ。


 そんな「階梯」を誰も知らないのは、オーリン不在の間に魔法が女神様から与えられたせいだ。

 教会を介して広められた女神様魔法は、生まれつきの魔力だけを使い、不合理な手順を踏ませる。それは人類の魔法が女神様を傷つけないよう歪められたものだった。

 元魔王オーリン……要するにアオさんは、五百年間忘れ去られた魔法を復活させようとしている。


「リンも魔王になっちゃう?」

「ならないです。それならマッキーも魔王です」

「あーしが魔王かー」

「否定しないのか」


 アオさんには、際限なく「階梯」魔法を広める気はない模様。

 結局、実の娘なので甘いんだろう。

 第四階梯の次元切断なんて、アオさんや樹里様にとってはどうってことのない魔法だけど、公になったらたぶん大変なことになると思う。


「兄弟! 俺が魔王になってもいいぜ!」

「筋肉魔王とか言うなよ、カイ」

「なぜ分かった!?」


 ……カイの冗談も冗談とは言い切れないのが辛い。

 実はリン以外の三人も、いずれは「階梯」魔法を教えてもらう予定になっている。

 空間魔法など、基礎的な部分は全員一緒で、その先はバラバラ。冗談抜きにカイには、たぶん筋肉魔法を教えるはず。

 意味分からないけど、筋肉魔法だ。

 考えたのが昔のアオさんなのかは、想像したくない。

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