第5話 コンカフェ

 その日も普段と変わらず過ぎ去っていった。だがいつもと違うのはコレから…文化祭の出し物を決めるのだ。去年までは各々の教室で行っていたが今回の出し物は二クラス合同…一つの教室では流石に狭い。

 ということで僕たちがやってきたのは3階の空き教室。普段使われてはいないが掃除はされているので清潔に保たれている。


「なんか新鮮だなこういうの!」


 隣のまどかはそういうが、僕は全く共感できない。空き教室ということもあり、机や椅子は用意されておらず、通常よりも少し広い教室の中で各々が好きに座っている。

 やがてAクラスとBクラスの面々が集まってきて、密度が高まっていくがそもそもの広さが違うのか窮屈は感じない。


「真一!早いじゃんっ」


 そうして現れたのは我が幼馴染・朝木湯那あさぎゆなだ。その後ろには彼氏の柿崎覚かきざきさとるも付いている。

 彼女たちの登場に教室内の何割かの視線が僕たちに集まるが、僕と湯那は気にしていない。とは言うものの、柿崎はそうでもないらしく、気まずそうに目線を外した。


「そういえば真一と文化祭準備するのって初めてじゃない?高校じゃ見事に別クラスだったしね」


 それはきっと、学校側の措置だろう。何の意味があるのか知らないが、付き合っている男女は高確率でクラスを分けられるという話を聞いたことがある。一年から違ったのは偶然なのか中学から伝わっていたのか…まぁクラスが違ったところで不便はなかったが。


「割と頻繁にウチのクラスに顔出してた気がするんだけど」


「そりゃあ彼氏のクラスだし…戦力にはなったでしょ?……あ、同時の彼って意味ね?」


 よく分からない弁明をする湯那に、柿崎は複雑な表情を見せる。しかし、確かに去年の湯那は凄かった。出し物が同じ食事系だったというのもあるだろうが、僕たちのクラスにも顔を出して色々と授けてくれた。おかげで校内一位の売り上げを叩き出すことが出来た。


「でももう韓国スイーツはないね。天丼は良くないようん」


 当然のように隣に腰を降ろす湯那。以前はピッタリと密着してきたのが今は拳二つ分くらいの距離があるのは、柿崎に対する最低限の誠意だろうか。


「今年もやろうとしてなくて良かったよ。僕は湯那のおかげでちょっと嫌いになったから」


「お?」


「あの後しばらく韓国スイーツにハマって色々作りまくって」


「アレは真一が美味しいって言ってくれたからでしょ⁉」


「お婆ちゃんかお前は!北海道のお祖母ちゃんは未だに僕の好物がフルーツポンチだと思ってるよ!」


「実際好きでしょ?」


「……そうだけど」


 子供の頃…狂ったようにフルーツポンチを食べていた時期がある。

 それがあって僕の好物を知ったお祖母ちゃんは遊びに行くたびに決まって出してくる。まぁ美味しいし嫌いになったわぇじゃないからありがたく頂くけども。


「懐かしいなぁ…いつ以来だっけ」


「さぁ、小学校とかじゃない?」


「お前ら…別れたんじゃないのか」


 そんな円の言葉に、聞き耳を立てていた全員が頷いた。なんだ、別れたってこれくらいの会話はするだろ。


「まぁ、幼馴染なんだし仲がいいのはいい事じゃないかな?」


 そんな柿崎のフォローだが、顔には「不満たらたら」と書いてある。


「実はまだ付き合ってたㇺッ?」


 くだらない事を言おうとした円の口を塞ぎながら柿崎に向き直る。僕の視線に気づいた柿崎は一瞬だけ呆けたような顔をした後に無理やりな笑顔を見せる。

 やっぱり警戒されてるんだろうか。


「話すのはほぼ初めてだよな。柿崎」


「あ、あぁ…そうだね」


 正確には一言二言くらいは交わしたことがあるのだが、それを会話した判定するのは厳しいだろう。だから一応「ほぼ」と付け加えておいた。


「一度話がしたいと思ってたんだよ」


「それは、俺もだよ」


 その言葉に嘘はないのだろうが、動機は僕と湯那の関係の疑いから来ているものだろう。僕も湯那との関係を釈明するために話がしたいのだからある意味じゃ目的が一致しているのかもしれない。


「そこの!もう始まるぞー!」


 そんなところで時間が来たらしく、Aクラスの担任が話し始めた。

 当然だが、議題は文化祭での出し物。その際の注意点等々の説明が終わった後はもう生徒の時間だ。教師陣は隅に椅子を置いて様子を見ている。


「ねぇ真一」


「ん?」


「覚くんと話したいなんてどうしたの?」


 各クラスの学級委員が進行する中、隣の湯那がコソコソと語り掛けてきた。どうも僕が柿崎に用があるという事態が気になっているらしい。


「どうしたって、柿崎が僕たちのことを誤解してそうだから釈明をってな」


「釈明ねぇ…まさかこれからは関わらないようにするとか言うんじゃないでしょうね」


「湯那がお望みなら」


 その場合はこっちも相応のダメージを受けるが、まぁ仕方ない。だが僕の返事は拒絶させたらしい。頬の痛みがその証拠だ。


「わんだよ」


「ふざけたことを言った罰」


 右頬を抓りながら自分のほうに僕の顔を近づける。そして耳に口を近づけてボソリ。


「私たちが離れるなんてあり得ないんだよ?」


 ところで、この光景を柿崎に見られなくて良かった。僕たちが座っているのは全体の後ろのほう。他の生徒たちは出し物決定に熱中しているからこっちに意識を向けていない。当の柿崎も会議の中心として活躍している。


「ま、大学も同じだし。高校最後の文化祭もこうして一緒に取り組めるんだから…そういう運命なのよ」


「大学も一緒?」


「そうだよ?私も帝大志望だから…まさか知らなかったの?」


「いや、柿崎と一緒の所に行くって」


 僕の記憶が正しければ柿崎の成績で帝都大学は厳しい。湯那なら普通に行けるだろうが、それでは以前の発言と矛盾してしまうような。


「まぁ、大学は自分のレベルにあった場所に行くか。就活とかあるし」


 仕事を始めたら学歴は重要じゃないという考えには同意だが、それでも就活という場面では学歴というフィルターが機能している。まぁそこに対して不満はない。そのために帝大に行くんだから。

 だが湯那は「違うんだよ真一くん」と指を振る。


「覚くん。ここ最近は成績上がってきてるの。私の教育の賜物ね」


「あ、そう」


「おーい、そこの元カップル!お前らって去年の文化祭でスイーツ作ってたよな⁈」


 僕のクラスの委員長・長谷波力也はせなみりきやの一言で教室中の注目が僕たちに集まる。もう慣れっこだ。


「作ってたけど…メニューはネットのだよ?」


「それでもその通り作れるのは才能だろ。スイーツ以外も出来るのか?」


「出来ると思うけど……あれ、もしかして私はキッチン?」


 それは意外だ。容姿のいい湯那ならホールにいくと思っていたが…そんな彼女の発言に、長谷波は呆れたような目線を送る。


「去年はナンパがうるさかったって聞いたから。今年は裏で活躍してもらおうって…さっき話してただろ。聞いてなかったのか?」


「うっ…ごめん」


「それに湯那が衣装着て接客するんじゃ…柿崎くんに悪いしねぇ」


 柿崎をニヤニヤと見るAクラスの副委員長・佐々木瑞佳ささきみずか。そんな視線を送られた柿崎は「アハハ」と苦笑いを浮かべる。

 ちなみに、出し物は『コンカフェ』で決定している。初めは女子を主にして批判があったが、男子も接客に参加するということでなんとか了承が得られた。今はメニュー案を出し合っているところだろうが、湯那と話してる数分の間に随分と数が増えたな。

 コレ…店として回るか?


「正直、戦力的にはホールに出てもらった方がいいんだが…女子共が怖い」


「といわけで湯那は裏方なんだけど、日比鳴くんはどう?」


「どうって?」


 全く話を聞いてなかったから佐々木の言わんとすることが理解できない。まぁ流れから察するに、ホールかキッチンかということなんだろうが。


「コイツはホールだろ。見た目いいし」


 裏方で。という僕の希望は長谷波によって掻き消された。容姿が平均以上なのは自覚してるけど、長谷波に言われるとなんだか嫌味に聞こえる。いや、そんな意図はないんだろうけど。


「オーケー。じゃあ真一はホール決定な」


「おい並木なみき、勝手に決めるな」


「アンタと柿崎はホール決定だから。それが女子参加の絶対条件ね」


 ホール担当の欄に僕の名前を書き足すAクラスの委員長に異議を申し立てるが、今度はBクラスの副委員長・赤坂絵里奈あかさかえりなが僕と柿崎と続け様に指さした。


「イケメンは目の保養になる」

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僕は男女の友情を信じてる~彼氏持ち幼馴染は関係値をリセットできない 濵 嘉秋 @sawage014869

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