第4話 文化祭:2クラス合同

 目が覚める。首だけを動かして壁にかかる時計を確認すると6時20分、目覚ましの丁度10分前だ。ベッドから降りて一階に向かうが家内に人の気配はない。それはそうだ、両親は泊まり込みやら出張やらで土日は家を空けていた。それが今朝も続いているだけだ。

 シャワーを浴びて制服を下だけ履いて半袖のシャツの上からワイシャツ…これにブレザーを装備すればそのまま登校できる恰好だ。が、まだ朝は早い。

 財布を確認すると中には札が数枚見える。詳細はこの際どうでもいいか。

 家を出て少し肌寒い外を歩く。この時間では出勤や登校の人は少なく、朝練のために早く登校する学生を一人見ただけだ。後は犬の散歩とか。

 2,3分でコンビニに到着して中に入ると客は僕一人…レジの奥、フライヤーとかのある調理場から「いらっしゃいませー!」と朝から元気のいい声が聞こえてくる。

 おにぎりとお茶、カットフルーツを取ってレジに向かうと客の接近を察知したのか調理作業を中断した店員さんがナイスなタイミングでレジに立った。


「いらっしゃいませ!」


「お願いします」


 この世に生を受けてから18年、一人で買い物ができるようになってから約十年…その間このコンビニには大変お世話になっているがこの店員さんは確か3年くらい前からいるはずだ。

 大学生なのかフリーターなのかは知らないが恐らく僕とそう年は離れていないように見えるがこんな早朝から仕事とは尊敬する。

 会計を済ませて外に出ると、そこで見知った顔と遭遇した。


「真一じゃんか!なに、もう学校行くの?」


「んなわけないだろ」


 円薫まどかかおる。2年の春から同じクラスになったのだが…バスケに野球、美術と3つの部活を掛け持ちしていた色々とパワフルなやつだ。掛け持ち自体は珍しくないが大抵は二つまで…それ以上は両立が難しく、確実に学業に支障が出るとの理由から禁止されている。のだか一部は例外…コイツみたいに学校側が外に誇れる結果を残せばその限りではないらしい。今はもうすべての部活を引退しているが、どうやら近所のバスケクラブに混じって来た帰りらしい。


「なんだ。行くなら一緒に行こうと思ったのによ。美術部の朝練に顔出すんだよ」


「お前、もう引退したんだろ。そういうの、後輩に煙たがられない?」


 引退した先輩が部活に顔を出す。部活に入った経験がないから分からないが、話を聞く限りだとかなりウザい行為らしい。円はウザがられるタイプじゃないから大丈夫ではあるだろうが……ん?美術部の朝練?


「ていうか、美術部の朝練ってなに」


「じゃあ俺は汗を流して学校に行くから!また教室でなー!」


 美術部の朝練とは何か…気になったが概要を知っている奴が足早に去ってしまったので消化不良だ。

 家に戻ってリビングのテーブルに買ってきた物を置くとテレビを点けると朝のニュース番組を眺めながらおにぎりの封を開ける。

 ニュースでは大手事務所が売り出し中のアイドル出身女優が主役を務める映画の宣伝が行われている。先週の金曜に公開されて、SNSで賞賛の声が大きかったと聞くが内容的に見に行こうとは思えない。そういえば湯那は柿崎と見に行ったって言ってたな。

 しかしアイドルというとVTtuberの餅月ワラビのことはどうなったのだろうか。頼兎のやつ、お姉さんに会いに行くと言ったきり続報がない。あの感じなら報告してきそうだったのに。まぁいい返事はもらえなかったのだろう。





 いつも学校には早めに来る。

 何か用事があるわけでもないが、家でダラダラして遅刻寸前になるより何倍もいい。とはいえ、例えば朝練をしていた生徒は僕よりも早く教室にいる。つい数十分前にコンビニ前で会った円もそうだ。


「お、真一、さっきぶりだな!」


 どうやら僕は二番乗りらしい。自分の机にリュックを置くと中から読みかけの小説を取り出す。


「そういや最近、朝木ちゃんと一緒に来ないな。喧嘩でもしたのか?」


「はぁ?」


 思わず小説から顔を上げて円を見る。その顔は揶揄ってるわけでもなく、本気でそう思ってるような表情だ。しかし僕と湯那が別れたという情報はすでに学年…いや学校中に広まっていることだ。それも別れてすぐだから2年の秋ごろに。

 その情報に触れてこなかったのか?コイツの人脈で?


「僕たち別れたんだけど…知らなかったのか?」


「はぁ⁈いつの間に!」


「もう随分と経ってるっていうか、なんで知らなかったんだよ」


 友達が一人もいないぼっちでも耳に入るはずだぞ。それほど湯那がフリーになったという情報は野郎どもにとって重要だったらしいから。


「おいおい、あんな可愛い子と別れるとか…どうしたんだ?喧嘩が悪化したのか?」


「喧嘩もしてない。カップルが破局するのにちゃんとした理由があると思うなよ」


「強がるなって!どうよ、放課後バスケでも」


「断る。球技大会の時にお前とは戦わないって決めたから」


「それ、一年のときだろ」


 始業時刻は8時45分。時間が近くなるにつれ教室には段々と人が増えてくる。やがてほとんどが投稿してきて担任教師が入室した。


「おはよーうございまぁす。早速皆さんにご報告です…ご存じの通り、月末には文化祭があります」


 担任のさかい先生が眠たそうに話す。あの人、また徹夜でゲームとかしてたんじゃ…しかし文化祭か。今日からどんな催しを出すかを決めていくのだろう。そして文化祭一週間前から会場の設営が始まる。授業も午前で終わり、午後からは準備時間という学生にとって非常に助かる期間だ。


「えー、今回の文化祭ですが…出展は隣のAクラスとしてもらいます。そうです、合同です」


 今までは各クラス個別での出展だったが、今年は少し違うらしい。堺先生曰く2クラス合同で催しを決める。人数が多くなればそれに比例して物事の決定に時間がかかると思うが、規模は大きくできるかもしれない。生徒の自主性を重んじているこの学校らしい案だが、さっきからチラチラと視線を感じる。Aクラスと合同で、という話が出てからだ。主に女子から感じるな。


「というわけで今日の5,6限を使って催しを決める。皆何か考えておいてくれー」


 理由は何となくわかる。Aクラスというと湯那と柿崎の所属するクラスだ。つまり元カノとその今彼の属するクラスと合同という点が気になっているのだろう。

 意外と男女の幼馴染が高校まで交流して、さらに交際しているというのは珍しいようで、おまけに片方が学年人気トップクラスの湯那だ。入学早々この関係が露呈したのはそれだけ僕たちが一緒にいたという証明。そんな二人が交際して破局したというなら話題性はそこらのカップルの破局話の比じゃなかった…らしい。

 湯那がフリーならそこまでだったんだろうが、彼氏がいるし何なら同じクラスだ。僕たちが気まずくならないかの心配なんだろうが…余計なお世話だな。恋人が出来ようが接し方は変わらない、というか別れた後も僕たちが普通に話しているのはみんな知ってるだろうに。だが、考えてみれば柿崎とはあまり話したことがない。彼にとって僕が『幼馴染にして元カレ』という不穏極まりない存在というイメージが強いのであればその不安は無用であると知ってもらいたいものだ。


「悪くないな…」


「どうかした?日比鳴くん」


「ん?あぁいや、ちょっとね」


「そう?何かあれば言ってね?」


 隣の席の八重樫やえがしさんに要らぬ心配をさせてしまったが、この文化祭準備期間は僕にとっても重要なものになりそうだ。

 もし僕の存在が柿崎にとってノイズなら、それを晴らさなくちゃいけない。。あり得ない心配のせいで大切な幼馴染の人間関係を狂わせるなんてあってはならないのだから。

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