八百六十七年の孤独

鈴音

三年目の春の話 1

 だからどうしてこういう事に巻き込まれるのだろうか。誰か教えて欲しい。ついでに巻き込まれない方法も。

 例えばお姫様だとか貴族の令嬢とかなら巻き込まれても王道展開だろう。そういう娯楽本は田舎でも手に入るくらいだし。キラキラのお姫様が悪い奴に攫われてしくしく泣きながら震えていると、キラキラの王子様が助けに来て悪い奴を倒して、めでたしめでたし。うむ、しっくりくる。

 それではありきたりだと意外性を求めるにしても、もっと見目麗しい女性だとか、陰謀で没落してしまった元王侯貴族だとか、そういうものでいいじゃないか。平民だけど明るくて美人で器量よし、そんな女の子がひょんなことからキラキラの貴族様に見初められて玉の輿。快く思わない他の貴族様から嫌がらせをうけつつも、健気に逞しく立ち向かうその姿に味方は増えて二人の絆はもっと深くなって、めでたしめでたし。うむ、これもしっくりきますな。

 そう、そういうものだよね。みんなが期待してるのは。

 何故に一般庶民、しかも田舎者の私がこんな目に遭うのだろうか。もっと自虐すると適齢期などどこかに置いてきたような開き直りさえもあるというのに。

 畑を耕したり家畜の世話をしたりで泥だらけの生活を送っていたので、都会の勉学に励んでいる男性より腕力はあるし、出稼ぎに都会に出て来て数年も経つのに未だに興奮すると訛ってしまう。ちなみに家を出たのだって姉が婿をとったから居心地が悪くなって飛び出したという理由なのだ。出会いを求めて家を出たと実家では思われているだろう。実際そうだ。それは否定出来ない。

 その求めた出会いも最悪な結果になり、やさぐれたところで急展開。

 確かに、もっと私が若くて美人だったなら、やべぇキタコレってなっただろう。

 しかし一人で生きようかと腹を括りかけていたくらいには悟り始めていたわけですよ。自棄になったとかじゃなく、本気で。

 ぶっちゃけ、都会の空気に馴染めないんだわ。

 日々移り変わる流行だとかに振り回されるのもうんざりだし、それなら進化して殺虫剤が効かなくなってしまった害虫をどうやって駆除するかを考える方が性にあってる。ガールズトークで盛り上がるより近所のおっちゃんおばちゃんと害獣が出たかどうかの情報を集める方が有意義だ。

 かといって逃げるように実家を出た手前、何かしら、そう何かしら、成果が得られないと戻り辛いのだ。例えば結婚とか、商売で大成功を収めて自分の稼ぎだけで一生安泰だとか。前者はともかく後者は都会に馴染めない時点で無理な話なのだと理解したけど。

 お世辞でも女性らしいとは言えない性格、外見偏差値も平均値。玉の輿を狙う事も早々に諦めた。顔面がどうこうっていうか、何というか、ドレスとか、女性が憧れる服装がとことん似合わないのだ。恐ろしいまでに。田舎者だから仕草がどうこうとかそういう事じゃないだろう。顔つきとか歩き方とか色々な要因が重なって、ドレスがとてつもなく似合わない生き物、それが私なのだ。

普通のワンピースにエプロン。青果店で働く姿に目が慣れすぎたのかもしれない。ほら、見慣れた姿が一番良く見える事ってあるじゃないか。そう思った事もないわけじゃなかった。

だがしかし、ドレスを着たいと言えば着せてもらえる状況におかれている現在、言おう。私は本当にドレスが似合わないと。色々な種類のドレスを着せてもらったけれど、ひとっつも着こなす事は出来なかった。着せてくれた侍女さんたちが必死で褒めようとするのが更につらくて、あれは本気で泣くかと思った。ちなみに、ドレス以外のフリルがついたワンピースとかのおしゃれ着も惨敗だった。これは泣いた。

 まあ、なんやかんやで色々ありまして。

 庶民なりの図太さで、それなりに慣れてきたと思っていたのだけど。


「アズールから招待状が届いたから、ちょっとカジャルまで一緒に行ってみない?」


 とてつもなくいい笑顔で、逆らう事は許されない空気を出しながら、選択肢を与えられるという理不尽な状況に慣れてきたという自覚はある。悲しいけれど事実なので否定しない。

今回の場合、頷く以外に選択肢なんてあってないようなものだ。

 カジャルとは私たちが住んでいるマーリオールとは友好関係にある常夏の国である。

 しかし、いくら友好関係にあると言っても二つの国の間には大きな海が立ちはだかっているわけだ。そうすると船で行くしかない。招待状をもらうような間柄である、ただの民間交流ならいけるだろう。しかし、今回は小舟一つで行くような気楽なものではないわけだ。彼が言うような『ちょっと』なんて簡単なものでは決してない。

だがしかし、それを簡単に口にする相手という事をまず理解してもらいたい。そんな相手に庶民が勝てるだろうか、勝てるわけがない。

 次に、私の現在の職業について説明したい。

 確かに招待状の宛先は私だった。しかしだな、招待状が受け取れるような職に就いてるかと聞かれれば、第三者には鼻で笑われると思う。

 私の職場は王宮である。王宮は王宮ではあるけれど、その敷地内にある騎士達にあてがわれた建物(正式な名前すら覚えてない)、の、更に隅っこの方にある下級騎士の為の食堂。そこが現在の私の職場である。しかも役職はただの下っ端。

王族には王族専用の厨房と食堂があるし、王宮内で働く人にはその階級に見合った厨房と食堂がある。その中でも下の下である。別にご飯が不味いとかではない。まあ、確かに舌が肥えたお貴族様の口には合わないかもしれないけれど、訓練でへろへろになった下級騎士達のお腹を満たすには十分だ。実家のご飯より美味しいと泣いた人だっているんだぞ。その子も田舎出身者だったから田舎トークで盛り上がったという裏話。

ええと、まあ、どう考えても他国に招待状をもらえる立場ではないことは理解していただけただろうか。

 溜息、ひとつ。

 だからどうしてこういう事に巻き込まれるのだろうか。誰か教えて欲しい。ついでに巻き込まれない方法も。切実に。

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2024年9月24日 18:00
2024年9月25日 18:00
2024年9月26日 18:00

八百六十七年の孤独 鈴音 @tinklingbell

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