三年目の春の話 3
私が暮らすマーリオール国は、未だ終わる事のない魔族との争いに対する備えが田舎の方まで行き渡っている。かなりの田舎で育ったわたしですら魔族を一度も見た事がないくらいには。
その理由の一つにして最大の理由でもあるのは、竜との共存。
竜といっても絵本の挿し絵になっているような巨大なトカゲのような姿ではなく、普段は一見すると只の人間だ。只の、といっても、背は一般的な人間よりは高く、容姿も半端ないくらいに整っているので大体は一目でわかるのだけれど。
魔族には会った事はないけれど、竜なら結構な頻度で見かける国、それがマーリオール国に生きる人々の日常である。
何故竜と共存する事になったのか。
今は一つの大陸全てが一つの国となっているけれど、昔は小さな国がいくつもあって、常に緊張状態だったらしい。
その頃はまだ竜はおとぎ話の中の存在で、人間達は武器を手に取って戦っていた。稀に精霊を操る精霊使いや、自身の魔力を操作する魔法使いがいたけれど、人間の大半は普通に武器で戦っていたそうだ。同じ人間と。
毎日どこか戦争が起こっている日常。そんなある日、一人の精霊使いが現れたのだ。
その人は全ての精霊王を従えていたという。上級精霊を使役出来るだけでも人々から尊敬された世界で、彼女はどのように映ったのか。人間の器に複数の精霊王が収まる事は不可能で、突然暴走した精霊達に人間達はなすすべもなかった。
小競り合いをしている場合ではないと、人間達は協力して対抗し、その中で一人の若い王が竜との協力を提案した。周囲が止める中、彼は竜を探して地の果てまで行き、そして一頭の竜を連れて戻ってきたのだ。
こうして暴走した精霊達を鎮めて、竜の加護を受けた国、マーリオールが出来たのでした。
そして此処、カジャル国。
カジャルはマーリオールより歴史が永く、開放的な国で、貿易がとても盛んな国である。国土の大半が砂漠だからというのもあるのだろう。
マーリオールとの関係は良好。他の三国と比べても王室の交流は多い方だと思う。政治的なところまでは私はわからないけれど、カジャル人は田舎でもたまに見かけるから、結構な一般人も旅行とか商売で行き来してると思われる。
とにかくカジャルは暑い。日差しを遮るものがないから暑い。暑さに弱い魔族がほとんど現れないくらいには暑い。全身を覆う布を身につけろって言われた時は暑くて嫌だーって思ったけど、実際に身に着けてみると日差しを遮ってくれるので、思っていたより快適だった。普段から食わず嫌いしないと言い聞かせていたのが自分に跳ね返ってきて地味に辛い。
王宮の近くの砂漠は暑くて抜けるのに苦労したけれど、その後は比較的気候も落ち着いて緑もちらほらと見えてきた。日が落ちて涼しくなる夕方頃から明け方にかけて移動しているのもあると思うけれども。
おそらく、北の方に向かっているんだろうな。
カジャルは砂漠に覆われているけれども、地図で見ると北側には森があるのだ。そして気候も南側より穏やからしい。
一応、それくらいの知識はないとね。
「リーテちゃんは疲れてない?」
王都を出発して二日。明日からは昼間でも移動できるという事で、今日はバルという町で夜を過ごす事になった。ずっと昼夜逆転生活だったからつらかったけど、あの昼間の暑い中を移動するなんてもっと嫌だ。むしろ死ぬ。
夕飯を食べながら隣のリーテちゃんに声を掛けると、微笑んで大丈夫と言ってくれた。可愛い可愛い! でれでれと顔がいつも以上に崩れてしまう。可愛いは、正義だ。
リーテちゃんとは結構すんなりと仲良くなれた、と思う。私が何かしたとかじゃなくて、きっと胸元にあるお守りのおかげだけど。結果が良ければいいのだよ。そうじゃなければ今もまだ刃物を突き付けられていたかもしれないじゃないか。それは困る。
二日間話しかけていた成果もあり、今では笑顔も向けてくれるのだ。美少女の笑顔。もう文字で見ただけでやばいという事がおわかりいただけるだろう。本当にやばい。可愛すぎる。美人は何をしても美人で眼福である。
しかし、そんな私の気分をいつも壊す奴もいるのだ。
「状況がわかってないっていうのは幸せだな」
呆れたような声を出しながらアズールが向かい合うように絨毯の上に座る。カジャル国では絨毯の上に直接座るのが普通。椅子に座るのが普通だった私たちは最初は驚いたんだよね。田舎育ちの私は草の上によく座っていたから順応するのは早かったけど。
偉そうに場所を多くとるような座り方が身についているのは彼が王族だから。砕けた口調だし、私とはどつきあったり口論したりする事が多いから忘れてしまいがちだけれど、これでも彼はれっきとしたカジャル国の第三王子なのだ。
蜂蜜色の髪に空色の瞳、掘りの深い顔に筋肉質な体、それに見合った身長。黙っていればかなりの美形。しかしだらしなさがだだ漏れしていて残念な男というのが私の中での彼の評価である。肝心なところでミスをするのだ、この男は。
不敬罪?知るか! 私はこの国の民じゃないから知ったこっちゃないわ!
そんな残念な男に呆れたように言われてしまえば、こっちだって口を尖らせてしまうのも当然だと思う。
「説明してくれなかったじゃない」
「取り敢えず距離を稼がなきゃいけなかったからそんな暇はなかったんだよ」
そう。王都を出てからは真昼の一番暑い時間帯以外はラクダ様に物凄くがんばってもらったんだよね。私はてっきり早く帰してあげたいという気持ちからの行動だと思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。
そしてそんなに急ぐ理由といえば、心当たりは一つ。
「そんなに兄上とやらは面倒な人なの?」
リーテちゃんを拉致監禁したという、アズールの兄上。会った事も話した事もないけれど、カジャルに来る前にジルベルト様に聞いた話では「特に特徴はない」っていう話だったような。その時は「王族って言っても地味な人もいるんだなあ」くらいにしか思わなかったけど、もうちょっとじっくり聞くべきだったかもしれない。
侍女としてついて行くからには色々と教えて欲しいのですがと言った私に「え?何もしなくていいんじゃない?」って本気できょとんとしていたジルベルト様だ。聞いても何も得られなかった可能性の方が高い。
あ、良い噂は聞かないって言ってたっけ。特徴がないのに良い噂も聞かないって何だそれ。ちょっと意味がわからない。けど、碌な大人じゃないって事はわかった。畜生。
今更後悔しても遅い。取り敢えず弟が目の前にいるのだから、コイツから聞き出すしかない。
「超が付くくらいにはな。今頃すっげぇ焦ってるぜ」
話してる内容としてはニヤニヤしていてもおかしくはないのだけれど、実際のアズールの表情はとても疲れ切っている。がっしりとした体格に見合った体力を持っている彼だから、その疲れは今回の旅によるものではないだろう。
そう考えると、アズールの兄上はかなり厄介なのかもしれない。
「それなら休んでる場合じゃないんじゃない?」
「大丈夫だろ。兄上、第二王子の方な、アイツは貧弱だし…獣化しても砂漠ではラクダより遅いと思う」
「虎なのに?」
「そ」
カジャル人の特徴は獣化できる人間がいるという事。魔法を使える人も稀に存在するのは私の国と同じだけれど、こちらには精霊が見えたりする人はほとんどいない。精霊も神と同じく見えないけれど尊い存在ということになっている。あ、精霊がいないというわけではないのだ。今現在も蝋燭の炎の横で戯れている火の精霊が私には見えているし。
獣化できる人達は人獣と呼ばれていて、その中でも虎に変化できる血族が王族として治世する仕組みになっている。今の王様も王子三人も全員虎に変化できるから安泰なんだけど、まさか貧弱な虎がいるとは。第一王子が貧弱じゃないのが救いだ。そして拉致監禁した人物でもないっていうのも。流石に第一王子が貧弱で拉致監禁の首謀者なんて目も当てられない。
ちなみにアズールの獣化は見た事があるけれど、とても立派な虎でした。折角乗せてもらえたのに無様に落ちた私が言うのも微妙ですが。
「でも、それだけリーテちゃんが凄い子っていう事だよね」
安心させるように撫でながら、わざと軽い感じで言う。子供って凄く敏感だから隠しすぎてもダメだし、逆に何でもないように見えて凄く傷ついてたりするから難しいんだよね。まあ、子供がいない私が言っても説得力ないですが。
自虐ネタで地味に傷ついている私の向かい側でアズールが杯を煽りながら呟く。
「そいつは月狼の民だからな」
欲しがる奴は沢山いるだろう。
そんな事言われても何のことだがさっぱりわからないのですが。
眉を寄せる私に気付いたんだろう、アズールが説明してくれた。
「カジャルの北には月狼がいる。この国では月狼は世界の終焉を告げるっていう伝説があるから、人間達は彼等を刺激しないように南を中心にして暮らしているんだ」
その月狼と暮らしているのが月狼の民と呼ばれる人達で、そこに人獣はいないらしい。リーテちゃんが狼になったらきっと綺麗なんだろうなとか期待していたからちょっとガッカリ。ちょっとだけだよ。本当に。
月狼の民の中でも金色の瞳を持っているのは特に選ばれた存在で、対になる月狼がいるらしい。だから金色の瞳のリーテちゃんは月狼の民の中でも貴重ということだ。
「でも、そんなに貴重な存在なのにどうして保護されちゃったの?」
対になる月狼がいるとアズールは言ったけれど、その関係性はどのくらいのものなんだろう。
何かの儀式の時くらいにしか顔を合わせないのなら、突然拉致されても気付くまでに時間がかかるかもしれない。そうだったとしても、子供がいなくなって親や周りの人たちが気付かないっていうのもどうなんだろうか。
あくまでも私主観の考えだから、それが正しいとは思わないけれど。
「詳しい事は俺も調べきれなかったが、どうやらたまたま森の外に出たところに巧く言いくるめられて連れてこられたみたいだな」
「誘拐じゃない」
「そこは否定出来ないが……犯罪紛いの行動をするくらいに追いつめられていた事に気付けなかった自分も情けなくてな」
苦しそうな顔だ。まるで甘い果実酒だと思って一気に飲み干した後に青汁だったと気付いた時のような。
そうは言うけれど、アズールが他の王子達と仲が良くないのは周知の事実だ。特に第二王子とは。
アズールの母親は貴族でも何でもないただの平民で、アズールはその息子。獣化出来るから王宮に上げてもらえたようなものだとは笑って話してはいたけれど、笑えないような事も沢山あった筈だ。そんなアズールだからこそ、国境や身分を超えて友情を築けた。
劣等感とか疎外感だとか、そういうものを抱えて、それでも兄と呼んでいたアズールの気持ちを考えると何とも言えない気持ちになってしまう。私はアズール側の人間だから余計に。第二王子は第二王子なりの葛藤があったのかもしれないし。
しかしこれはアズールの問題だから、彼自身にがんばってもらうしかない。頑張って、それでもダメだったらいくらでも愚痴をきいてあげよう。
場の空気が暗くなりかけたからだろう、不安そうに見上げるリーテちゃんの頭を撫でる。
「絶対に、おうちに帰してあげるからね」
肩の力を抜いたリーテちゃんが目を細める姿を見て頬がゆるんでしまうのは人間として当たり前なんだと思いたい。でれでれである。
人間にとっての最大の敵は、人間だと思う。
この世界には魔族という共通の敵が存在しているけれど、それでも、そう、思う。
将来を約束していた男を寝取られた私が言うのだから間違いない。
まあ、そこから私の人生が全く違う方向に踊りだして現在に至るのだから、本当に、人生って何が起こるかわからない。
「クルミは他の人間とは違う」
ジルベルト様以外は視界に入ってないんじゃないの?そんなアーシャに気に入られたのは構わない。庶民が王宮にいるだけでも居心地が悪いのだ。一人でも普通に話せる相手がいるのは心強いから。
しかし、何度も繰り返すけれど、私は庶民だ。庶民の中でも田舎者の部類である。実家の方では未だに物々交換が成り立っているくらいには田舎である。王宮の空気を吸っているだけでも胃痛がするので、王宮内に部屋を割り当てるっていうお誘いを丁重にお断りした事もある。
そしてアーシャと言えば、ジルベルト様が十歳の頃から傍にいるのだ。そんな彼女がどうして私に懐いたのか、気にならない筈がない。
その問いに対する答えが先ほどのものである。
竜と人間の親から生まれた子を竜人という。竜人は竜の半分程の寿命しかないが、それでも人間から見ればかなりの長生きさんだ。アーシャはその竜人なのである。
竜人は竜からも人間からも疎外されやすい生き物で、噂では竜人達の街があって、そこでひっそりと暮らしているらしい。彼女も例に漏れずひっそりとそこで暮らしていたそうだ。二百年くらい。
そんなアーシャがある日出会ったのがジルベルト様、十歳。お互いに一目ぼれ。色々と突っ込みどころは満載だけど、そこは無視する。
なんやかんやで二人はめでたく結婚する事になるのだけれど、竜人には繁殖能力がない。だから次の王を産めない。それじゃ側室にうちの娘はどうですか攻撃開始。ジルベルト様の為と言われてしまえば人間社会に疎いアーシャは何も言えない。それを知ったジルベルト様切れる。王位継承権を妹君に譲渡。どやっ。…という、流れでアーシャは元々の人間嫌いを拗らせてしまっていたのだ。ざっくりすぎるとか言わないでいただきたい。
そんなアーシャに他の人間とは違うと言われてもなあ。
「アーシャが知らないだけで、普通の人間なんてこんなものだと思うけど」
ジルベルト様の傍にいるという事は庶民と触れ合う機会も少ないだろう。必然的にドロドロとした人間関係に触れてしまっただけで、人間の大半が私みたいなものだと思う。
そんな私の考えもアーシャはぽっきりと容赦なく折ってくれた。
「普通の人間にそれを与えたりしない。まして誓約者でもないのに」
思わず、ぐう、と喉から音が漏れた。
それ、というのは胸に下げたお守りの事。
確かにそれを言われてしまえば何も言えなくなってしまう。こうやってアーシャと直接言葉を交わせるような位置にいれるのも、これが原因みたいなものだ。
溜息を吐く。
こんな生活をするようになってから増えたそれは、不思議と今までのものとは違ってて、吐いた後に笑ってしまうのだ。こうやって。
「何でかなあ、昔から人間以外に好かれてしまうんだよねえ」
実家で育てていた牧羊犬に羊、牛、馬、近所の猫、そして、森の中の小屋に住んでいた竜。
思い返せば、きっと、その頃からもう、この道を通るように誘導されていたのかもしれない。
誘導、という言葉には当てはまらないかもしれない。
でも、運命なんて言葉ではないと思うから。
避ける事だって出来た筈だ。現在の記憶を持って時間を遡れるのなら、私は迷いなくここまでくる為の道を徹底的に避けるだろう。何度だって選ぶわ、なんてロマンティックな事は言わない。こんな苦労、避けられるなら避けたいし。
それでも、私はもう選んでしまったから。
誘導されようが何だろうが、選んだのは自分だ。
自分で選んだのだから、責任をもって、最後まで。
そう、最期まで。
「クルミはどうして私を助けてくれたの?」
リーテちゃんが布団の中でその疑問を口にしたのは夜も更けた頃だった。
アズール達が壁の向こうにいるからか声は潜められていたけれど、人獣であるアズールには聞こえているのは理解しているらしく、視線を私から時折外しながら。それだけでも彼女がどういう生活を送ってきたのかが見えてしまって、切なくて布団の中でむぎゅっと抱きしめる。
抵抗も、体が強ばることもない。それだけが今現在の救いだ。
「どうして、うーん、どうしてだろうね」
「私が子供だったから?」
「それもあると思う」
疑問に答えられない事に申し訳なく思うけれど、頭で考えるよりも先に口から言葉が出てしまったのだ。年齢を重ねた分だけ慎重になったと思っていたのだけれど、現実はこんなものだし、なんとなく、その原因はわかっている。
胸元に手をあてて、その存在を感じる。意識をそれに集中すると、ほんのりと熱をもつ錯覚。
「私はね、これのせいで庶民の庶民による庶民の為の安穏とした生活から無理矢理剥がされて、色々と大変な目に遭ってきたんだよね」
それこそもう、死ぬかもしれないと思った事だってあった。
普通に生きていれば祖国では見る事もなかった魔族に殺されかけた事もあったし、それこそアズールやジルベルト様のような王族と知り合いになる事もなかった。そして、この小さな少女にも。
以前のような泥や埃にまみれた生活に戻りたいと思った事がないわけじゃない。小さい時ならまだしも、大人になってから王宮勤めになるなんてしんどい事だらけだ。根っこがバリバリの田舎者だから余計に。
「嫌な人にも会ったし、嫌だなって思ってた人が実はとってもいい人だったって事もあった。そういう事が三年も続くと学習するから、リーテちゃんがいい子だってわかるようになるんだと思う」
「いい子…」
そんな事を言われたのは初めてだったのだろうか、言葉を噛みしめるように呟く姿がまた可愛くて、むぎゅっ。
おうちではどうだったかわからないけれど、きっと第二王子に誘拐されてからは辛い思いをしていたに違いない。それなら少しでも優しい言葉を与えてあげたい。変な奴に捕まっちゃったけど、外は怖いだけの世界じゃないんだって知って欲しかった。きっと、それは自己満足でしかないのだろうけど。
「例え騙されたとしても、それはそれ、私の見る目がまだまだだったって事だから気にしないでいいからね」
わざと冗談に聞こえるように片手を振りながら軽い口調で言う。アズールに聞こえていた時の保険みたいなものだ。まあ、聞かれているのは確実だと思うけど。
なのに、リーテちゃんが、突然、強い力で私の手を握って。戸惑う私の瞳をまっすぐに見て、言う。
「私、クルミの事は騙してなんかいない。騙さない。約束する」
その迫力に言葉が紡げないでいると、リーテちゃんは私の胸元に視線を移動しながら自分の胸元に手をあてて、それから再度視線を合わせた。
「月狼も同じ。約束した事は必ず守る。信じて」
約束を破るのは人間だけ。そう言った人ならざる者の声を思い出した。
月狼もまた、根本的には彼らと同じなのかもしれない。そして、月狼の民と呼ばれるこの少女たちも。
それならば、私の答えなんて、ひとつしかない。
「信じるよ。私も、リーテちゃんをおうちに連れて行くって、これに誓うから」
きっとリーテちゃんがこの胸元の物に触れようとしないのは、それが何であるか理解しているからだと思う。知識として知っているとかじゃなくて、本能的に持ち主以外は触ってはいけないものだとわかっているんだ。だからこそ、これの持ち主である私に向かって約束という言葉を口にしたのだろう。
不安が少し消えて気がゆるんだのだろう、うとうとし始めた彼女の背中をあやすように規則的にとんとんと叩いていると、それほど時間をかけずに寝息が聞こえてきた。起きている時は気が張っているからか少し大人びた表情に見えるけれど、寝顔は幼くて可愛い。いや、子供はどんな顔でも可愛いよ、うん。
自分のものではない寝息につられて欠伸をひとつ。明日からは朝も早いし私も寝ようと瞼を閉じた一瞬、忘れないでと言うように銀色がよぎって、思わず口元がゆるんでしまった。あぶない、あぶない。
私の結構よくあたる勘が既に警鐘を鳴らしていたのだけれど、この時はまさかねーくらいにしか考えてなかったのだ。く、悔やまれる。
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