お面
氷雨ハレ
お面
「で、顔を見せたらどうだね?」
神は目の前の男に対して言った。ここに男が来てから長い時が過ぎ、温厚な神の堪忍袋もその限界を見せ始めていた。
「ですから神様。私はこのお面が外れなくて困っているのです」
「馬鹿を言うな人間よ。お前が顔を見せない故、お前の生前の行いを見ることが出来ず、天国か地獄のどちらにも送ることが出来ないでいるのだ。後ろを見てみろ。沢山の人が並んでいるではないか。さあ、早くお面を外せ」
「ですから……」
だじろぐ男の顔面に付けられたお面は不気味な程の笑みを浮かべており、顔にピッタリと張り付いているように見えた。魔法の鏡は男の人生でなく、男のSNSのアカウントを映し出していた。
「あぁ、もう堪忍ならぬ。我が直接取り除いてやろう」
神が男に手を向けると、その瞬間男に雷が落ちた。その光と声にならない男の叫びは、広い金糸雀色の空にどこまでも響いた。
お面がガタガタと震え始める。お面は顔に食い込んでるようだったが、血が出ることはなかった。
なかなか取れないお面に痺れを切らした神が雷の出力を上げた次の瞬間、大きな音と共にお面が外れた。それを見た神は、一度は喜んだものの、再度見て落胆することになった。————まだ、お面が付いていたのだ。
さっきまでニコニコしていたお面は、今度はイライラしているように見えた。鏡を見れば、そこには先ほどとは違うアカウントが映し出されていた。一般的に「鍵垢」と呼ばれるものだった。
「おい神、よくもやってくれたな! ぶっ殺してやる!」
そう叫んだ男に神は容赦しなかった。再び雷を、最初から最大出力で放った。男のお面はすぐに外れた。
「や、やめてくださいぃ! 謝りますからぁ! ごめんなさい、ごめんなさい」
両の腕で顔を隠す男の奥にはお面が潜んでいた。よく見れば涙を流している。鏡にはまた別のアカウント————一般的に病垢と呼ばれるもの————が映されていた。
最終的に神は溜息を吐きながら雷を放ち、そしてようやく男の本当の顔が明らかとなった。鏡には男の正しい人生が映し出されていた。神はそれを見て、男を地獄行きにした。だが、その判決が出るころにはすっかり男は伸びてしまい、それが邪魔になったので天使達に運んでもらうことにした。
男がいなくなったのを見て、男の後ろに並んでいた女は自身が見ていたスマホをポケットに入れ、気怠るそうに神の前にやって来た。神はそれを見て苦い顔をした。
「全く、最近の若者と言ったら」
その女にも、お面が付いていた。
お面 氷雨ハレ @hisamehare
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