Paimon

 赤黒い部屋のなかに足を踏み入れた。

 正方形の部屋でまず目につくのは、部屋の中央に鎮座した天蓋てんがい付きのベッドだった。そこに誰かが横たわっていた。

 天蓋から垂れ下がったシルク・カーテンの向こうに人影がみえた。

 寝息が聞こえてくる。


 誰だ?

 生きた人間か?

 いや、そんなものいるはずがない。

 いるのは悪魔だけに決まっている。

 ひょっとしたらあの男性が話していた〈家内〉とはこれのことを言っているのかも知れない。

 人の血肉を食らうという悪魔……。


 扉から向かって、左手にはドア、右手には暖炉があった。左手のドアを開ければここから出られるのだろうか?


 と、何の予兆もなく、ベッドがきしみを上げた。

 カーテンの向こうで人型のシルエットが半身を起こした。


 剣を両手で構えて、僕は成り行きを見守った。

 やがて、カーテンの向こうの人物は、ベッドを下り、カーテンをかきあげた。

 

 青いケープ姿の老婦人。

 長い髪は全て白髪で、乱雑に生えていた。


 老婆の顔は僕に向けられていた。

 赤くにごったそのまなざし。ろうそくのように白い顔。口は耳まで裂け、歯列がのぞいているのだが、その犬歯は異様に大きく、また、先が尖っていた。

 グルル……。

 犬のような唸り声を老婆は上げた。


 老婆が近づいてくる。

 一歩。また一方。

 紫色の腐った口内を見せつけるようにして。

「く、来るな!」

 僕の恐れている様子に、老婆は喜んでいるように見えた。

 目をカッと開き、口をあんぐりと上げ、僕に向かって飛びかかってきた。


「うわあああ!」

 すんでのところで身をかわし、老婆は壁へと激突した。だが、それをものともせず、くるりと態勢を変え、再び飛びかかってくる。


 僕は剣を両手で握ると、老婆に向かって振り下ろした。

 ぎゃああああ。

 部屋のなかを悲鳴がみたした。

 僕のはなった一撃は、老婆の白い顔を縦方向に切り裂いた。おびただしい血が吹き出し、老婆は顔を押さえてうずくまった。


 ――やったか?

 ほんの一瞬気が抜けた。

 老婆はまだ生きていた。

 その体が飛び込んできて、僕を壁際へと押しやった。

 背中に衝撃。

 その時、手から剣が落ちた。

 剣は床を転がっていく。


 僕は老婆に押し倒され、床に背中を広げる格好になる。

「がああああああっ!」

 吠え声とともに、汚らしい唾液が僕の顔に、全身に浴びせられる。

 腐肉の悪臭が鼻腔に突き刺さった。

 ぽた、ぽた。

 老婆の顔から垂れる血液が、僕の口に降り注いでくる。


 老婆は僕に噛みつこうと、顔を近づけてくる。

 僕はそれを押しのけようとするのだが、老婆の力たるや動物のものではなく、まるで重機のようで、とても叶わない。

 このままでは殺される。


 ふと視界の端っこに天使の剣が落ちているのが見えた。

 手を伸ばせば届きそうだ。

 だが、油断すると老婆に喉元を噛み砕かれる……。


 僕は自由のきく片足で、老婆の腹を蹴りつけた。ありったけの力で。

 老婆の体が後ろにのけぞった。

 ――今だ。


 手を伸ばし、天使の剣を取る。

 僕が剣を水平にいだのと、老婆が態勢を立て直したのはほぼ同時だった。

 剣の刃が老婆の首への半ばまで食い込んだ。

 グギギギギ……。

 抗議の悲鳴が老婆の喉からほとばしった。

 僕は、更に剣に力を加え、老婆の首肉を切り裂く。

 やがて、その首は胴体から離れ、床を転がった。

 

 どさっ。

 力を失った老婆の胴体が僕へと落ちてきた。

 僕は大きく呼吸をし、剣を支えにして立ち上がった。

 今度こそ殺したか……?

 目と口を開ききった醜い頭部が転がっていた。顔を半分に割かれ、赤い肉が見えている。両目はむき出し、口は断末魔の悲鳴そのままに開け放されていた。

 殺したか……!?


 その時、振動が起こった。

 建物が揺れている。

 天井から埃のつぶがぱらぱらと降り注いできた。

 地震か!?

 違う、建物が崩れようとしているのだ。 


 こうして突っ立ってはいられない。

 僕は東側の壁にあるドアへと飛び込んだ。

 

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https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085432665387

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悪魔の棲む部屋【インタラクティブ・ホラー・ノベル】 馬村 ありん @arinning

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