behemoth

 ドアを抜けた先には長い廊下があり、そこをさらに進むと、屋敷のエントランスと思しき場所があり、外の日光が差し込んできていた。

 出口だ。

 いよいよ外に出られる。


 建物の揺れはいよいよ激しくなり、天井から粉や破片が落ちてくる。

 早く逃げなくてはいけない。


 エントランスホールには外に面した大きなガラス扉があった。

 剣を打ち付けると、ガラス扉には僕が通り抜けられるくらいの大穴があいた。


 屋敷の外は暴力的なまでの自然でみちあふていた。みだりに枝を伸ばす樹木。腰の高さまで伸びた草。

 エントランス外の道はアスファルトが荒廃していて、雑草に侵食されていた。


 建物を出て、雑草のなかを突っ切り、振り返った瞬間、大きな音が鳴り響いた。

 屋敷が崩壊を始めた。

 がらがらと崩れ落ち、大地を震わせた。遠くの木々から鳥が飛び立っていった。

 僕はそれを黙ってみていた。

 

「無事だったのね」

 気がつくと、僕の背後には何者かが近づいてきていた。

 女だった。

 髪の長い、肩を出したレザーワンピースの女。

 ホテルであった女だ。


「――お前が僕をここまでつれてきたのか」

 崩れ行く建物をながめながら僕は言った。不思議と怒りがわいてこなかった。すべてが終わりを迎えたからだろうか。僕は冷静だった。

「そう」

 女も建物をながめているらしかった。


「なんでそんなことをしたんだ?」

「裏サイトで仕事を引き受けたの。誰でもいいから人間を拉致らちしてきたら金を払うって。金払いがよかった。ヤバいくらいよかった」

 女はタバコに火をつけた。

「でも後で、なんだか気持ち悪くなっちゃって。戻ってきたのよね。特になにかするつもりはなかったんだけど。そしたら、あなたがいた」

 女は銀色のシガレットケースからタバコを一本差し出した。タバコは吸わないことにしているのだが、今日は一本ほしい気分だった。

 女がライターをつけた。

 僕は火にタバコをあてがい吸い上げた。ジュッ。タバコの先端に火が灯った。僕は紫煙とともに息を吐いた。


 屋敷は完全に崩れ落ちた。

 悪魔の居城はいまや完全にこの世から消えたのだ。

 静寂が僕たちを包みこみはじめた。


「話を聞かせてくれる? 屋敷についての話を」

 女は言った。

「多分信じてくれないと思う」

「信じてほしいなら信じるわ」と女は「詳しい話は車の中で」

 女の指さした先に、トヨタのセダンがあった。

「いいよ」

 僕はいった。


 僕を乗せたセダンは、せまい山道を下っていった。ここがどこなのか、僕はしばらく分からなかった。

 道路に県名表示が現れると、そこでようやく自分がどのくらい遠くへ運ばれてきたのかを知った。


 やがて車は駅につき、女はトランクから僕の荷物――手提げバッグを取り出すと、僕に手渡した。

 僕たちはあいさつすることなく別れた。

 女の名前は聞かなかった。



GOOD END


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https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085373197789

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