勇者、【薬草アレルギー】が懸念

千瀬ハナタ

勇者、【薬草アレルギー】が懸念


 神よ、俺の話を聞いてくれ。


 俺は、村の小さな教会で二礼二拍手一礼をする。おっと間違えた。こちらでは指を絡めるように組んで祈るんだった。


 俺は勇者。超ありがちな異世界からの転生者というやつだ。


 先日、長年の修行が世界に認められたのか、はたまた偶然か胸元に勇者の紋章が浮かび上がり、魔王との決戦を運命付けられた。


 いや正直嬉しいよ?


 異世界転生で勇者。めっちゃ王道やんけ。嬉しくないわけはないよ。


 なんなら自分の腕にもある程度自信はあるし、恐怖しているかって言われるとそうでもないよ。


 しかし、俺は七日間旅の出立を先送りしている。


 分かる! 君の言いたいことも。早く出ろよって言いたいんだろう。


 いや、でも考えてみて欲しい。


 回復系のアイテムを使えないという状況を。つまるところ、俺は薬草アレルギーなのである。


 俺は某“竜探求”ゲームの大ファンで全作プレイしてきた。そして、全てのシリーズで“やくそう”を買いためたとも。終盤になっても買いためて買いためて混ぜ合わせて超万能なおくすりなども作ったとも。


 そう、俺は石橋を超絶叩いて渡るタイプなのだ。


 その俺が! 薬草持たずして旅に出られるか?!



 否!!!



 勢いよく顔を上げたので周囲のご老人がこちらを心配そうに見る。皆の祈りを邪魔して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 神よ。


 創作の世界にはチートスキルなるものが溢れかえっておりました。多くは望みません。どうか、この【薬草アレルギー】なるどう考えてもデバフな体質を治していただけませんか……?


 ……。

 …………。

 ………………。


 俺は、すごすごと教会を出た。お天道様はもうてっぺんに昇っている。俺は立派な引きこもり(村)ニート……。


 いや。もはや、悩んでいても仕方ないのではなかろうか?


 一歩を踏み出す勇気がある者だから勇者なのだ。こんなことでは勇者なる称号が泣く。




 俺は、とうとう十九年間生きた村を出た。少子高齢化の進む辺境の村でジジババに可愛がられて育った俺は、みんなに大きく手を振り、一度背を向けると二度と振り返らなかった。


 目指すは隣町。まずは冒険者ギルド支部に行って仲間を集めるのだ。


 あれだけ懸念だった途中の魔物も、長年の修行の成果か簡単に対応することができる。


 なんだ、俺に足りないものは勇気だけだったのだ……。


 いくつもの街を越え、いろいろな人助けをするうちに、囚われの聖女を救出する。彼女は俺に恩を返すため、旅に同行することとなる。


 彼女の美しさに心惹かれていた俺は、それが嬉しい反面、自分の汚さに苦しんだ。


 彼女がいれば、ここまで懸念だった回復問題が解決する。彼女の治癒の力は国王さえも求める最高のものだったのだ。


 良心の呵責に苛まれ、彼女に全てを打ち明けた。彼女は、笑って「あなたの傷を癒せるのが私なら、こんなに嬉しいことはありません」と言うのだ。


 しかし、最終決戦のとき、それは起こる。


 俺は、魔王の攻撃から彼女を護ることができなかった。戦闘不能となった彼女は、掠れる声で謝りながら、その命を散らす。


 残された俺は、決死の覚悟で薬草を喰らい、魔王にトドメを刺す。相打ちの覚悟で……。




 いや無理だよ。

 考えただけでもこの結末だぜ?


 俺のこの【薬草アレルギー】は、悲劇の結末を約束する、超絶デバフスキルなのだ……。



 そうして、俺は今日も旅に出ることが叶わず、自宅のベッドに身体を埋めるのだった。

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