第30話

魔界にて。


「ああぁぁぁぁぁぁ!!」

「うっさ……。何?」

「隷属印が消えてるぅ!」

「はぁ?それって……。」

「あのババァついに死んだんだ!ざまぁ!」

「ふぅーん、良かったじゃん。」

「よっしよし、よぉおおおおおおし!いたぁ!?」

「だからうっさいって。マリネリス様に怒られるから。」

「ええー……。ちょっとは一緒に喜んでくれても良いじゃーん。」

「はぁ……、吸血鬼の事詳しく知らないんだけど。隷属印ってなに?」

「吸血鬼は支配する為に隷属印を眷属を増やす時に付けるの。強制力のある命令をそれで行えんのよ。それの所為であのババァから私は逃げるしかなかった。けど!今見たら!消えてた!いやぁほぉおおおおおおお!!ごはぁああ!!」

「うっさいって、あんたが怒られると管理者責任で私までマリネリス様に怒られるんだから。」

「は、腹をぶち抜くのはやり過ぎやてヤイマちゃん……。」

「どうせすぐ直るんだから良いじゃん。」

「愛が足りない!私に対する愛が足りないよ!」

「ちっ……!」

「舌打ちっ!?……はぁ、でも本当に嬉しいなぁ。誰が殺したんだろう……。もしかしてベス!?もしくはリシア!?」

「誰?」

「私の友達♪」

「ああ、成程。妄想の中の人物か。」

「えっ?もしかして嫉妬っすか?いやはやモテる女は辛いですなぁ。ぽきゅ……!」

「次ふざけた事抜かしたら溶岩の中にぶち込んでやるから。」

「き、切り落とした頭を踏まないでヤイマちゃん……」

「潰されないだけありがたく思え、

「ざっす!後パンツも見せてくれてあざっ……感謝したのに頭潰された!」

「ちっ……しぶとい。」

「はあ、こんな上司を持って私って可哀想。……リシアに会いたぁい。」

「脱走兵は即処刑すっからね。」

「分かってますよー。とほほ、ごめんねリシア。愛する貴方に会えるのはまだ先の話よ……!」

「……よく知らないけどそのリシアってのは。」

「えっ?リシアに興味がおありで?良くぞ聞いてくれました!リシアと私は苦楽を共にした友!いや、最早それを超えて嫁!つまり……ぶひゃ!?」

「きっしょ……。ていうかそのリシアってのは貴方と同じぐらいの年齢なんでしょ?」

「そうだよ!ああ、本当に会いたい!ベスゥ!」

「リシアの話をしてるんだけど。」

「リシアの話だよ?」

「……あっそ。いやさぁベスだかリシアだか知らないけど。その子、あんたと同じ年の女なんでしょ?とっくに男作ってあんたの事なんて忘れてるでしょ。」

「それはないよ。」

「は?いやいや、地上の事は良く知らないけどそれぐらいの年齢なら……。」

「それはないよ、ヤイマちゃん。」

「あっ、そう。……もしいたらどうすんの?」

「だからそれはないって!んー、でももしリシアに集るカス野郎がいたら。……それこそ眷属にして溶岩にぶち込んで一生苦しめてやるかも♪それを肴に私はリシアを抱くのさぁ!」

「……クレイジーサイコレズ。」

「百合と言えぃ!」


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死体、死体、死体。

この丘から見える景色はそれだった。

アーセア大草原は名前の通り広大な草原で動植物が豊富な場所だった。

今、そこは惨劇の舞台となっていた。

見渡す限りの大草原には見渡す限りの死体の山が築かれた。

青々とした葉は血によりどす黒い赤へと染められた。

私はその景色を夢見心地で見ていた。

実際、夢なのだけれど。


その死体の山に唯一直立する人間がいた。

その人間がこの惨状をたった一人で生み出したのだ。


彼は一見平凡に見える。

まるで街のお店で働く一般市民の様な出で立ちだった。

防具の一つもつけていない、剣の一つも携えていない。

しかし彼は私の目の前で幾万人の兵士を朝餉を取る時間程度で全滅させた。

たった一つの傷もなしで。

たった一人も逃がさずに。


背筋に悪寒が走った。

彼に見られている。

それを感じた時にはもう彼は目の前にいた。

私が見ていた丘から彼まではこんな瞬きの隙間に詰められる距離では到底ない。

だが現実、その死神は私を恐ろしい程冷たい目で見降ろしていた。

何も、出来ない。

私の後ろで控えていた兵士も何も出来ないでいる。

ただ捕食者を前にしたエサの様に身体を震わせて彼の気まぐれで助かる事を祈るしかない。


「中途半端は……良くないよね。」

「ひぅ……。」


その感情が一切感じられない言葉を耳に入った瞬間。

私の意識は暗転した。

殺されたのだ。


「かっ……!はぁ、はぁ……!」


悪夢から覚めた私はベッドの上で動悸を落ち着かせようと胸を押さえる。

私の側に控えていたメイドが慌てて水を注ぐ。

それを受け取ると私は品もなく押し込むように水を飲んだ。

当然むせる。


「けふ……!けほ、げほ!」

「お、お嬢様!落ち着いてください!」

「だ、大丈夫です。問題ありません。」


動転しているメイドを落ち着かせる。

だが実際は私自身がまだ落ち着けないでいる。


またあの悪夢だ。


私の名前はカリーナ・アルトール・セレシュター。


帝国一の巨大都市の領主アルフォード・ライゼンハルト・セレシュターの娘だ。


つい最近まで呪いにより生死の境を彷徨っていたが聖遺物により呪いが解かれ今は体力の回復をする様に父から申しつけられている。

それは愛情ではなく帝王の子供の婚約者という立場が故だろう。


父は私が結婚を遅らせる為に自分自身を呪った事にすら考えが及ばない程私に興味がない。


それは文字通り命懸けの賭けだった。

死にたいほど帝王の子息と結婚するのが嫌だった訳ではない。

逆だ。

死なない為に結婚から逃れたかったのだ。

私は帝国第3皇子と結婚をする場合、その過程で死ぬ事になる。

これは胡散臭い宮廷占い師が予言した事ではない。

私のスキルによる物だ。


「少し、一人にしてください。」

「えっ?は、はい!わかりました!」


私の命令に御付きのメイドはすぐに反応し出て行った。

私は彼女が出ていき扉が閉まるのを見届けると枕の下に隠していたメモ帳を取り出す。

そこには私のスキルによって予言した私の破滅のルートについて事細かに記載してある。


私のスキル。

夢見来ドリーフォーキャス】(自分で名付けた。)は先の未来をその未来の私自身の視点で夢の中で先行体験する事が出来る。

まだ幼き頃、夢で見た事象が何度も現実世界で起き、それに気づく事が出来た。

これについては父も知らない私のトップシークレットだ。


私はこのスキルでもう既に何度も自分の破滅を回避してきた。

あるルートでは私は父に恨みを持った人間の手によって毒殺された。

またあるルートでは父の政敵に誘拐され父は私をあっさり見捨てた為陵辱の末に殺された。

またある時は……


大体父が原因で死んでいる気がするが私はこのスキルで私の死を事前に察知しそのルートから逃れて来た。


その流れで父が何故か身の程に余る立場を手に入れる事となってしまったのは私の大きなミスだろう。

その所為で私はまた複数の破滅ルートを起動させてしまった。


その一つが帝国伏魔殿暗殺ルート。

そしてもう一つ。

先ほどの悪魔の内容だ。


これは数年前から私の夢見来に突如現れた予言だ。

場所は限定されずに変わるが私を殺す相手は変わらない。

平凡な出立ちからあの底冷えする様な恐ろしい目。


私は赤色で付箋を付けたページを捲る。

私はつい最近までその人物が誰なのかすら知らなかった。

今なら分かる。


そのページにはこう記した。


【オオヤ】


父の直属の兵士からこの名前を聞いた。

この男こそが私の夢に現れ何度も何度も私に回避不可能な死を与えて来た男だ。

男の正体も謎、シチュエーションからもヒントはなく。

私はこの男をどうやって回避すれば良いかも分からずにただいつか現れる日をただ恐怖していた。

そしてつい先日、ついにこの男と邂逅した。

しかも呪いが解かれた直後に。

心臓が潰れそうになる程の恐怖と驚きを味わった。

しかしこれはチャンスだと思った。

ついに相手の素性を知る事が出来たのだ。

ついに私の破滅を回避する行動を起こす事が出来る。


私は彼について詳しいという兵士を既に呼びつけている。

敵の情報がいる。

その情報と私のスキルを使い敵を敵にさせないように回避してきて生きてきたのだ。


「絶対、平均年齢までは生きてやる……!」


私はカリーナ・アルトール・セレシュター。

高貴なるセレシュター家の長女にして星光の姫君と呼び評される帝国第3皇子を一目で惚れさせた美貌の持ち主。

この私に逃げられない敵はいない!




そして到着した兵士から父が彼に行った所業を聞かされて失神した事により私はまた破滅の悪夢を見る事となった。


取り敢えず、自分が何をやらかしているか一才分かっていない父を死ぬ気で説得して早急に関係を改善する為に私は這いずり回る事となるのであった。





【異世界で宿屋経営をしていたらいつの間にか帝国一の冒険者ギルドになってました。】


2章 終

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異世界で宿屋経営をしていたらいつの間にか帝国一の冒険者ギルドになってました。 @kikikuki

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