第29話
俺は鏡の前でもう何度目か分からない格好のチェックをする。
今日の俺はいつもより上等な服に身を包んでいた。
「……いつまでやってるのよ。」
「おめでたい日だし。それに皆に恥をかかせる訳にもいかないしさ。」
そんな俺を呆れた目で見るのはリシアだ。
彼女はカウンターに肩肘ついてつまらなそうにしている。
「それより本当にリシアは行かなくて良いの?」
「良いわよ。私、別に貴方の冒険者じゃないもの。」
「そっか、じゃあお留守番頼むね。しかし、領主様に表彰されるなんてねぇ。」
そう、俺は今日、1週間前のゾンビパニックの対応について領主から表彰される事になっている。
上層地域にある観光名所にもなっている広場には今は式典の為に設営がされている事だろう。
それは俺だけでなく街を守るのに大きな貢献をした冒険者ギルドや聖教会の関係者も表彰される。
しかし何とメインは俺である。
俺と、俺の冒険者ギルドに所属している事になっているナクティス達の働きが特に目覚ましかったとされたのだ。
発足から日が浅く所属人数も少ない冒険者ギルドとしてはとてつもない快挙だ。
かなりの注目を浴びる事になるだろう。
なので皆の今後の冒険者ライフの為にもここはビシッと決めなければ。
しかし悲しいかな、服は上等な物を用意したが肝心のモデルが俺ではいまいち自信が持てない。
「……気をつけなさいね」
「うん?」
「あの領主と貴方には因縁があるでしょう?わざわざ貴方を目立たせて何か企みがあるかもしれないわよ。」
「ああー、どうだろうね。確かに政治的判断で俺を選ぶ必要は無いからねぇ。」
今回の件は同時多発的にパンデミックが発生した為、沈静化に中心的役割を果たしたのは所属人数が多い自由の盟約などの冒険者ギルドだ。
なので彼らを表彰するのが今回の場合ベターだろう。
「金貨3万枚の賄賂が効いたかな?」
「あれも勿体無い話だわ」
リシアは俺の冗談に苦笑で返した。
最近、彼女は以前よりも表情が柔らかくなっていると感じる。
アンデッドを駆除していく途中、俺はアリヤースに呼ばれた。
彼女は目を輝かせてある部屋まで案内してくれた。
そこにあったのは見覚えのある金貨の山だった。
彼女曰く、騒がしい部屋に押し入ったらアンデッドとクズ共と金貨があったとの事だった。
よく考えたら金貨はスフマミの眷属によって移動させられていた。
アンデッドがいる場所にその金貨が置いていある可能性も高い。
結局、その後いくつか金貨の山を見つけて合計3万枚を取り戻す事が出来た。
そして俺はそれをそのまま事情を知る兵士に連絡して領主に渡した。
アリヤースは不満そうな顔をしていたがあの金貨を自分のものにするのは大きなリスクが伴うしあれは元々都市の運営に使われるはずだったお金だろう。
それを俺が独占するわけにもいかない。
結局残りの2万枚は見つからなかったがそれにより領主の俺達の印象は悪いものではないはずだ。
恩を恥だと考えてより厳しくなる人も中にはいるけれど。
「ふぅ……」
「あら、諦めたのかしら?」
「うん、鏡を見ても俺の顔が変わるわけでもないしね。」
鏡から離れてリシアのいるカウンターから少し離れた位置にあるテーブルの椅子に座る。
そういえばなんだかんだこの1週間バタバタしていてリシアと落ち着いて喋る機会が無かったな。
出発まではまだ時間がある。
「そういえばリシア。アンデッドの暴走での被害者だけどさ。」
「……ええ。」
リシアは俺の話題に緊張する様に顔を強張らせた。
「結局いたかどうか分かんないや。」
リシアは手に乗せていた顎を滑らせてカウンターに頭をぶつけた。
「ふ、ふざけてるのかしらぁ?」
「いや、違くて。よく考えたら街の人達は元々スフマミの眷属だったのか、それとも今回の騒動の被害者なのかなんて区別出来ないだろ?だから俺が知る事が出来たのは駆除されたアンデッドの数だけだった。」
「……それもそうね。」
「ただ、教会をいくつか回ったけど。アンデッドを見に来た人達はいなかったみたいだ。」
「……?」
「もしこの夜に消えた人がいたらアンデッド化を疑うだろ?でもそれがいないということは探されるような行方不明者は発生しなかったって事だ。」
「貴方いつのまにそんな事をしていたの?」
今回の騒動で犠牲者を一人も出さないというのは俺が決めた事だ。
結局本当にいなかったかは分からないが分かる範囲で犠牲者の数を探った。
しかし今の所は犠牲者の存在は確認出来ていない。
表社会と関わりの薄い闇窟の方々がどうなったかは知らないけれど。
「君に大見得を切ったんだ。それぐらいするよ。」
「そ、そう。……ねぇ、オオヤ。私も貴方に言いたい事があるのだけれど……。」
「?」
リシアは少し緊張した様子でそんな事を言い出した。
なんだろう。
「私、その、……孤児院で不定期で働こうと思っているのだけれど……良いかしら?」
「えっ?」
俺の反応にリシアは何故か慌てた様子で早口でマシンガンの様に捲し立てる。
曰く多くて1週間に2日程だと。
曰く本業(俺の宿の受付)の予定を最優先にすると
曰くどちらにしてもスライム化した肉体をちゃんと外でも固定化出来てからの話だからまだ先だと。
何をそんなに弁明しているのだろう。
「良いじゃないか。是非やってみなよ。」
「えっ……?良いの?」
「そりゃそうでしょ、むしろ推奨したいぐらいだよ。何で俺が反対すると思ったの?」
俺が転職をして表の仕事をしてみて色んな人に関わる様に提案した事を実践しようとしているのだろう。
俺の宿屋は悲しいかないつものメンバーしかいないので関わる人間は変わり映えもなく少ないし。
「だって……貴方のものなんでしょ、私。」
「ああー……」
「な、何よ、その顔。貴方が言った事でしょ!」
リシアは本当に素直だな。
それとも俺の脅しが効きすぎてるのか。
早いうちに冗談だと言ってしまおうか。
彼女は毎月銀貨10枚を労働により返済する事になると言っている(適当に決めた金額で意味はない)
そのペースだと10,000日俺の管理下に置かれる事になるが流石にそこまで彼女を拘束する必要はないだろう。
俺は顔を朱色に染めてそっぽを向いている彼女に苦笑する。
「まあ、何でもやってみなよ。応援するからさ。働く場所は決まってるの?」
「決まってないけれど。どこも人手不足らしいから、働けるようになったタイミングで決めるわ。」
「そっか。」
「オオヤ!」
その時宿の一室が力強く開かれた。
アリヤースだ。
彼女は仕事に出かける時の装備だがいつもより輝いて見える。
汚れやほこりが無いからだろう。
「どう?強そうに見える?」
「うん、いつも通り格好良いよ。」
「よし!式典の時には周囲に水を漂わせてアピールするつもりよ!」
彼女は俺のなんちゃって冒険者ギルドをもっと有名にしたいみたいで営業活動にも熱心だ。
今回の式典も絶好のアピールチャンスと認識しているみたいで他の皆にも仕事服で出る様にお願いしていた。
俺としては今の規模ですら手が一杯だが彼女のやる気に水を差したくないので特にそれに対して口出しはしない。
アリヤースは俺の言葉に満足したのか扉をまた勢いよく閉めた。
リシアはそんな彼女を半目で見ていた。
「相変わらず好かれているわねぇ。」
「有難い事にね。俺には勿体ない優秀な冒険者だよ。皆ね。」
「……私って、貴方の役に立っているのかしら。」
「えっ?そりゃ勿論だよ。俺が不在の時に留守番を任せてるんだから。」
「私はその留守番が必要だとは全く思わないのだけれど。」
「お客さんが来る……。その僅かな可能性がある限り必要だよ。」
「……この数か月間誰一人来なくても?」
「さて、俺も営業活動しようかな。」
俺は以前作成した宿屋のチラシの束を持つ。
馬車に積もう。
そろそろ時間かな。
皆を呼んで街の中央まで移動しないと。
……そうだ、俺はリシアにもう一つ聞きたい事があったんだ。
でもこれは聞いて良い物か。
「……そういえばさ、スフマミの最後ってどんな感じだった?」
「……見てなかったの?」
「うん、だって君、凄い早く殺しちゃったじゃん。」
「別にあんな奴の最後がどうだろうとどうでも良いでしょう。……特にわざわざ言う必要もない最期だったわよ。」
リシアとスフマミの最後の会話はどういった物だったのだろうか。
凄く気になる。
しかしあまりしつこく聞けないので彼女にそう言われたら諦めるしかない。
俺って窃視症なのかな。
気を付けないと。
「そっか。……じゃあ、そろそろ行こうかな。」
「そう、いってらっしゃい。」
彼女は既に慣れた様に俺に送り出しの言葉をかけてくれる。
後、何度聞けるのか分からないけど送り出してくれる人がいるのはやはり良い物だ。
普段送り出している側の俺だけれどナクティス達にもこういう風に思って貰えたらと思う。
こうして俺はリシアを宿に残して街に向けて出発した。
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≪リシア視点≫
オオヤ達を見送ってからしばらく経つ。
窓から光が差しており普通の宿だったらシーツなどの洗濯日和だろうが彼の宿ではその必要がない。
本当に訳の分からない宿だ。
本人はもっと訳が分からないけれど。
こうなった時の私は暇だ。
受付に義務的に座っているけれど客なんて来ないのでここにいる必要が正直余りない。
暇だと色々考える時間が出来て余計な事まで頭が回ってしまう。
例えば自分とオオヤの関係についてとか。
私はそこまで考えが及びカウンターに額をつけて項垂れる。
オオヤにスフマミの末路を聞かれたけど言えるわけがない。
一週間前のその時の事が頭に呼び起こされる。
スフマミは戻ってきた私をまず煽り気味にコケにしてきた。
「無駄な足搔きご苦労様。ようやく諦めたのかしらぁ?」
それは私の反応から情報を得ようとしたのだろう。
しかしスフマミは私の顔を見てすぐに焦りだした。
「その、顔……ま、まさかあの男……!?」
「スフマミ。貴方は終わりよ。自分のした事を後悔しながら……」
「ベス!あんな男に騙されてはダメ!ああいう男は他に女がいくつもいるものよ!貴方は都合の良い女扱いされるのが……」
「な、何の話よ!」
私はスフマミのその言葉にカッとなって彼女を切り刻んだ。
今まで言われた事に比べればなんて事のない言葉だったはずなのにそれは私を動揺させた。
「げほっ……!そ、そんな、こんな終わり方なんて……!ベス、聴きなさい!あんな男に恋をしても悲劇で終わるだけよ!クズ男に甘い言葉で騙されて破滅してきた女を私は何人も見てき……」
スフマミにそれ以上喋らせたくなくて私は彼女の首を切り落とした。
私の中にある感情。
それは最初に予想していた達成感、虚無感とは全く別のものだった。
恥ずかしさだ。
私はあの時何故か恥ずかしがりながらスフマミを殺していた。
数年に及ぶ私の復讐の場面がなんとも側から見れば喜劇のようだった。
スフマミの言ってる内容はまるで悪い男に騙された娘を説得するような物だったからだ。
そして私が言った言葉も今でも顔から火が出るぐらい恥ずかしい。
本当にオオヤに見られなくて良かった。
「騙されていようと貴方より彼とが良いのよ!」
「う、嘘でしょう?私の最期が、こんな、こんな事でぇえええええ!」
私はノンストップで四方八方から切り刻み続けるとスフマミは断末魔を上げながら徐々に血を減らしそして朽ちていった。
訳もわからないまま私はスフマミを僅か数分で殺してしまった。
想像していた様な物では無かったが、私はスフマミを殺す事が出来たのだ。
何故こうもあっさりスフマミを殺せたのだろうか。
その時はまだやるべき事があったし考える余裕もなかった。
しかし今はもしかしたらと思う理由を見つけた。
私はとてもその理由を受け入れられないけれど。
私が共感したいつか見たあの演劇。
青年は自分を支配してきた母親を不意に殺してしまった。
そのキッカケは街で出会った少女だった。
彼はその子に恋をして会いたいと思った。
しかし母親の許可なしで外出を禁じられた彼はその会いたいという気持ちを抑えられずに母親を殺したのだ。
結局、母親の支配下でなければ青年は生きられず少女と会う事はなかったのだけれど。
私も、そうなのではないかと、思った。
つまり……いや、やっぱりそれだけはない。
あれだけ悩み、恐れていたスフマミをまさか、恋をしただけで乗り越えたなんて。
小説であれば今までの話は何だったのかと私は本を放り捨てるだろう。
しかも相手はあのオオヤだ。
あの人を食ったような男に恋をするなんて正気じゃない。
私に言った告白のような言葉も恋愛感情ではなく実験動物を見るような感覚なのではないかと思う。
頭の中で色々言い訳をする。
しかしもうこれをかれこれ1週間してしまっている。
この1週間、馬鹿みたいに自分の感情とオオヤについて考えてしまっている。
これでは本当にまるで……
ゴン
ゴンゴン
カウンターに額を何度もぶつける。
しかしふざけた考えが頭から出ていかない。
実はというと孤児院で働きたいと言ったのにはこの事も関係している。
今の私はオオヤに飼われているペットの様なものだ。
必要のない仕事を義務的に与えられ管理下に置かれている。
ナクティス達とは違う。
彼女達は私と違いオオヤと対等な立場だ。
もし、万が一、このオオヤに対する感情が恋愛感情とした場合、この関係性では駄目だろう。
最低限自立しなければいけない。
ただでさえオオヤは何故か私を子供の様に扱う事が多いのだ。
ゴンゴンゴン。
……痛い。
赤く腫れた額をおさえる。
何をやっているのだ私は。
これではまるで本当に悪い男に恋する少女じゃないか。
私は沢山人を殺してきた血で汚れた女なのに。
しかし、そんな私をオオヤは肯定し生きるべきだと言ってくれた。
それにこの持ってしまった感情を無視する事は今の私には出来ないでいる。
自分でも分かる。
私に今死にたいという気持ちはない。
やった事には変わりがないのに。
オオヤは人は主観でしか生きられないと言った。
まさにその通りだと思った。
私はこんなきっかけで考え方がまるっきり変わってしまった。
ケープや孤児院の皆、私が殺して来た人達、そしてスフマミ。
私の過去は変わらない。
でもオオヤは私の生を望み、私も今は望んでしまっている。
それは他人から見れば許されざる事だろう。
でも私自身がそう思ってしまったらもうどうしようもない。
ただ今後の人生で私の事を肯定してくれる人間が増えてくれる様な生き方をしたい。
だって恋が成就した時、祝福してくれる人間は多い方が……
ってあああああああああ……!
ゴンゴンゴンゴンゴン。
私は自分勝手に生き、死を望み、そしてまた自分勝手な理由で生きようとしている。
言い訳をする気も起きない本当に自己中心的な女だ。
でも申し訳ないけれど無理なのだ。
私は今、生きたいと強く思ってしまっているのだから。
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