第28話
深夜だというのに街は突如起きたアンデッドパンデミックによって無理矢理起こされた。
スイッチを押したのは俺だが元々この街にはスフマミの眷属達が蔓延していた。
ならばその駆除も街の皆でするべきだろう。
勿論、俺は誰よりも率先して働くつもりだ。
前方にある娼館から娼婦や客がわらわらと出てくるのが見えた。
「た、助けて!」
彼らの後から出てきたのはボーイの恰好をしたグールだった。
主人のスフマミが死亡し暴走をしている。
気付いた冒険者がそちらに駆け付けようとしている。
俺はそれを飛び越えてそこに誰よりも早く辿り着いた。
「ほっ、と。」
「ひぁ……!」
娼婦の一人に掴み掛かろうとしていたグールの頭部を膝蹴りで粉砕する。
そのまま流れで周りにいた数体のアンデッドを両腕で粉々にする。
視認から殲滅まで3秒って所か。
うん、悪くない。
襲われそうになった娼婦は腰を抜かしていた。
気遣いの言葉の一つでも掛けたい所だけれど今はそんな暇はない。
俺はそのまま娼館に入る。
俺の強化された聴覚が中の異音を捕らえる。
アンデッドというのは唸り声を我慢できずに絶えず漏らすので分かりやすい。
壁をぶち抜きながら最短で建物の中のアンデッドを潰していき、最後は天井を突き破って外に出る。
屋上から周囲を確認する。
目視できる範囲ではアンデッドの場所が分からない。
次に俺は上空を見る。
いた。
上空に光る飛行物体に向けて俺は方向を合わせて地面を強く蹴って飛び上がる。
数秒でその飛行物体まで近づく。
「アルメェェェェェェ!!」
「あっち!」
飛行物体。すなわちアルメーは飛んでくる俺に次の行くべき場所を指し示してくれた。
地面に着弾した後、俺はすぐにその方向に向けて砲弾の様に飛んでいく。
次に着いた場所はナイトクラブだった。
こんな所までスフマミの管轄下だったのか。
先ほどと同じように俺は建物から漏れ出たアンデッドを殲滅した後に内部を一掃した。
スフマミの排除から10分、既に8か所の駆除を終わらせている。
場所の特定は上空で索敵しているアルメーがしてくれる。
街中に散らばったナクティス達も同じ様に駆除に動いてくれている。
冒険者や兵士達も出来る範囲で街を守ろうとしている。
スフマミのおそらく数十年に及び形成してきた病巣はたった一晩の内に壊滅するだろう。
これが表社会の力だ。
皆が皆、自分達のコミュニティや生活を守ろうと自然と力を合わせる。
そういうシステムが出来上がっているのだ。
まあ、急にそれを稼働させた俺がそんな自慢をしたら社会から排除される事待ったなしなので表立って言えないけれど。
「きゃあああ!」
「た、助けてくれぇ!」
ナイトクラブから出ると別々の複数の方向から叫び声が聞こえる。
スフマミの眷属が千体いるというのはあながち大袈裟でも無さそうだ。
次々と湧き出てくる。
俺は両腕をアンデッドがそれぞれいる方向に構える。
俺の手持ちで1番強く速い遠距離攻撃はこれだ。
人差し指に弾を置き親指で弾く。
指弾。
弾かれた弾は住民の横をすり抜けてアンデッドの頭部を粉砕する。
俺は小指と薬指、中指をカードリッジとして扱って持っていた次弾を人差し指の腹に持ってくる。
久々にやったけど手が覚えているものだ。
スムーズに両手に弾を装填出来た。
続けて俺は弾を発射してアンデッドをヘッドショットしていく。
威力はともかく命中精度は昔より今の方が高いだろう。
食事によって運を向上させていなければ住民への被弾を心配してこんな事は出来なかった。
それに弾の残数も申し分ない。
弾は軟いものだと弾の役割を果たさずに粉々になってしまう。
しかし、俺の宿にはナクティス達が採取してきたアダマンタイトを筆頭に硬度の高い鉱物が多くある。
昨日それらを事前に細かく砕いていたのだ。
目に見える範囲のアンデッドは倒した。
勿体無いから弾を回収したいがそれより次の行動をするべきだろう。
俺は何が起きているのか全く分かっていない様子の住民達を置いてまた飛び上がる。
アルメーがいない。
アリヤース達に向かう場所を教えに行ってるのかも。
ん?
その時視界の端にこの暗闇に異常に明るい道が出来ている事に気づいた。
気になりそこに飛んでいく。
そこに居たのはナクティスだった。
「部屋の中にアンデッドが発生した者は出来るだけ広場の様な視認性の高い場所に逃げろ!アンデッドと会敵し、周りに冒険者や兵士がいない場合は私の火柱の所に来い!」
彼女は自身の体から火炎を発していた。
そして周囲の人間達に注意喚起をしていた。
「ナクティス!」
「む?おお、オオヤか。」
「問題はない?」
「ああ、私の魔法では屋内では火事になる危険性が高いのでな。外に漏れ出たアンデッド達を焼却している。……む!」
その時、路地から薄着の女性が飛び出てきた。
その後ろには数十体のアンデッドがいた。
「た、助けてください!」
「こっちに来い!」
しかし彼女は足を挫いて倒れそうになった。
俺は飛んで支えに行こうとしたがその前にナクティスが足から火をロケット噴射の様に出して飛んでいった。
器用に魔法を使うなぁ。
そしてその女性を片手で抱き寄せて支えた。
「あ、ありが……ひっ!魔族っ!?」
「消えろ!」
ナクティスは空いている方の手のひらをアンデッドに構えて火炎放射器の様に火を噴射した。
噴射時間はたった2秒ほどだったがそれだけでアンデッド達はチリも残さずに滅された。
うーん、やっぱり彼女は規格外だなぁ。
しかし、彼女の身体から出ている火の柱は見た目だけなのだろうか。女性が燃える様子はない。
「立てるか?」
「……えっ?あっ!は、はい!あ、ありがとうございます……」
「問題ない。よく頑張ったな。」
「え、えっ?」
「あれだけの人数のアンデッドだ。誰かを守るために引きつけたんだろう?」
「!!」
「よくやった。しかし、そんな事をもうする必要はない、私に任せろ。広場に行け。兵士達が保護してくれる。」
「は、はい。」
彼女はナクティスの腕から名残惜しそうに出ると広場に向かって駆けていった。
しかし途中でナクティスの方を振り返る。
「あ、あの!お名前は!」
「ナクティスだ。良いから早く行け!」
ナクティスに喝をされた彼女はそれだけ聞くと急いで走って行った。
「ナクティス、今の女性……」
「うん?……ああ、別に気にしていない。助けた相手に嫌悪されるのはいつもの事だ。礼を言われるだけマシだ。」
「えっ?」
ナクティスは自嘲気味にそう言うがあの人はどう考えてもナクティスを憧れの目で見ていた。
過去の事を考えると仕方がないかもしれないが彼女は人の好意に鈍感になっているのかもしれない。
いつか人間関係でトラブルを起こさないか心配だ。
「それよりオオヤ。先程アリヤースが貴方を探していたぞ。」
「えっ?アリヤースと会ったんだ。」
「いや、会っていない。どこからかオオヤー、オオヤーと叫ぶ声が聞こえただけだ。」
迷子の子供かな?
「分かった、ちょっと探してみるよ。」
「うむ、私は引き続き外のアンデッドを焼却して周る。」
俺とナクティスはその場で別れ、またそれぞれアンデッドの排除に向けて動き出した。
結局、領主の方からはこの日1日外出制限命令が出され(守らない人間が多かったが、特に自由の盟約の冒険者。)次の日にようやくアンデッド根絶宣言がなされいつもの生活に戻ることとなった。
そして時は1週間後まで進む。
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