第27話

「どうだった?」

「アンデッドが2体程いたわ。それと、子供達も起き始めていたわね。」

「おっけー、ありがとう。まあ、騒がしくなってきたしね。」


俺は街の様子を見てそう言った。

上層地区でアンデッドが見つかった事を皮切りに衛兵達は緊急対応チームを発足し行動を始めた。

そして衛兵達ではなく冒険者達や教会の人間も協力を要請されて出てきている。

街には衛兵達による外出の制限のアナウンスが継続して行われている。


「作戦を始めてから1時間ちょっとか……。うん、やっぱり素晴らしい街だね。」

「誤認逮捕されて拷問された貴方が言うと皮肉みたいよ。」

「含みを持って言ったつもりはないよ。……これなら、暴走を起こしても問題なさそうだ。」

「……」


俺の言葉にリシアは押し黙る。


「……俺がやろうか?」


暴走を起こすにはスフマミを殺害する必要がある。

俺はそれをリシア自身の手によって実行して欲しかったが今の彼女はそれをしなくとも既に心境が変化している様に見える。

であればわざわざ彼女にやらせる必要もないのではないかと思った。

しかしリシアは俺の提案に頭を左右に振った。


「いえ……やらせて頂戴。さっきの様な醜態は見せないわ。」

「そう?……じゃあ、馬車を呼ぶよ。」


俺は遠隔で馬車を操作してこちらに向かわせる。

俺が飛んでいった方が早いがリシアに心の準備の時間が必要だと思った。


「……さっき。」

「ん?」

「スフマミが私の事を自分とそっくりだと言っていたわ。」


リシアはポツリそんな事を呟いた。

確かにリシアとスフマミの喋り方は似ている。

それがどうしたのだろう。


「貴方も、そう思う?」

「うん、似てるね。」

「っ……!」

「喋り方がね。それがどうしたの?」

「……貴方、人は生き方を経験からしか選べないと、言っていたわよね。」

「似たような事は言ったかも。」

「わ、私はスフマミを憎んで嫌悪していたはずなのに気付けばあの女の様になっていたのよ……!」


彼女は震える身体を自身の腕で押さえつける様に抱く。


「これって貴方が言っていた通りの事でしょう?私の経験がスフマミと同じ道を辿らせているんだわ。スフマミは殺す、勿論殺すわ。そこは心配しないで。で、でも……!」


今の彼女は俺に殺して欲しいと頼んだあの時より弱々しく見える。


「私は恐ろしいのよ……!スフマミは死んで当然の女よ、心の底からそう思えるわ。たとえ悲惨な過去や遠大な目的があろうと死ぬべき醜悪を凝縮した様な化け物だわ。でもという事は私もどうあっても死ぬべき人間という事でしょう?私はスフマミの様な女なのだから。」


彼女の話は聞いていてまとまって無い様に思える。

つまりそれは彼女は今、心の内から言葉を発しているという事だ。

そして、こんな事を言うというのは自分が生きるに足る理由を苦悩しながらも探そうとしている事を示唆している。

彼女には生きる意志がある。

今はその感情にどう折り合いをつけて良いか分からず混乱しているのだ。


「あ、貴方もそう思うでしょう?スフマミは殺すべきだって言っていたものね。」


そう言う彼女の目には様々な感情が伺えた。

怯え、絶望、そして僅かな希望。


「そうだね。」


俺が肯定するとその目から希望が消えた。


「俺は対人関係において殺すがベースだったからそれを変えたくてあれこれ相手を生かす理由を考える様にしているんだけど、スフマミに関してはその理由を持つ事が出来なかった。」

「な、なら……お願い……スフマミを殺したらわ、私を殺して頂戴。自分でし、死ぬのは、そ、その無理……だから。」

「何で?」

「だ、だから怖いのよ!笑いたければ笑えば良いわ!好き勝手人を殺しておいて自殺も出来ない意気地なしだって!」

「いや、違くて。何でリシアを殺さないといけないの?」

「話を聞いていたのかしら……?」

「聞いていたよ。」

「じゃあ、分かるでしょう?スフマミが死ぬべき人間なら私も死ぬべきなのよ」

「そこはイコールにならないでしょ。だってリシアはスフマミじゃないわけだし。」


俺の言葉に彼女は愕然とした様に口を開く。

俺の理解力に絶望している様にも見える。


「貴方さっき私とスフマミは似てるって言ってたじゃない!」

「喋り方がね。俺が似ているって言ったのはそこだけだよ。」

「け、化粧も似ているらしいわ。」

「それが?」

「人も殺しているわ!」

「俺も殺しているよ。リシアの話だと俺が君と同じような化粧をして喋り方をすればスフマミになるってことになるけど。」

「そ、そういう事じゃなくて……!」


俺は彼女の必死な様子に笑ってしまった。


「何笑ってるのよ!」

「いやあ、やっぱ真面目だなぁ。君は。」

「は、はぁ!?茶化さないで頂戴!」

「ごめんごめん。俺の言った事をそんなに真剣に考えてくれていて嬉しいよ。」


彼女はその生い立ちの割にかなり素直だ。

スフマミからすればさぞ操りやすかっただろう。


「ば、なっ……!貴方が私に……!」


リシアは話の途中で急に項垂れる。


「貴方が私に生きるべきだって、そう言ってくれたんじゃない……。だから私は、こんなに……。あれは私を揶揄っただけなの……?」

「流石にそんな最低な冗談は言わないよ。リシア、人は経験からしか選択を選べないと言ったのはネガティブな意味で言ったわけじゃないよ。だから視野を広げて億劫にならずに色々な人に関わり色々体験しようって前向きな意味で伝えたかったんだ。」


俺は馬車がもうすぐ着きそうなので一旦動きを止める。


「俺は君が内面とか、芯の部分でスフマミに似ているとは全く思わないけどもし怖いなら俺も手伝うよ。」

「なにを……?」

「進路相談。」

「……は?」

「まずは暗殺者を辞めて転職すれば?夜の仕事じゃなくて昼の仕事に変えたら関わる人間もガラリと変わるし人間性も変わるよ。」


俺の提案に彼女は頭が追い付いてないようで相槌すら打たない。


「どっかの資産家の言葉だったと思うけど。長い時間を過ごした5人の平均が自分になるらしいよ。これに従うと君と最も長い時間を共有したのはスフマミかな。だから喋り方とか振る舞いがスフマミに似てしまったのかもね。でも君と一緒にいた人たちはスフマミだけじゃないだろ?スフマミの次に一緒にいた子は誰?」

「……ケープ、よ。」

「次は?」

「ナザラさん……。スフマミの手が入る前の孤児院の管理をしていた人。」

「君に影響を与えたのはスフマミだけじゃない。その人たちもだ。それが今の君だよ。俺が君に好感を持ったのは彼女達から良い影響を受けたからなのかもね。」

「こ、好感……!?」

「えっ、当たり前でしょ。君が好きじゃなきゃここまでしないよ。」


そもそも俺がスフマミを殺してリシアの生きる糧にしようとしている時点で二人を同一視していない事は明らかなはずだが。


「同情しているだけでしょう……?あ、貴方はお人よしだから。」

「まあ、良い人ではありたいと思ってはいるけど。君が救いようのないクズだったら逆に殺して善行ポイントを貯めるよ。例えばスフマミとかは。」

「私がそのスフマミにならないなんて保障はないでしょう?」

「それ言ったら誰でもそうだよ。それに俺は君がスフマミの様な救いようのないクズになるとは思えないし。さっきも言ったけどもしそれが嫌なら俺が手伝うよ。」

「貴方がなんでそんな事するのよ……!」

「だって俺ら友達でしょ?」

「友達……?」


リシアは俺の発言が信じられない様で目を引ん剝いて俺をマジマジと見る。


「俺、5年間この都市にいるけど。食事を一緒に取った回数は君がダントツだよ。」

「なっ……!それは仕方がなくでしょ!」


リシアは数か月俺の宿に滞在し、殆ど毎日3食一緒に食卓を囲んでいる。

ナクティス達は宿にいない事の方が多いので実は過ごした時間はリシアが一番だったりする。


「経緯が何であれ俺は友達だと結構前から思ってたけど。」

「わ、私は貴方に気を許した事なんてないわ。」


その強がりに俺は笑う。

当然リシアは顔を真っ赤にして怒る。


「えー、そうかなぁ?君、確かに最初の1週間くらいは警戒している感じはあったけど。早い段階でぐっすりよだれ垂らして寝ていた印象があるけどなぁ。」

「それはベッドのせいだから!」


彼女は怒りに羞恥も混じりより顔を赤くする。

あ、やばいやばい。つい反応が面白くてからかってしまった。

つい弄りたくなる素直さも彼女の魅力の一つだ。

これを言ったら本気でキレられそうだから言えないけど。


「はははははは。」

「まず笑うのを止めなさい!私は真剣に……!」

「俺も嘘を言わずに真剣に話しているよ。君が今、この場でどんなに自分を貶めようと俺は君が死ぬべき人間とは一切思わない。俺の答えが変わる事はないよ。君はどうなの、リシア。死にたいって気持ちは変わらないの?」

「うっ……!」


痛い所を突かれたかの様に彼女は言葉を詰まらせる。

彼女はそれを言うのが後ろめたいのか顔を伏せる。


「……本当の所を、言うと……。生きたいって、そう、浅ましく、思うようになったわ。」

「良い事だよ。全然浅ましくない。生き物が生きたいと思う事は当たり前の事なんだから。」

「でもスフマミと一緒になるぐらいだったら死にたいと思っているのも本心よ。」

「大丈夫、大丈夫。そんな事にはならないから。これで君が生きようとするのに障害はなくなったね。よし、景気づけにスフマミを殺そうか!」


俺がサムズアップをして努めて良い笑顔で返すとリシアは頬をヒクヒクと動かす。

ストレスが掛かっている様だ。


「お願いだから真剣に聞いてくれないかしら……。なんでそんなに楽観的に言えるのよ。」

「だって実際、リシアは明確に変わったじゃないか。だから君は今もスフマミの影響から抜け出している最中なんだ。」

「変わった……?」


リシアは全く自覚が無いようだ。

俺からすればかなりの変化なのだが自分自身では分かりづらいものなのだろうか。


「だってあんなに嫌がってたのに身体を触らせてくれる様になったじゃないか。」

「……ばっ!?」

「今日なんて積極的に触らせてくれたよね。俺からすれば驚きの変化だよ。」

「な、なななな何を言ってるの!?」

「何をって……。君が変わった所を言ったんだよ。男に身体を触らせたくないのはスフマミがした事が原因なんでしょ?君はそれを克服した訳だ。」

「い、言い方を考えて頂戴!」


彼女の反応に俺はまた声をあげて笑う。


「まあ、言い方はともかく。俺の言っている事は客観的事実でしょ?この事実を無視して君がスフマミの言う通りに彼女の様な人間になるなんて判断するなんてそれこそ雑な判断じゃないか。」

「……」

「君は今も変わっていってるんだ。人生これからだよ。怖かろうが今早計に判断しなくていいでしょ。まあ、もし不安だっていうなら。」


俺は停止させていた馬車を再度動かす。

視界の端に馬車がやってくるのが見える。


「俺の所で働きなよ。君が幸せにならない方向に行きそうになったら側で止めてあげるよ。」


友達として。


「は、はぁ?えっ?な、な……。はぁあああ!?」

「元々そのつもりだったんだ。もし、君が前向きに生きたいと思えたとしても、君は素直で落ち込みやすいから心配だ。側で見守りたい。」


彼女と深く関わった手前、大人として保護者のいない彼女の面倒を見るべきだと俺は思う。

数か月後どこかで死体で見つかったなんて事になったら後味が悪い。


「えっ、いや、いやいやいや。いつものこいつの質の悪い冗談よ、冗談。リシア、落ち着くのよ。リシア。私は冷酷な暗殺者……。そういえばさっきも私の事、好きって……いや、ないないないない。」

「ていうか君に選択肢はないから。」


何やらぶつぶつ高速で呟く彼女を壁に追いつめる。

リシアは恐る恐るといった感じで俺を見上げる。


「ひっ……!」

「君、忘れてるかもしれないけど。俺の家って宿なんだよね。君はもう何日宿泊しているかな。」

「えっ、えっと?」

「何日宿泊して何度食事を食べたかな?お会計、金貨1000枚だよ。」

「い、1日銅貨3枚のはずでしょう……?」


そうです。

だが俺は彼女を何が何でも生かす為にぼったくり業者になった。


「俺の部屋に泊まってたでしょ。あそこは他より等級が高いんだ。銅貨3枚なんかじゃ泊まれないよ。加えて毎日の食事代、水のおかわり、車椅子購入費、手術代。諸々含めて金貨1000枚ね。」

「そ、それは……。」


最早なりふり構わない清々しいまでの不透明会計を強引に押し進める。

車椅子購入費と手術代に関してはもう滅茶苦茶だ。

だが彼女は俺の圧に気圧されているのかいつものように強気に反論できないようだ。

今はこれでいい。

彼女には生きる意思があるのだ。

それを今は罪悪感で素直に受け入れられていないだけだ。

だからまずは無理矢理にでも延命させる。


俺は更に顔を近づける。


「少なくとも金を返すまでは死ぬ事も、俺の宿からいなくなる事も許さない。ただ、前向きに生きる手伝いも勿論……。」

「わ、分かったから離れて頂戴!」


彼女は俺を押し離そうとするがその力は弱々しい。

だが言質を得たので俺は自分から離れる。

俺はそのまま数歩後ろ歩きをして彼女から離れる。

彼女は走ってもいないのに肩で息をして呼吸を整えている。

そして丁度良く馬車が俺達の所に辿り着いた。

俺はにこやかな笑顔で彼女に言った。


「よし!それなら良かった!嬉しいよ、リシアが前向きに生きる事を選んでくれて!」

「あ、貴方ねぇ……。」

「じゃあ、俺はもうどっちでも良いと思うけど。スフマミ、どっちが殺す?」


俺はあえて軽い感じで言ってみる。

スフマミの殺害はもうリシアの心にとってそこまで重要ではない様に思える。


「私が殺すわよ……。ケジメとして。」

「そっか。じゃあ、お願いね。」


俺はスキルディスプレイを開きスフマミが監禁されている部屋のカメラを映し出しリシアに渡した。

これがあれば影の中からでもスフマミの位置が分かる。

彼女は馬車に乗り込む前にちらりとこちらを見た。


「……私が望んでいた事なのに何故か腑に落ちないわ。」

「なんでだろうねぇ。」

「多分貴方の態度が原因でしょうね……!言っておくけれど!」


リシアは顔を真っ赤にして俺に怒鳴る。

今日彼女は何度頭に血を昇らせただろう。

彼女の健康が心配だ。ただでさえストレス性の病気を患っているようだし。


「身体を触らせるのを許可したからって、友達以上はありえないから!変な期待はしない事ね!」

「友達っていうのは認めてくれるんだ。嬉しいなぁ。」

「っ……!」


リシアは俺に威嚇した後、馬車に乗り、俺の宿にワープしていった。


ふぅ……。

長かったけどリシアが生きる事をとりあえず選んでくれて良かった。

借金なんかは勿論冗談だ。

もう心配無さそうだと判断出来たらすぐに債務整理をしよう。


安心した俺の肩を何者かが叩く。

驚いて後ろを見る。

カイドーだった。


彼は微妙な顔をして俺の事を見ていた。


「あー、悪いな?」

「えっ?何が?」

「いや、その声を掛けようと思ったんだが話しかけ辛くてな。全部聞いちまった。」

「あっ、そうなんだ。別に全然いいよ。」

「人の告白を見るなんて不粋な真似をしちまったんだ。謝らせてくれ。いや、しかし怪しいとは思ってたんだが。オオヤの本命はナクティスじゃなくてリシアだったのか。」

「告白?誰が誰に?」

「……マジかお前。」


カイドーは何故か頭を抱えて唸る。


「それより、リシアがスフマミを殺しにいった。もうすぐ暴走が起こるはずだ。備えておいた方がいいよ。」

「ん、あ、ああ。まあ、そうだな。……こんだけ人がいりゃあ大丈夫だと思うぜ。」

「そうだね、油断はしちゃいけないけど。」


スフマミを殺してからもある意味本番だ。

俺は本気でこのアンデッドの暴走で犠牲者を表の人間に出す気はない。

流れる血は死人の物だけでいい。


あ、そうだ。

一応リシアの様子を見た方が良いか。

今の彼女にスフマミの揺さぶりが効くとは思わないけど。

俺が目を閉じようとしたその瞬間馬車から人が降りてきた。

えっ?


「リシア……?どうしたの、何か忘れ物?」

「……スフマミ、殺したわ。」


えっ、早くない?


彼女が馬車でワープしてから5分も経っていないはずだがあれ程の因縁のあるスフマミを彼女はたった数分で殺してきたようだ。

確かに既に追いつめていたとはいえまるで家の近くのコンビニに買い物をしてきた程度の時間で終わらせるとは。

俺は何故か少し力が抜ける。

本当に殺してきたのかと疑ってしまう程にあっさりとしていた。

しかし、にわかに街に別の騒がしさが追加された気配を感じる。


アンデッドの暴走が起きている。


リシアはスフマミを本当に殺したのだ。


「うん……。お疲れ。」

「……。」


リシアは俺の顔を見ない。

今、彼女は何を思っているのだろうか。

しかしどちらにしても俺のやるべき事は変わらない。


「さて……。じゃあ、ここからは俺の仕事の時間だ。」


俺は身体を柔軟でほぐして軽くジャンプする。

準備はこの短い時間で万全に整えた。

後はこの街の自力が物を言う。

そしてその街の一員として俺も本気を出そう。


全身に魔力を帯びさせる。

今は気分が良い。

コンディションも万全だ。


さて、スフマミの濁りの処理と行きますか。


俺は地面を蹴飛ばし夜空にロケットの様に飛び上がった。







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