第26話

俺の大声は真夜中の街中に大きく響いた。

反響が終わり数秒後訪れたのは虚しいまでの静寂。

後ろから呆れた視線を感じる。

俺はそれを気にせずに再度大きく息を吸った。


「アンデッドが出たぞおおおおおおおおおおおおお!」


どこからかうるせぇぞ!と返答がある。

俺はやりきった顔で後ろを振り向く。

そこにはジト目で俺を見るリシアがいた。


「よし、行こうか。」

「とりあえず説明をして欲しいのだけれど。」

「さっき言ったでしょ。アンデッド退治だよ。」

「それと今した事が何の関係が……」

「アンデッドが出たぞおおおおおおおおおおおおお!」

「ひっ!」


リシアの言葉を遠くから響く俺とは別の怒号で遮られた。

彼女はビクッと肩を跳ねさせ耳を塞ぐ。


「ちょっ、と……なんなのよ。」

「今のはレイダリーの声だね。」


続くようにカイドー、アリヤース達が同じように怒鳴るのが聞こえる。


「孤児院に関しては数が少ない。俺達だけでも日が昇る前に対処可能だろう。だけどこの街に巣食うスフマミの眷属全てを排除するのは俺達だけでは無理だ。だから街の皆にも手伝ってもらう。」

「……上手くいくの?相手にされるとは思えないけど。」

「いかせるさ。実際、行動不能になったアンデッド達を街にばら撒いた。その内に騒音への対処に派遣される衛兵にそれを見つけさせる為に」

「そういう事ね……。」


アンデッドはねずみ講の様に仲間を増やしていくモンスター達だ。

街に入り込まれたら徹底して根絶をしなければならない。

アンデッドは日の光によって身体能力が大幅に落ちるが街に人が溢れ返る日中ではなく夜中の内に事態の解決を図るだろう。


「けれどスフマミの眷属はあいつが嘘をついていなければ1000体以上いるのよ?日の出前に衛兵達で探せるかしら。それにアンデッド達はスフマミの命令で待機状態にされているわ。衛兵達がこの街中の施設全てに押し入ってアンデッド達を探せるとは思えないわ。」

「無理だろうね。だから見回りの衛兵達がある程度出てきたらスフマミを殺してアンデッド達を暴走させる。」

「な、何を言っているのよ!」

「どちらにしてもこの短時間でスフマミの眷属全てを探し出すには暴走させるしかない。だけど条件を変える。街では事前に騒ぎを起こしておいて衛兵達に警戒をさせておく、それに加えて寝ている街の市民達を起こす。彼らにはアンデッドの暴走が起きる前に準備をしてもらうのさ。」


ゾンビやグールは一般市民からすれば恐ろしいモンスターだ。

しかし、1対1で彼らに遭遇して負ける衛兵や冒険者は稀だ。

動きが単調で不死性があるだけで身体は脆いのだから。


「け、けれどこの都市は広大だわ。事前に警戒させておくにしてもその中で同時多発したアンデッドの暴走に衛兵だけでカバーは……。」

「聖教会と冒険者達も引っ張り出す。一般市民達には外に出さえすれば助かる状態を作り出すんだ。」


リシアは不安そうに俺を見ている。

俺の話は全て物事が上手く運んだ場合の話をしている。

過去の事例とこの都市についての情報から現実的な策だと俺は考えているが完璧という訳ではない。

だが完璧な策などあるわけない。

失敗の可能性がない事など存在しない。

だが……。


「街に犠牲者は一人も出さない。俺を選んだ事を後悔は絶対にさせない。約束しよう。」

「……!」

「だから協力して欲しい。」


俺はリシアにそう言い切った。

弱気な言葉や保険はこの場面には必要じゃない。

精神が弱り、マイナス思考に囚われたリシアには俺の楽観的なプラス思考を見せつけてやる。


「あっ、……いや、その……そもそも、これは私のやるべき事だわ。あの、ごめんなさい。また否定ばかりして。別に貴方に責任を押し付ける気は……。」


リシアは先程スフマミに言われていた事を気にしている様だ。

顔を赤くして恥じる様に小さな声で言った。


「押し付けも何も俺が考えて俺が実行するんだ。失敗したら俺の責任だよ。」

「えっ?……いや、違うわ。貴方は私の為に……。」

「だけど大丈夫!絶対に上手くいく!何故なら俺の仲間は優秀で街の衛兵と冒険者達も結構出来るから!もし失敗したら練度が不足している冒険者や衛兵達の責任だ!」

「さっきと言っている事違うじゃない!」

「俺の責任の部分はある。でも全部が全部俺の責任って訳じゃない。」


恥ずかし気もなくそう言い放つ俺にリシアはポカンと口を開けている。

しかし、そもそもスフマミの眷属がここまで蔓延しているのは俺、ましてやリシアには何の関係もない。

俺達はたまたまこの件に関わり解決をしようと動いただけだ。

本来なら街に潜むモンスターの駆除は都市の運営者の仕事だ。


「全ての失敗の責任が自分にあるなんて思考は傲慢だし建設的じゃない。責任を持つのは良いけど適度にね。役割も責任も分業するべきだ。一人で何でもかんでも背負いこんでちゃ行動なんて出来ないよ。」

「私には、そんな考え方は……。」

「言い方を変えれば俺達は俺達でその時にやれる事をやる。それだけで良いんだ。」


俺達は神ではない。

全ての行動に責任を持ち、一人で何もかも達成するなんて非現実的な事は考えるべきじゃない。

リシアは覚悟する様に目を閉じて息を吐く。


「ふぅ……。やるって決めたんだもの。ごめんなさい、余計な事を言ったわ。……それで?私は何をすれば良いの?」

「ありがとう。とりあえず衛兵達が本格的に動き始めるのにはまだ時間が掛かるだろうね。事態を深刻に捉えてもらう為に上層地域にもアンデットを放り捨てたけど、それでも冒険者ギルドと連携を取って動き出すのには甘めに見積もっても1時間と少しは掛かると思う。その前に俺達も出来る事をやっておく。」

「やる事?」

「居場所が分かっている孤児院のアンデットだけでも排除しておく。それは君がやるんだリシア。」

「……分かったわ。」


俺のお願いにリシアが少し暗い顔をする。


「どうしたの?何か引っかかる事でも?」

「あ、いや、何でもないわ。……ただそんな事、貴方だけでも出来るでしょう?スフマミを殺す事もそう。貴方が私にそれをさせるのは、私の自尊心の為でしょう?……だから、自分が恥ずかしいだけよ。何でもかんでも他人任せの自分が。」

「違うよ。」

「別に誤魔化さなくても良いわよ。……ごめんなさい。さっきから面倒臭い事を言ってばかりね。忘れて頂戴。」

「確かに孤児院のアンデットを排除するのは俺でも出来る。でも君の方がもっと上手く出来る。俺は脳筋だからね。混乱を発生させずに対象のアンデットだけを殺すのはリシアが最も適している。だから俺は君にお願いしたんだ。」

「そ、そう。……期待に応える様、まあ、その、努力するわ。」


リシアは照れたのか顔を背けた。

俺は彼女に手を差し出した。


「質問は以上かな?じゃあ、さっさと行動しよう。衛兵達が本格的に動き始める前に孤児院のアンデットを可能な限り排除して、スフマミを殺して暴走を起こそう。」

「わ、分かったわ。」


彼女は躊躇しながらも俺の手を握った。

それを掴むと俺は屈む。


「じゃあ、舌を嚙まないように。」

「えっ?」


強化した脚力を用いて俺は地面を強く蹴って前方へと飛ぶ。

爆発音が閑静な街中に響く。

馬車を使うより俺が馬代わりをした方が早い。


「ひゃあ!」

「確かこの近くの通りの大きな公園の側に孤児院があった筈だ。聖教会の管轄外かは分からないけど行ってみよう!」

「ち、ちょっと!う、腕が千切れるわ!」


俺は5歩で対象の孤児院まで飛んで向かう。


「よし、リシア。まずはこれから……うわぁ!?」


リシアに話しかけようと後ろを見ると驚いた。

俺は彼女の腕を掴んでいたが彼女の身体は数メートル後ろにあった。

彼女の腕が引きちぎれたわけではなく、細長く引き延ばされていたのだ。

俺はそれを綱引きの様に引っ張る。

リシアはお祭りのくじ引きの景品の様になった。


「ひぃいいい!!」

「ごめんごめん。忘れてたよ。リシアの左手はスライム化してたんだ。」

「ぜぇ……ぜぇ……。……絶対他にも謝る事はあると思うのだけれど!」


彼女は青ざめた顔で俺に食って掛かる。

彼女はでろんでろんになった左手で俺を叩こうとする。


「と、というか私の左手と足が上手く固定出来ないわ。」

「うーん、練度不足だろうね。俺の宿は魔素が潤沢だからやりやすかったんだろうけど外だとそうは行かないみたいだ。まあ、練習あるのみだよ。」

「貴方がやった事でしょう!?なんで他人事なのよ!」

「リシア、少し静かにしよう。騒ぎを起こすのが目的だけど今目立つと孤児院の潜入がやり辛い。」


俺の注意に青褪めていた彼女の顔は憤怒で真っ赤になる。

信号機みたいだ。


「はぁ、ふぅ……。そうだった、思い出したわ。貴方ってそんな感じだったわねぇ……!」

「落ち着いた?じゃあ、早速潜入してきて。アンデットの見分け方は……。」

「分かっているわ。」


彼女は影に溶け込んで孤児院の中に入っていった。

彼女にとっては窓がある建物は鍵などあって無いような物だ。


数分後、思ったより早く彼女は帰ってきた。


「どうだった?」

「……本当にアンデットがいたわ。しかも3体。頭を潰して念のため四肢を切断しておいたわ。」

「OK、完璧だ。」


リシアは俺の希望通り一切気づかれることなく対象だけを確実に始末してきた様だ。


「うん、良かった良かった。俺、君が暗殺を失敗している所しか見ていないから正直少し心配だったんだ。」

「はあ!?」

「じょ、冗談だよ。場を和ませるための。……とりあえず、ここの孤児院の子供達は守れたね……君のおかげで。」

「……わざわざ言わなくても良いわよ。」


リシアは今度は怒りではない感情で顔を少し朱色に染める。

素直に褒めただけだけれど、彼女からすればこれで自分のこれまでの行いが許されると単純に思いたくないのだろう。

自罰的な彼女に俺は苦笑する。


「じゃあ、次行こうか。えーっと次は……。」


俺はこの街に暮らして5年経つが孤児院の総数を把握していないしそれが聖教会の管轄外かどうかも分からない。

だが今までの記憶を頼りに何とか思い出そうとする。


「……ここから一番近い教会管轄外の孤児院は南の太陽通りにあるわ。」

「えっ?」


頭を悩ませている俺にリシアはさらりと教えてくれた。

そんな彼女は未だに俺の顔を見ようとしない。

もしかして……。


「もしかして……リシア、この都市の孤児院全部知ってたりするの?」

「……」

「もしかしてだけど、寄付とかしてたりしてた?」

「さ、さっさと行くわよ。」

「えっ、何で誤魔化すのさ。立派な事じゃないか。なんだ、君って自分自身の事を罵倒する割に……」

「さっさと!行くわよ!」


素晴らしい。

リシアはこの都市すべての孤児院について把握している様だ。

彼女の知識と隠密、そして俺の機動力が合わされば1時間掛からないで全ての孤児院からアンデットを排除出来るかもしれない。

俺は感動しつつ彼女の左手を掴む。


「じゃあ、飛ぶよ!」

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」


彼女は俺の手を解いたかと思うと俺の腕を自分の腰に回した。

俺はギョッとリシアの顔を見る。


「リ、リシア?何を……。」

「……腕を掴まれたんじゃ私の手が千切れるから仕方なくよ。……なんで貴方みたいな男がこれで恥ずかしがるのよ!変な雰囲気になるじゃない!あくまで効率性を求めているだけだから勘違いしないで頂戴!」


あれだけ男に触られる事を嫌がっていた彼女だ。

彼女の本気が伝わる。

ならば俺もそれに答えなければならない。


俺は先ほどよりも足に力を籠める。


「……女に慣れてないのかしら。ふ、ふん、私を子ども扱いしている癖にバカみた……。」

「舌噛むよ!」

「ひぃゃあ!」


なにやらぶつぶつ呟いているリシアを抱えて移動を開始する。

俺はリシアの指示の下彼女を運び、孤児院に配置されていたアンデット達を排除していく。

そして段々と事態に気付いた衛兵達が街に出てくるのであった。


この分だと、うん、一番良い状態で暴走を起こせそうだ。

つまり後回しにしていたスフマミを殺す時間がもう少しで訪れる。


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