第25話

リシアの様子がおかしい。

俺は取引場所を出てウェディちゃん達と別れた後にリシアとスフマミの戦闘を見ていた。

戦闘というよりもそれは一方的な処刑の様だった。

神経と時間を使ったがやはり彼女に手術を施して良かった。

術後の彼女に驚く程怒られたが。


だが、降伏をしたスフマミと何やら会話を始めて暫く経つとリシアの様子がおかしくなった。

割って入りたくなかったが俺は遠隔でメモを動かしてコンタクトを試みた。

それと同時に片手で右耳を塞ぐ。

これで音声も拾う事が出来る。


「お願い……助けてオオヤ……。」


……成程。

宿に閉じ込めた時点で勝ったと考えたが甘かった様だ。

スフマミの話している事は嘘である可能性が高い。

昔の俺であればノータイムでスフマミを殺していただろう。

だがリシアはそれは出来ないという。

やはり彼女は俺よりは全然思慮深いな。


そもそもスフマミ殺しに俺が協力したのはリシアに生き続けて欲しかったからだ。

だから俺は犠牲無く、日の出前にスフマミを殺す方法を考えなければならない。


俺は近くの広場にある大時計を確認する。

時刻は深夜2時。

日の出は今の季節だと7時前後だ。

リミットは5時間。

安全マージンを取って4時間で眷属の掃討を終わらせるべきだろう。


俺は使えそうな物を頭で吟味する。

眷属の数は1000体以上(これも嘘の可能性があるが。)

配備されているのは都市にある孤児院(リシアの動揺を誘うために孤児院と特定して言っただけでその他の場所にも配備はされているだろう。)

スフマミを殺せばこの皆が寝静まりアンデッド達に有利な深夜にパンデミックが始まる。


だが孤児院だけでいいなら4時間で対応出来るかもしれない。


“孤児院だけでいいなら4時間で対応出来るよ。”


俺はすぐにメモを遠隔操作してリシアに伝える。


“スフマミは聖教会の管轄外の孤児院と言っていたんだよね?ならそんなに数も多くない。それに孤児院は下層地域に集中している。手分けすればいけるよ。”

「ちょっ、ちょっと待ちなさい。貴方何者なの?」


スフマミに向けて書いたつもりはないが俺の文章にリシアより先に彼女が反応する。


「もしかして、オオヤちゃん?どうやってこんな芸当をしているのか知らないけど。それは考えが甘いわよ。貴方達は当然孤児院に押し入る事になるけれど騒ぎを起こせばすぐに衛兵が飛んでくるわよ。孤児院に配置している私のアンデッド達は見た目がマシなのを置いているわ。そんな事をすれば犯罪者になる上に他の孤児院に向かう事も出来なくなるわよ。それに私のアンデッドは孤児院にだけいるわけじゃないわ。もしかして子供以外は死んでも良いと思っているのかしらぁ?」


スフマミはペラペラと喋り俺の行動を阻害してこようとする。

死んでも良いと言っていたらしいがそれにしては随分必死なものだ。

俺は別に衛兵に追われながらでも孤児院を回る事は出来るし、後で聖教会に死体を見て貰えば見た目が良くてもアンデッドだと判明するだろう。

だが案の定、孤児院以外の施設について言及してきた。

これに関してはヒントもない。

リシアが新しい人生を歩むのだ。

出来れば犠牲者はスフマミ以外はゼロにしたい。


……。


思いついた。


俺一人では中々の難題だが。

俺には優秀な仲間達がいる。


「アルメー!」


夜空に向かって大声で呼びかける。

空に浮かぶ星の一つが一際強く輝き落下してくる。

それはアルメーだった。


「ん、呼んだ?」

「うん、もうひと働き必要みたいだ。待機しているカイドーとアルヴェン、レイダリーに伝えて欲しい事がある。伝え終わったらまた俺の所に来て。」

「任せて」


俺はアルメーに内容を手短に伝えた。

彼女はそれを聞くとまたすぐに飛び立っていった。


スフマミの殺害の為に俺達は3班に分かれた。

取引場所に同席する俺。

宿で罠を張るリシア、ナクティス、アリヤース。

そして転移術式の割り込みの失敗などの不測の事態に備えて街に待機して貰っていたアルメー、アルヴェン、カイドー、レイダリーだ。

俺は彼らにして貰う事を思い描きながらリシアにも連絡を取る。


“解決策が思いついたよ。”

「えっ……本当、なの?」


リシアの俺への信用度はおそらく最低値なので俺の文に彼女はまず疑問で返す。


“うん、リシアが協力してくれたら成功確率が大幅に上がるんだけど。いける?”

「ベス!そいつは貴方に私を殺してもらわないと困るから嘘を言っているだけよ!数時間で私の眷属を殲滅する事なんて不可能よ!犠牲なしに私を殺す事は出来ないわ!」

“こっちに来て俺に協力して欲しい。スフマミを殺して尚且つ犠牲もなし。それを達成するにはリシアの協力が必要だ。”

「行ってはいけないわベス!冷静に考えなさい。貴方の人生にそんな都合の良い事が起きた事があったかしら?日の出まで後何時間あると思ってるの?それまでに私を逃して私が眷属達に新たな命令をしなければ行けないのよ?今直ぐ決断しなければ間に合わないわ。」

“それを君がするって保証もないだろ?”

「私はここを逃げられさえすれば態々眷属を暴走させるメリットはないわ。ベス、失敗したらどうするの?私を逃しさえすれば確実に犠牲がゼロで済むのよ?貴方、私の様になりたくないって言ってたわよねぇ。助けられる命を優柔不断で失うのは私以下よ。しかも怪しい男の口車に乗せられて。考えなさい、何が最善か!希望的観測を抜きで判断しなさい!」

“考えさせたいなら少し黙りなよ。今の君はまるで捨てた子供が金持ちになったからって親の情を捲し立てて子供をコントロールする毒親に見えるよ。言ってる意味は分かるかな?”

「うるっさいわね!」

「どっちもうるさいわよ!」


スフマミと俺の言い争いはリシアの怒声によって遮られる。

俺は筆談だから煩くは無いと思うなんてアホな事は今は言わないほうが良さそうだ。


「……詳しく教えて頂戴。」

“うん、分かった。取り敢えずこっち来てよ。ナクティスとアリヤースも連れて。スフマミは放置していいからさ。”

「ベス!」


どうやらリシアは俺を選んでくれた様だ。

影に溶け込もうとするリシアにスフマミは大袈裟に体を動かしてまだ説得をしようと足掻く。


「ベス、貴方本当に愚かだわ。その判断もどうせ他人の所為に出来るからなんでしょう?私はあの男の口車に乗せられて騙されただけ、だから失敗してもし子供が死んでも私の所為じゃないってね!なんて醜悪なのかしら!私みたいになりたくないなんて抜かしているけれど私よりよっぽど悪よ、貴方は!」

「……言われなくても分かっているわ。判断をしたのは私自身よ。他人のせいにする為じゃない。ただ……貴方の言う未来よりオオヤの言う未来の方が魅力的に感じただけよ。」

「だからそれは騙されてると……!」

「オオヤは……私との約束を破った事は一回しかないわ。貴方と違ってね。……今思い返すと、だけれど。」

「待ちなさいベス!」


リシアの説得は成功した。

スフマミよりは信用を得ていた様だ。

さて、彼女の期待に応えるためにも俺も直ぐに行動しよう。

俺は先程出てきたばかりの取引場所に早足で戻るとウェディちゃんとのゲームに使った損壊したアンデット達の鎧を脱がす。

俺の策には彼らが必要だ。

あ、でも流石にケープの死体を使うのは不味いな。

などと思いながら鎧を脱がしてみると少し驚いた。

全員男だ……スフマミめ、あれは俺を不快にさせるために嘘だったのか。

彼女をアンデットにしたのが本当だとしてもたまたま取引場所に連れてきていたなんてのは確かに出来すぎだ。

まあ、それならそれで良い。


俺はアンデットの死体を持って外に出る。

外には俺のお願いを終わらせたアルメーが待機していた。

彼女は俺が死体の山を担いでいるのを見てギョッとしていた。


「オオヤ?それは……」

「動かなくなったアンデット……騒ぎを起こすってさっき言ったでしょ?後は……うん、来たね。」


遠隔で操作した俺の馬車が近くの路地までやってきていた。

この馬車は俺の宿と転移門で繋がっている。


「私の助けが必要なのよね!」

「アリヤース……うるさいぞ。」

「うん、もう少しだけ協力して欲しい。」


馬車からはアリヤースとナクティスが出てきた。

彼女達はカイドー達と同じ様に都市に散っていく。


さて……。

始めるか。


俺はアンデットの体を掴むと適当に上空に向けて投擲する。

肉体強化されたパワーを用いて投げたのでそこそこの距離を飛んでいった。


そして俺は最後の一体を掴んでアルメーに言った。


「じゃあアルメー、これを上層地区あたりに落としてきて。」

「……分かった。」

「ごめんね、今度美味しいレストランに一緒に行こう。」

「!、分かった。」


アルメーはアンデットを掴んで上空に飛んでいった。

これで取り敢えずの仕込みはOKだ。


「じゃあ、リシア。やろうか。」


俺が呼ぶと彼女が影から現れた。

ナクティス達と来ていたことは分かっていた。

隠れていたのは、まあ泣き顔を見られたくなかったのだろう。

彼女の顔は涙を拭った際に化粧も中途半端に落ちていて少し不格好だ。


「……何をする気なのよ。貴方のやっている事、私理解出来た事一回も無いわ。」

「何をする気って……楽しい事だよ。悪いアンデット達から街を守るんだ。ただしプレイヤーは俺らだけじゃない。準備は良いかい、リシア。ここからはスピード勝負だ。」


俺は大きく息を吸い込んだ。


「アンデットが出たぞおおおおおおおおおおお!!」


善良なる市民の皆さんお休み中申し訳ない。

宿屋業界の端っこにいるものとして恥ずかしい行為だ。

だけど街に蔓延る害虫駆除の時間だ。

俺たちだけでやるなんてそんな破綻した町内会みたいな事をする必要はないだろう?

スフマミ、裏社会科見学はこの1ヶ月で十分堪能したよ。

だからお礼に表社会の連携力って奴をお見せしよう。

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