第5話 「異世界?」

「なるほど、魔族に村を襲われた後盗賊に攫われて、その途中に謎のローブの男に眠らされて気付いたらここにいたと…………」


「そうなんだよ」


「あのねぇ、獣族だってもっとまともなウソをつくわ」


「ウソじゃない!本当なんだ!」


「分かった。とにかく困ってるって事ね」


「まぁそうなんだけど…………」


「ぶっちゃけアンタの出自しゅつじなんて興味ないわ。これから何をするか、それによってその人の価値ってのは決まるの。だからとにかく、アンタはAとするわ。で、聞きたい事って?」


「とりあえずここはどこか。それとアルメンティアって村を知ってる?」


「うーん。情報量銀貨一枚ってとこね」


「は?」


「……は?って何よ!情報が欲しいんでしょ?だったらお金出しなさいよ!情報だってタダじゃないのよ!」



 お金なんて持ってないぞ!マズいな……この手の金にがめつい奴はこういう話だとてこでも動かん……だけど持ってるのはこの―――。



「そういえばさっきから気になってたんだけど、その手に持ってる本は何?やけに派手に装飾されてるけど……寄越して!」


「あ、ちょ!」


「ふーん?これは魔導書ね!しかもこの量の魔法が記されてるって事は……軽く見積もって金貨20~いや、30はくだらないわね…………おほん!私は優しいの、これくれたらこの国……いや、世界に至るまでの……まぁ私の知る限りの情報を教えるわ!それでどう?良い取引でしょ?相場じゃ破格なのよ~」



 女の子はわざとらしい咳ばらいをした後、そんな提案をしてきたが、そもそも軽く見積もって~の下りは聞こえていたので、取引は不成立だ!


 流石に何も知らないけど金貨30ってことは、これは相当価値のある物だと思うし、それに初めから魔導書を取引に出すつもりもない。



「流石に何も知らなくても、君は俺を騙そうとしてるのは分かるよ。取引は不成立だ!その魔導書、返してもらおうか?」


「やーだよ!もう一分手にしたから私のモノね」


「は?んだよそのローカルルール!ふざけんな!返せ!」


「返してほしければ私を捕まえることね!」


「あ!おい待て!」



 女の子改め泥棒猫は、俺の魔導書を脇に抱えて路地裏を奥へ奥へと走り去って行く。


 それを逃がすまいと俺はその女を捕まえようとするが、妙に足が速くて追い付けない。


 次第に距離は開いて行くが、曲がり角を曲がった所で女はなにかにぶつかり、後ろへ転げた。


 その隙に魔導書を奪い取って距離を取った。



「いった~!ってミルバ爺!?ちょっと!アンタのせいで私の魔導書取られたじゃないの!」


「私の!?元々俺のなんですけど!お前が勝手に取って逃げたんだろ!」


「うるさいわね!」


「ほっほっほっ……子供達よ落ち着きなさい。一旦落ち着いて話し合ってみれば、人間誰しも仲良ぉなれるもんじゃぞて」


「え、と……」


「わしゃミルバじゃ。みんなからはミルバ爺って呼ばれておる」


「私の魔導書返してよね!」


「俺のだ!……えーあー、女!」


「女じゃない!エリアナよ!」


「まぁとりあえず。わしの家でお茶でもせんか?こうして突っ立ってると、うむ、腰が痛くてのぉ」



 ミルバさんがエリアナをなだめながら、彼の家にお邪魔することになった俺は、怪しみながらも、ミルバさんの和やかな雰囲気や家の中に充満する優しい草の匂いに当てられて、自然と心が和んでいた。


 それはエリアナも同じで、今は眉間にしわに皺が寄っていない。


 家の中は天井から至る所に、何らかの草が紐でぶら下がっており、部屋の隅の机などに三角フラスコのような、薬品を扱う為の瓶がそこかしこに置いてあって、まるで童話に出て来る魔女の家みたいな?摩訶まか不思議な雰囲気がそこにはあった。



「さぁ、召し上がれ」


「やったー!今日はクッキーね?」


「こらこら……はて、お主の名前は?」


「俺の名前はルーメント・スリス・アルメンティア・リンターです」


「ルーメン……?よくわからないわね」


「リンターで良いですよ」


「ほっほっほ、自分の名前を苗字含め全て覚えているなんて律儀な子じゃのぉ。わしなんてもうすっかりただのミルバとして名乗っておるわい」


「本当はリンターはどこから来たの?」


「さっきも言ったじゃないか……」


「さっきのはウソでしょ!」


「ほっほ、わしにもその話を聞かせてくれるかの」



 俺はミルバさんに促されるまま、アルメンティア村がまぞくに襲われた事と、その後盗賊に連れ去られて事と、そこからフードの男に会いここまで飛ばされた事を話した。



「ほぅ」


「そんなよく分かんない話信用できないわ!」


「落ち着きなさいエリアナ……実際つい最近アルメンティアの村が魔族に襲われてる」


「もしかして知ってるんですか?」


「そうじゃのぅ、わしがまだ若い頃。薬草売りの取引をする村を探していた時に訪れた村じゃ。そこは黄金こがね色の小麦と子供達の笑顔が印象的な平和な村でな、恐怖や争いは最低限な所じゃったが、まさか魔族に目を付けられておったとはなぁ……悔しい事にその知らせを聞いた時わしは家で読書をしておった。わしが呆けてる間に世話になった村人達が襲われてたなんて思いもしなかった。すまなんだなぁ…………」



 確かにミルバさんの言う俺の村の情景は、まさに俺の住んでいた村そのものだった。


 話を聞く限り本当に立ち寄った事があるのだろう、まさかこんな所で繋がりを感じるとは思ってもみなかった。


 俺は直感的にこの人は信用できそうだと感じた。


 エリアナの事はまだ信用できないが、きっとこの子も根は良い子なんだろう……知らんけど。



「ところで、さっきの魔導書を少しわしに見せてもらえんかのぅ」


「良いですよ!俺もまだ少ししか読んで無いですけど、色々な魔法が書かれてます」


「は!?なんでミルバ爺が良くて私はダメなのよ!」


「アナタは勝手に俺の手から奪い取って、あまつさえ自分の物だと主張したから駄目です!」


「あまつさえ?よく分かんないけど後で私にも見せなさいよ!」


「聞くがお主、これの中でどれか魔術を使えるのかね?」


「あ、はい。一応使えます。こんな感じに」


「うわっ!なに?」


「ほう、下級魔術とはいえ無詠唱とな」


「無詠唱?」


「詠唱無しで魔法を使う事じゃ。無詠唱は中級魔術師の試験内容じゃったかのぅ」


「中級魔術師?」


「そうじゃ、魔術師には位があっての、下級から中級、上級と続いておる。当然上級以上の魔術の使い手は存在するが、公式にはこの三つが魔術師の位じゃ。あとは魔術も魔術師の位と同じ三つじゃな」



 いくつか知らない単語が出てきたが、とりあえずはこの国、いや世界には魔法は当たり前な物として存在しているらしい事は分かった。


 この魔導書を見つけた時は、もしかしたら魔女の家系で、将来誰かにこの話をした際に魔女裁判に掛けれないだろうかと心配したくらいだ。


 でも、村のみんなが魔法を使ってるところは見た事ないな。



「魔法ってのは一般的な技術でしょうか?」


「いや、そうでもない。なんていうのかのぅ……一般的と言われると一般的なのじゃが、素人が齧った程度の魔法は生活の道具にすら使えん、いわば遊びのようなモノじゃ。それを昇華して攻撃魔法やそれこそ生活魔法にまでは出来たりはするが、それだったらわざわざ魔法を使わんでも、もとよりある道具を使った方が効率が良い。わざわざ極めることもないんじゃ。そもそも村に魔導書が無いってところもあるな。詰まる所、知識としては知っているが、それを使おうとはしてないという程度の普及率じゃな」



 なるほど、ミルバさんの話を聞いて確信を得られた。


 ここは俺が元いた世界とは全く違う、言うなればファンタジーの世界ということが分かった。


 道理でここ10年、生活してて何かが違うなと思った事が多数あったわけだ。


 何か胸のつかえが取れたような気がして、妙にすっきりした気持ちになった。

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