第2話 「魔法?」

「あ、ぁあぅあ」


「ランドゥ!リンター見て!――!」


「どうしたんだシャーフィ、リンター――?―――!!」



 俺があの社畜から、この村の子供に転生してから、一年が経過したある日、遂に身の回りの全てから栄養をたっぷり吸収した身体は、唐突に立ち上がったのだ。


 その光景を見たシャーフィは、その驚きを共有するが如く、そして俺の偉業を見せつける為に、ランドゥを大声で騒ぎ立て呼んだ。


 そしてランドゥも同じように、喜んで俺を抱き上げ、髭がチリチリ生えたその頬を擦り付けて来る。



「うぁ……ああぁ」


「リンター!―――凄いな!」


「ふふふ、ランドゥ?リンターが嫌がってる」



 あの、お父さん……俺の柔肌がそれのせいで、どんどん削られてるの気付いてます?


 うわ、止めて!キスしないで!愛情表現間に合ってますから!


「ぁあ!うぁああ!」


 ちなみにシャーフィは俺の今の母親で、ランドゥはその父親だ。


 そしてこの身体の名前は、リンターと言うらしい。


 なぜ名前を知っているかというと、外に連れってもらった時に交わす、挨拶のようなモノから読み取った、つまり俺の予測である。


 それと、両親が俺にいつも「リンター」と話しかけてきているので、きっとそうだろうと思っている。


 その他にも夜の強制読み聞かせタイムなどを繰り返すうちに、単純な単語なら理解できるようになってきた。


 このように、俺の身体も言語能力も日に日に上昇しているのだが、やはりまだ赤ちゃんなので解読した言語を試そうとすると「あぅ、あぅ」と、まるで成人男性が出しているとは思えない可愛い声しか発せられない。


 ところでこの両親どれだけ喜んでるんだ?これからこの移動方法が日常になるんだぞ?そんなんじゃこの先俺が達成する偉業にやられちまうぞ!


 あぁ、俺が生まれた時も、俺が歩いた時も、あの不愛想な両親は喜んでくれたのかな……そして、俺が死んだ時はどんな感情だったのかな……親相応に悲しんでてくれると良いな。



 !



 俺は今とてつもなく暇だ。


 確かに赤ちゃんが忙しくしているとこは見たことないが、まさかこれほど暇だとは……特に昼間が暇すぎる。


 父親は多分仕事とかの関係で朝早くにどこかに行ってしまうし、母親は家の家事などで忙しそうにしているか、庭先でママ友同士で喋りあってるかだから、仕方なく家のベビーベッドで寝っ転がってる。


 だが、その生活もそろそろ終わりだ!俺は歩行を習得したからな、これなら昼間に家中いえじゅう探索できるようになったというわけだ!


 さて、両親は今家にいない、ご両親、赤ちゃんを一人にするのは危険ですよ~と思いながら、このチャンスを逃すわけにはいかないと、ベビーベッドから這い出ようとふちに手を掛けて立ち上がる。



「うぁあ!」



 ふ、不覚!ふちに手を掛けたらベビーベッドが倒れてしまうとは、確かにここから脱出するには流石に高すぎるなとは思ってたけど、まさかこんな形で脱出することになろうとは……まぁ良いか、別に怪我も無さそうだし探索開始だ!


 どうやらこの家は風通しを良くする為なのか、至るところの扉を開けっぱなしにしているようで、あのベッドから出ちゃえさえすれば移動し放題なのだ。


 早速部屋から出て廊下を歩いているが、まずはこの世の全てが大きいことにビックリした。


 いつもは年相応に両親のどちらかに抱っこしてもらって移動しているので、実際に自分の足で家の中を移動してみると、自分の小ささを実感し同時にやっぱり俺って赤ちゃんだったんだな、と再確認できた。



 っと、ここはリビングだな、いつもリビングには両親と一緒に食事をする為に、抱っこしてもらって、数歩程度の感覚でリビングに辿り着いていたから、まさか自分の部屋からここまで、この赤ちゃんの足だとこんなに多く歩くとは思ってもみなかった。


 やはり外に行く時にも何度も見ているが、この家は昔の海外の石造りみたいな家だ。


 使う道具や家具、食べる物は俺が社畜やってた時に比べるとかなり水準は低いが、それでもきっと良い暮らしをさせて貰ってるんだなという気持ちはある。


 隣の部屋に行くと、そこは両親の寝室だった。


 広いベッドが右寄せにあり、左には机と本棚と大きいチェストがあった。


 本棚にはたまに両親が読み聞かせてくれる本や、まだ読んだことのない本が6冊ほどあり、それに興味が湧いた俺は、その縦型二段の本棚から一際分厚い本を頑張って取り出す。


 表紙には何も書いてはおらず、金の装飾やドラゴンの紋章などが施されており、茶色の革で作られていた。


 本を床に置き、大体半分くらいのページを力任せに開くと、そこには魔法陣が書いてあった。


 これも絵本か?それにしては表紙が豪華だったり、この魔法陣みたいなものは実際の金で書かれているのか?


 妙にゴツゴツしているな。



「うわぁ!」



 眩し!なんだ?今、魔法陣に触れたら周りが光った?そんなバカな!


 魔法かよ、いや魔法陣だけどさ……これって本物?


 いや冗談だろ?まさか俺の生まれた家系って……もしかして魔―――。



「リンター?」


「ぅあ!?」


「どうやって―――いるの?」



 ヤバい!今の光見られてた?いや、一瞬しか光らなかったから見られても、気のせいだと思われてるかも、そんなことないよな……



「部屋――――~」



 あれ、なにも怪しまれてない……?一先ひとまずは良かった。


 正直驚き過ぎて頭の整理が追い付いてないけど、きっとあれは魔法だ。


 確証はないが、あれに触れた瞬間なにか体力を持ってかれたような不思議な感覚があって、現に今も謎の倦怠感がある。


 俺はベッドに戻された後もあの魔導書?のことが気になっていたが、この身体は俺の意思に反してそんなことよりも睡眠を欲していたらしく、いつの間にか眠っていた。


 次の日また隙を見て両親の寝室に向かうと、なんとその本だけなくなっていた。


 あれの探究ができなくなった悔しさと、やはりあれはなにか特別な力を持った本というのが確実になった今、俺はあの推定魔法に対して興味が湧いて来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る