第3話 「平和?」

 あれからまた時が経ちあの魔導書とは再会できないまま、俺は今日10歳の誕生日を迎えた。


 この村では歳の概念はそこまで重要視されていないのか、冬が終わり春に入る分け目に一度行われる、豊作を祈る豊作祭という日と同時に、村人全員が一律に一歳としを重ねるらしく、この日は丁度村が完成して35回目の豊作祭であった。


 ちなみに俺のこの村でのフルネームは『ルーメント・スリス・アルメンティア・リンター』と言うらしい。


 つまり俺の今の名前のリンターは、ここから取られているということだ。



「リンター!これ食うか?」


「それなに?」


「とりあえず食ってみろって、うまいぞ」



 俺は父親からかぼちゃのような果物を受け取って、恐る恐るそれに被りつくと、瞬間口の中に甘い果汁が溢れ出した。


 それは現代で言う所のメロンに近い味で、その後に来る渋みは渋柿のような感じのそんな果物だった。


 その渋みが逆にメロンのような甘さを引き立てていて、俺のような味覚が文字通り赤ちゃんの舌でも美味しく食べられる。


「美味しい!」


「だろ?」


「がっはっはっは!俺がガキの頃は近所の家のを勝手に取って食ったもんだ」


「こら、ジルグ?またそんなこと言って、リンターが真似したらどうするんですか?」


「げ、シャーフィ……」



 俺はいつもの光景を見ながら再び果物に被り付いた。


 やっとこの生活にも慣れてきて、この村の言語も覚えてそれなりに話せるようになって、久しぶりに人生というモノを全身でエンジョイしていると感じていた。


 あぁ、こんな平和な日がずっと続くと良いなぁ、あの時も平和だったけど、ただ平和の中で生きてるだけだった。


 それも一種の幸せだと人は言うが、俺はその押し付けがましい平和が苦手で、若い頃、それこそ今の俺くらいの年の頃はよく親に迷惑かけたっけ、今親は何してんのかな?もう定年で余生を過ごしてるかな?俺もある意味第二の人生、つまるところ余生を過ごしてるけど、せっかくだから心機一転!


 魔法?っていう新しい概念がこの時代にはあることを知ったので、それを探求していくつもりだ。


 といってもあの魔導書はどこかに行ったし、日常風景でも人が魔法を使っている所は見たことがないため、あれは俺の幻の可能性もある。


 そして両親だけの秘密の可能性も。



「みんな大変だ!魔族が攻めて来たぞ!」


「何!?魔族が?」


「ウソ…………」


「何だって!?」


「大変……」


「魔族?」


「リンター!シャーフィ!家の中に戻れ!」



 ”まぞく”ってなんだ?


 それに攻めて来たって、まさか戦争?


 ウソだろ……せっかくこれからだってのに、どれほどの規模だ?


 まさか俺達やられないよな?


 このまま平和が崩れたりしないよな?



「ランドゥ!戦えるか?」


「もちろん!腕はなまってないぜ!」


「ランドゥ!行くの?」


「シャーフィ……リンターを頼むぞ」


「ランドゥ……さて、リンター。お母さんと一緒に家に帰りましょうね」



 俺を怖がらせない為か、いつもの口調でシャーフィは俺の腕を引いて家に入った。


 その手と口元は震えていたので、やはり戦争とかその類いの話だろう。


 ランドゥ達男衆は戦いに行ったようで、村の端、遠くの方から聞き知った声が聞こえて来る。



「リンター、良く聞いて。もし私が連れ去られたとしても絶対にこの扉を開けちゃダメよ。そしてがリンターのことを呼んだとしても絶対に応えないで、耳を塞いでお母さんを待ってて、お願いね」



 シャーフィは俺を普段は食料を保存しておく階段下の収納スペースに座らせると、その扉に鍵を掛けて、数分後に何者かに連れ去られていった。



 !



 爆発音が止んだ?


 もしかしてみんな連れ去られちまったのか?


 ウソだろ……そんなのあり得ないだろ。


 なんでなんだ?


 俺は、俺達は普通に暮らしてただけじゃねぇか……なんでって奴らに襲われなきゃならない……クソ!


 それにこれからどうしたらいいんだよ……周辺に何があるかとかもまだ何も知らねぇんだぞ。



「うっ、ぅう……」



 あぁ……年相応の涙腺が緩んできてやがる、十年一緒にいたからか、やっぱこの村にもあの両親にも愛着が湧いてたんだな。


 クソ……俺にも悔しくて泣くって言う感情があったんだな、小学生のバトンリレーの時以来か?クソ、クソったれ!



 !



 あれから数日経つがシャーフィは迎えに来ず、それどころか村からはたまに何かが崩れる音はするが、それ以外は何か聞こえて来ることはなかった。


 食料の収納スペースと言えど限りはあり、昨日の夜食べた干し肉が最後の一切れだった。


 トイレは食料の入ってた籠の中にしていて、最初は自分の糞尿の臭いにうんざりして、それと同じく身体も綺麗に出来ていないので身体や頭が痒かったのだが、今ではどちらも何も感じなくなった。


 流石に限界だな、村からはほとんど何も聞こえなくなったから、きっととやらはもうとっくにいなくなっているだろう……さて、この消耗しきった身体で鍵が力づくで破れるとは思えないが、試してみるか。



「ぅん!んが!あ゛ぁ゛!」



 何度扉に身体をぶつけても扉は少し開くだけで、今の俺の力じゃこの扉は開くことがないと悟った。





 この発音も懐かしい、こっちに来てから日本語なんてほとんど使ってなかったな。


 あぁ、もう限界だ。


 最初から俺なんかが心機一転なんて出来る訳が無かったんだ。思い上がってた。


 親に些細な事で褒められていたから、俺は出来る、この人生なら俺は楽しめる、そう思い込んでたんだ。


 馬鹿みてぇだな…………ほんと馬鹿みてぇ。



「は、はは……っくははは。ぷっはははは!あぁ!クソが!」



 俺は怒りに身を任せて、近くにあったもう空っぽになった籠を蹴飛ばした。


 籠は扉とは裏腹に簡単に散らばり、収納スペースの奥が露わになる。



「え、これは……」



 なんでこんなところに魔導書が?


 あの時からずっとここに隠してあったのか?


 なんにせよ、これを読めば何かここから脱出する手立てが見つかるかもしれない!


 希望が、希望が見えてきたぞ!


 俺は早速その魔導書を開き中を確認する。



 よ、読めるようになってる……。


 昔は魔法陣の周りにふにゃふにゃの文字みたいなのがあるなとは思ってたけど、数年経った今ならこの文字が読める!


 これは本格的に助かるかもしれない!



「えぇと」



 何々。


 これは衝撃魔法?


 下の文は、もしかして詠唱か?


 とりあえず読んでみるか。



「身に宿る魔の力よ我が目前にある敵を押し退けよ、インパクト」



 詠唱が完了すると、身体から何かが抜けた感覚の後、魔導書と俺の間でパンッと小さな爆発が起きた。


 もしかして今の爆発がインパクト?名前にしては弱すぎないか?


 何か詠唱が間違った訳でもないし、読むだけじゃ本来の威力を出せないって事か?


 ていうか魔法が出る位置がおかしいだろ、普通こういうのって前方に出たりとかしないの?


 たとえばこんな感じで手のひらを前に突き出して”インパクト”!ってやったらさ―――。



「うわっ!?」



 俺が予想で手のひらを前に出して、心の中でインパクトと唱えると、想像通りの威力の衝撃インパクトが前方に放たれ、木の扉が吹き飛んだ。



 これだよこれ、なんだ?別に詠唱しなくていいじゃんか!脳内でイメージするだけで魔法が出るのか?


 それならわざわざ詠唱したり……いや、よくわかんないけど、とりあえずは後回しだ。


 今はここから出て外の様子を確認しないと、もしかしたら音がしないだけでがいるかもしれないからな、安全確認は大事だ。



 俺はまだこの事態を楽観的に考えていたのかもしれない、外に出るとそこは火の海はとうに超えて灰の海と化していた。


 空気は灰によどみ、静寂が支配する灰色の海原は、海の真ん中に置き去りにされたような、そんな孤独と不安が押し寄せた。



「う゛、ごっほっごほ…………」



 あまりの悲惨な光景にいろんな感情が腹の中で渦巻き、それが暴れて喉元まで来てつかえているような感覚がして、思わず膝を付きその閊えを吐き出すようにむせてしまう。



 みんなは一体どこに連れ去られたんだ?アイツらはどこに消えたんだ?俺の村も、あの平和な景色はどこに行った?


 シャーフィ、ランドゥ……俺を、置いて行ったのか?頼むよ、俺を助けてくれ……!!



「おいおい!まだガキが一人残ってるぜ?」


「え?」


「おっ、ほんとだ!ってくっせ!何だこのガキ」


おさ!ちょっと見てくれよ!」



 も、もしかして助けに来てくれたのか?そうか、村の誰かが助けを呼んだんだ!



「あ、あの!助けに来てくれたんですよね?」


「あ゛?何言ってやがるコイツ。あ、長!」


「どうした!生き残りか?あぁ、ツイてねぇな。坊主」


「それはどう―――グハッ!?」


「もしかしてこのガキ、俺達が救助隊に見えたのかぁ!?」


「い、いた…………」


「っくははは!あわれだなぁ!一人だけ生き残って錯乱したか?俺達が人助けをする善人に見えたなんてよぉ!?」


「ジュール!馬車持って来い!せめてコイツ売っぱらって今日の酒代にするぞ!」


「了解!」



 俺はそれが助けを受けてやってきた人達かと思ってた。


 だが違った、それは多分この村が襲われたと聞き、いわゆる火事場の泥棒をしに来た盗賊だったのだ。


 迂闊だった。


 少し考えればわかる事だった。


 助けを呼べる状況なら見知った人達が来るはずだ。


 だが、こいつらは……そもそもこの服装すら今まで見たことなかったものだった。

 その時点で警戒するべきだった。

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